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第六話 声を大にして言いたい「僕はケモミミ娘が大好きだ!」

 ……大正メイドだ。


 桜色の着物に紫紺の袴、フリルのついた白いエプロンと足元には細身のブーツ。ファンタジー的な意匠も所々目につくけど、そのシルエットは紛うことなく大正メイドそのものにしか見えない。

 何でこんなところに……と視線を上げると、大正メイドさんと目が合う。


 ……笑顔が眩しい!?


 僕を見て、何故か満面の笑顔を浮かべる大正メイドさんは、薄暗い室内に一際輝く陽光のように思え、やたらと眩しく見えた。



「始めまして、異なる世界よりの来訪者さま。私は日本コミュニティ保護監督官、八城ヤツシロ サクラ ファラウエアと申します。ようこそお越しくださいました」



 姿勢を正し、両手を前に揃え、丁寧にお辞儀をする大正メイドさん。

 彼女の頭には三角の犬耳が二つ乗っかり、身体の陰には落ち着かなさそうに揺れている大きな尻尾が見える。


 まさかの“ケモミミ大正メイド”さん……だと……!?


 深々としたお辞儀から頭を上げる、ケモミミ大正メイドさん。

 犬耳と尻尾と同じ、ショコラブラウン色の緩くウェーブを描くロブヘアは、しっとりとした光沢を放ち。大正メイド然とした瀟洒な佇まいは、見惚れるほどに麗しい。

 そして、その微笑を浮かべる顔立ちは優しく整っていて、僕を見る瞳には着物と同じ桜色が淡く色づいている。


 もっと驚くところは他にもあるけど、まずはその外見の衝撃に、僕はとことん打ちのめされた。



「え、えっと、始めまして。僕は久坂クサカ 灰人カイトと言います。その……ヤツシロさんは、日本の方ですか……?」



 ああ……リシィに会った時から何も進歩していない……。

 手当ても半ばに、勢い良く立ち上がって挨拶したものの、初対面の相手に変な質問で返してしまった……。こんな、コスプレではないケモミミ大正メイドさんが現実にいたら、今頃日本ではカーニバルだよっ!


 だけど、彼女の格好と自己紹介に、少し混乱してしまったのは仕方ない。

 翻訳器によって、頭に響いて来るようなリシィたちとの会話とは違って、このケモミミ大正メイドさんは明らかに日本語・・・を喋っているからだ。

 美人に見詰められるのも悪い気分ではないけど、緊張してどうしても挙動不審になってしまう。


 驚いて色々テンパり過ぎだ……僕のイベント券はまだ残っていたんだな。



「『カイト』さん、と仰るのですね。私のことは『サクラ』とお呼びください。日本人と言って良いのかはわかりませんが、私は祖父が日本人なのです」



 ……

 …………

 ………………


 ……ほあーっ!?


 絨毯爆撃された後に、止めにバンカーバスターが来た。自分のステータスが見られたら、恐らく僕のHPはもう真っ赤で猫撫でパンチでも逝きかねない。

 まさか、望んだところで決して成し遂げられない偉業を、何年、何十年も昔に成し遂げていた御仁がおられるとは……。



「カイト、その人が専門家よ。来訪者の保護を生業としているから、これからお世話になると思うわ」

「な、なるほど。じゃあサクラ……さん、色々と聞きたいことがあるんだけど……」


「はい、呼び捨てで構いませんよ、カイトさん。こちらでもお伺いしたいことがあるので、引き続き足の治療をしながらお話しましょう」




 ――――




 テュルケは遅れて戻ってきた。どうやらお茶を淹れていたようで、今は香りの良い紅茶がカップに注がれ、机の上にソーサーとともに置かれている。

 リシィは足の手当てをサクラに変わり、今は対面のソファに座って優雅に紅茶を飲んでいた。

 サクラが触れているところから、暖かい何かが流れ込んでくる感じがする。


 まさか、これが回復魔法……?


 包帯を巻き終わっても彼女は手を離してくれないので、治療は続いていると判断して、サクラの膝の上に足を乗せたまま話が始まった。



「カイトさんは、日本の方でよろしいですか?」

「はい、日本人です」



 ……笑顔がっ、眩しいっ!?


