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EX2 ルコ

 龍の亡骸の上で輪転する世界、“リヴィルザル”。


 今この地に、一人の少女が狩りを終えて戻って来た。



 少女の名は、“五十蔵イオクラ 瑠子ルコ”。



 彼女がこの地に迷い込んでから、数年の月日が経過していた。


 幼い子供だった頃から比べると今はもう手脚も伸び、長年野性的な営みの中で暮らしたことから、逞しく靭やかな筋肉がその身を躍らせている。

 服装は、墜落したボーイング777の荷物から拝借したものと、探索者から物々交換した革鎧と至って普通の格好だ。


 ただその様は、およそ日本人には見えない姿に変容していた。


 良く見れば顔立ちは日本人だが、髪の毛の三分の一ほどが深い水底を映したような真っ青なメッシュになり、瞳孔の奥には得体の知れない青光が灯る。

 どこか人ならざる何かを感じ取れる異貌、無理やり顔に貼りつけたような酷薄な笑みは、自分一人が生き残ってしまった狂気を宿す。



「たっだいまっ! おばあちゃん見て。今日は探索者の人に会って、塩と交換してもらったよ」


『ルコや、おかえり。それは良かったのう。この地に香辛料があれば、苦労はさせないのじゃが……』


「それはしょうがないよ。おかげで最近は迷宮に入るのも楽しみなんだ。今日は探索者と会えるかな~って思うと、とっても楽しいよ!」



 少女の常に見開かれた瞳には、相変わらず誰も映されてはいない。

 巨大な龍の頭骨の中に作られた住処に、彼女以外の存在は見当たらず、だがしかし確かに年老いた何者かの声が響いている。



『ルコが楽しいのなら、ワシもそれ以上は何も言うまいて。それは何じゃ?』


「あっ、おばあちゃん、目もないのに目聡い! これは下着、直ぐボロボロになっちゃうから頼んでおいたんだ。もうちょっと可愛いのが良いけど、この世界だと柄物は高いんだってね」



 少女がここまで一人で生き長らえたのには訳がある。


 当然、この誰ともわからない老人の存在があってこそだが、この世界は豊穣をもたらす“神龍リヴィルザル”の亡骸の上にあり、果物だけでなく肉や魚、野菜まで食べ物は豊富にあったからだ。

 そして、少女の身体も既に人のものではない。人の形こそしているが、生物学的に“人間”と言えるかどうかは不明である。


 この世界がどこにあるのかはわからないが、少なくとも大断崖の中に存在し、彼女しか知らない入口を通ると迷宮の中に出る。

 そこは、この世界の人々に【重積層迷宮都市ラトレイア】と呼ばれる場所であり、時折彼女は近くを通る探索者と物々交換をしながら物資を蓄えていた。


 この事実は探索者ギルドの知るところでもあり、名前から日本人で、迷宮の中に住む不思議な来訪者として認知されてもいた。



『なあルコや』

「なあに?」


『この地を出て、探索者について行きなさい』

「え? 何を言ってるの、私はずっとここにいるって……」


『ルコもそろそろ年頃じゃ。こんな場所に一人でいるよりも、地上に出てより良い生活を望みなさい』


「いや! ここにはパパとママのお墓もあるもん、離れられないよ……」



 少女とともに転移して犠牲となった者たちは、全て彼女が何年もかけて埋葬しており、この住処を見下ろす丘の上には数百の不揃いな墓石が並んでいる。


 既に彼女は、生涯を犠牲者たちの墓守として生きていくことを胸に誓っていた。


 幼い少女が何を思ってそれを成し遂げたのか……恐らくその体験は、体だけでなく、心をも歪に変容させてしまったことだろう。



『ルコや、前に話してくれた“約束”のことを覚えているか?』

「勿論だよ、大切な約束だもん!」


『その“約束の少年”じゃがな……もう直ぐ来るぞ』


「えっ……!?」



 少女の全身に衝撃が走った。


 二度と会うことはないと思っていた、幼い頃に約束をした少年が来る。

 それは願ってもいない僥倖、忘れようとしても忘れることは出来ず、叶えたくとも決して叶うはずもないと思っていた、遠い日の願い。


 その相手とまた会える……。


 少女はこの地に来てから始めて、失くしていた願いらしい願いを胸に灯した。



「……く……来る?」

『そうじゃ、今日明日ではないが、そう遠くない内に必ずじゃ』


「……くんが……カイくんが来る?」



 この世界にはひとつの特性がある。


 縁ある者(・・・・)を繋ぐ(・・・)


 それが例え蜘蛛の糸より細くとも、時にあらゆる空間の隔たりさえもこじ開けて手繰り寄せる。“偶然”であり、“必然”でもあるもの。

 所詮は極小の可能性だが、この世界に誰かがいる(・・・・・)のは、その縁ある者(・・・・)も招き寄せられる可能性を持つことになる。



「会いに、行きたい……。けど、おばあちゃんを一人には……」

『ルコや、ワシはもう老いさらばえて滅びた身。このような寂れた地から、ルコだけでも進みなさい。そして、幸せにおなり……』

「でも、でも……」


『じゃったら、たまに墓参りがてら顔を見せに来なさい。ルコはもう、それだけの力も持っているのじゃから』



 老人の言葉に妙な余韻が残った。

 それに気が付く者はいない、優しく指向性のある言葉。

 頷くことを強制する、悪魔の……否、神仏の囁き。


 それは彼女を慮ってのことか、それとも他に目的があってか、判別出来る者も当然いない。

 唯一わかることと言えば、ただ一人この地で生涯を終えるより、苦難が待ち受けていようとも、人々の元で生きることが何よりも彼女のためになるだろう。


 少女が頷く。



「うん、わかった。カイくんに会いたい。会いに行く」



 やがて少女は旅に出る。

 約束の少年の成長した姿を思い描きながら、遠い彼方の地上を目指して。


 人であって人ならざる化身、“五十蔵 瑠子”。


 与えられた力は“神力具象化”。

 例え相手が【鉄棺種】であろうとも、決して後れを取ることはない。


 斬鉄の青き剣が人々の矛となるのは、この直ぐ後の物語。



 世界は収束する。


 幾万の時を超え、歪む世界の扉が再び開く。





 ――三年後。



「はぁ……はぁ……とりあえず、隠れられる場所は……」



 【重積層迷宮都市ラトレイア】に一人の青年が誘われた(・・・・)


 約束の少年は訪れ、されど出会うは“龍血の姫”。


 これは“偶然”か、はたまた“必然”か。

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