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幕間三 ノウェム

 “天の宮”――この世界の人々に【天の境界】と呼ばれる神代遺構、スペースエレベーターの最上にこの地は存在する。

 ここに住まうのは、地を這う者たちに“神族”と敬われ、多様な種の頂点に位置する“セーラム高等光翼種”。


 “セーラム高等光翼種”――この世界の種の中では唯一無二の幼形成熟ネオテニー体。

 人年齢に換算して十歳から十四歳で成長が止まり、その代わりに光翼発生器官と空間干渉能力を得る。

 “高等種”とは、即ち神代に起源を持つ種族に冠されるものであるが、セーラム高等光翼種もまた神龍を祖とする者たちであった。


 故にその命脈に連なる者は、光翼の枚数と生まれ持った力を至上のものとし、翼を持たない者、力なき者を、憐憫と侮蔑を込め、彼らの言葉で“堕ちた者(グレンデル)”と呼ぶ。





 時は、ノウェムが久坂 灰人に出会うことになる三年ほど前。


 “天の宮”の外れにある隠し館で、一人の少女が嗚咽を漏らして泣いていた。

 扉を隔てた部屋の外には二人の男女。外見こそ二十代にも満たないが、泣く少女の養父母である。



「あれほどに目を離すなと言ったであろう。暇を持て余す彼の者らは、わざわざこのような外れにまでやってくる。何故このような辺境にまで来て匿ったのか、これでは無駄骨であるぞ」


「そう言われましても、筆頭家門の者が三家。例え元がエルトゥナンであっても、彼らの無礼を私如きが諌めることは出来ませぬ」


「何たることか……一度居場所が知れたとあっては、連日のようにからかいに来るであろう。これでは、ノウェムの血がどれだけあっても足らん」



 ノウェム メル エルトゥナン、“セーラム高等光翼種”の主家に生まれた姫。


 だが一体どんな悪戯か、彼女の身に宿った力は主家に相応しいものであるにも関わらず、力を使うと血を流す、彼の者たちにとっては酷く惨めなものであった。

 そして、本来エルトゥナン家の光翼は四対八枚、それがどうか、ノウェムはニ対四枚しか持ち合わせていない。


 “堕ちた者(グレンデル)”……主家の凋落を望む者は少なくとも存在する。

 まさしく彼女は、堕ちた者として格好の標的となってしまっていた。



「う、うぐっ、ぐすっ、もう嫌だ。何故に我は、うっ……このような身なのだ。血なんてもう要らぬ、全て抜けてしまえば良い」


「ノウェム、そう言うものではありませぬ。さあ、血を拭き取りましょう。乾いてしまっては、可愛いらしいお顔も台なしですよ」



 義母は話を終え、ノウェムがベッドの上で泣き腫らす室内に入る。


 エルトゥナンの長子と生まれ、力の発現と共にその惨めな特性が知れ渡った姫ノウェムは、日を置かずに廃嫡され養子に出されてしまった。

 そして養母となったのが、一族の中では珍しく力に固執しない分家の女性“ローウェ”。彼女はノウェムを本物の我が子と、決しておざなりになどせずに接していた。



「ぐすっ、ローウェ、我はもう鼻血を出しとうない。うぐっ、皆にからかわれるのももう嫌だ。我は、我はもうこの場所は嫌だっ。うっ、うぅっ……」



 ノウェムの服まで汚した鼻血を丁寧に拭いながら、ローウェは優しく娘の頭を撫で続ける。


 彼女は思う、ここにいてはノウェムに対するからかいは苛烈さを増すばかり。

 ただ面白半分の者、主家に対する反感を持つ者、種の矜持からノウェムの存在そのものを許せない者、そうした者たちがこれからも絶えず訪れるだろう。

 隠れても、隠れても、空間の限られた狭い“天の宮”では、決して逃げおおせることは出来ない。


 ここにいる限り、ノウェムに幸せは訪れない。

 彼女の可愛いらしい顔立ちは、どこか自分の失った我が娘と重なる。

 ならば、力など使わずとも良い、只々笑い合える居場所を与えたい。


 ローウェは思い悩む、ならば一層のことと……。




 ―――




 そうして、悩み続けて半年が経過した。


 今ローウェの目の前では、ノウェムが降下ポッドに入れられ泣きじゃくっている。



「ローウェ! ローウェ! 何で、何でっ! 嫌だっ、ここを開けてぇっ! 我は捨てられとうないっ! ローウェッ!」



 あれから来る日も来る日も、代わる代わるにノウェムを蔑む者は訪れた。

 無理矢理に力を使わせ、無理矢理に鼻血を出させて嘲笑う、真に卑しき者たち。


 だが、第二位神族であるローウェには、第一位の彼の者らに叱責する術はなく、耳を塞ぎ、目を瞑っていることしか出来なかった。

 やがてノウェムは食べ物も喉を通らなくなり、毎日大量の出血を強いられ日毎に痩せ細り、ローウェもまた深い悔恨から痩せ衰えていった。


 この選択は間違っていない、娘の幸せを願うこの心は決して間違っていない、そう自分に言い聞かせながら、ローウェはノウェムを地上に逃すことを決めた。


 彼女は思う、一度は愛する我が娘の笑顔を見てみたかったと。



「ノウェム……ノウェム……ごめんなさい……。どうか、お幸せに……」



 その声は、ポッドの中のノウェムには聞こえていなかった。



「ローウェ! ローウェ! やだ、やだぁっ!! 開けてぇっ!! かかさまぁっ!!」





 ――時は満ちる。


 ノウェムの今は果たして幸せだろうか。

 それを知る者は、彼女と彼女の周りにいるだけで、“天の宮”にはいない。


 そして、もしこの話がとある青年の知るところとなれば、恐らく彼はどんな場所にでも、その鈍く光る灰色の拳を携えて殴りに行くのだろう。



 ――世界は回る。


 どこからが仕組まれたことであろうとも、彼の拳が全てを殴り、気に入らない全てを覆すまで、“この世界”はどこまでも輪転する。

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