 『日本人です』と告げた瞬間、それまでも微笑だったサクラが、あからさまに嬉しそうな笑顔を浮かべた。擬音にするとパアァァッだろう。

 体とソファーの間に挟まった、大きな尻尾も忙しなく揺れているので、歓迎はされているようだ。一体何故だろうか……。



「ご、ごめんなさい。こんなことは、カイトさんからしてみれば、あまり良いことだとは思えないのですが……嬉しくて、落ち着きがないですよね」



 尻尾を見る僕の視線に気がついたのか、サクラは途端に表情を曇らせて謝罪をしてきた。



「え? 僕は別に平気だけど、何かまずかった?」

「いえ、異世界に迷い込んでしまうのは、ご本人からしてみたら大変な事態です。ですが、私はずっと日本の方のお世話をすることが夢だったので、それで……」

「なるほど、僕は気にならないから大丈夫だよ。日本のことはお爺さんから?」



 未だ僕には、これがゲームの延長だと認識している節が若干ある。

 自覚があるのなら直した方が良いけど、まだどうも現実感に乏しくて、夢と現実の境界がハッキリしていないんだ。

 足りないのは“生活感”かな……迷宮内で求めるものでもない。



「はい、祖父から日本のことを聞かされて育ちました。祖父に教わって、お茶を淹れるのも得意なんですよ」



 何となく、理想的な祖父と孫娘の姿を思い浮かべる。

 それは多分、異世界とかは関係なく、微笑ましいものだと思える光景だ。



「日本人のお爺さんか、僕も一度会ってみたいな」

「……ごめんなさい、祖父はもう」

「あ……ご、ごめん……」



 これは失言だった……。この世界にも、僕の他に日本人がいると明確にわかったせいで、気が急いてしまったようだ。



「いえ、大丈夫です! 日本の方なら、今はカイトさんも含めて九名いらっしゃいますから、その内ご紹介しますね」

「九人!? そんなに!? ちなみに、地球人全体になるとどのくらい……?」


「地球の方となると、今確認出来ているだけでも六十七名……あ、少し前にも保護された方がいるので、現在は六十八名いらっしゃいますね」


「ほわっ!?」



 何てことだ……予想していた以上に多かった。

 しかも、『確認出来ているだけで』と言っているので、更にいるのかも知れない。

 要するに、僕と同じように迷宮内に迷い込んだとなると……僕は自分が相当運が良かったのだと、今更ながらに気がついた。


 墓守なんて化物の存在する迷宮内から、無事に救出される確率は……果たしてどれほどまでに低いのか……。



「そう言えば、最近保護される来訪者が増えたと聞いたわ。カイトに会うまで実感はなかったけれど、本来は年単位なのよね?」



 それまで、品良く紅茶を飲んでいたリシィが口を開いた。



「はい、今年に入ってカイトさんで四人目ですね。それまで来訪者の方は、随分長いこと保護されていませんでした」

「四人? ちなみにその前となるとどのくらい?」


「日本の方に限定すると、九年前まで遡ります。地球の方となると、五年前を最後に、今年まで……あの、その……ご遺体でさえ見つかってはいませんでした」



 やはり、必ずしも保護されるわけではないんだな……。


 そして、今年になって急に増えたと……一年の日数がわからないけど、説明がない以上はそう変わりがないと思って良いのか。



「偶然かも知れませんし、迷宮内で何かが起きているのかも知れません。カイトさんは、ここに来るまでに、何か変わった出来事に遭遇しませんでしたか?」

「……うん、特には何もなかったと思う。気がついたら迷宮にいて、墓守に追いかけられて、後はリシィたちに助けられただけだから。それ以上は、特に何も……」


「そうですか……いえ、ご無事で何よりです」



 何かが起きている? 僕はそれに巻き込まれた?


 何一つ自覚はないけど、どこか不穏なものを感じずにはいられない。

 知らないが故に、気がついた時には既に手遅れ、と言うのは性に合わない。


 まずは、この世界のことを詳しく知りたい。

 流石に疲労が隠せないけど、何か妙な衝動が胸を過ぎる。

 ザワザワする、これは一体何だろう。胸の中に何かがいる違和感。



「サクラ、この世界について詳しく知りたい。教えてもらえる?」

「はい、傷も塞がったので、まずはここから出ましょう」



 え……確かに、いつの間にか痛みはないけど、これが回復魔法……。


 『この世界を実際に見てください』と言うサクラに促され、僕たちは揃って部屋から退出した。

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