第六十話 龍血の姫 と 灰の騎士(真)
「クサカさん、私も“三位一体の偽神”の件については警戒しておきます」
「ルニさん、ありがとうございます」
「ただなあ、私は探索者ギルドの一員ですから、何かあった時はルテリア行政府の決定に従います」
「それは当然です。心構えとして、認識だけしていてもらえれば充分です」
だから、ルニさんにも同席してもらっていた。
認識するだけでも、何も知らないよりは精神干渉に抗えるだろう。
ただ、探索者や全ての人々にまで周知することは難しい。混乱を生むし、その辺りは行政府やギルドの判断に任せるしかない。
「けどなあ」
「はい?」
「個人としては、クサカさんにお力添えしますわあ」
「え、それは立場上大丈夫ですか?」
「私はなあ、あんたらがこれからすることに期待しているんですわあ。第一拠点ヴァイロン探索者ギルドマスターの前に、これは一人の女ルニィヒゲート アーバンクとしての興味、それと好意ですわあ」
「はは、本当にありがとうございます」
僕たちはルニさんに頭を下げた。
僕はルテリア行政府や探索者ギルドが、最悪は敵に回ることまで想定している。
もし万が一にもそうなった時の抜け道……言い方は悪いけど、ほんの少しでも寄る辺があるのなら、それはとても頼りになる。
気は抜かない。“三位一体の偽神”はまだ仕込んでいるだろうし、“【鉄棺種】を遣う者”の存在も目的も、依然としてわからないままだ。
とりあえず、次は一度ルテリアに帰還する。
“下層探索許可証”を発行してもらうのと、休暇と調べ物に、後は今回浮き彫りになった問題点や疑問点の洗い出しと、やることは山積みだ。
不安は消えないけど、リシィと皆がいるから何度転んでも進んでいける。
「みんな、本当にありがとう。これからもよろしく」
◇◇◇
ん……緊張するわ……。
カイトから“三位一体の偽神”の話を聞いた日の夜。
私は覚悟を決めて、宿のカイトの部屋の前に来ていた。
と言うのに、部屋の前に立ち竦んだままもう二十分は経過しているわ。
この扉を少しノックするだけで良いのに、それが出来ないでいるの。
折角身も清めたのに、変な汗が滲んでしまってどうしようもない。
私の意気地なし……。
「あれ、リシィ、どうしたんだ?」
「きゃあっ!?」
慌てて頭を振ると、階段を上って来たばかりのカイトがいた。
なな、何故下から……ずっと部屋にいるとばかり……。
「あ、あの、いい今扉をノックしようと思っていたの。部屋にはいなかったのね」
「うん、ベルク師匠と戦術について下で話をしていたんだ。やはりベルク師匠は迷宮のことも良く知っている、関心しっぱなしだったよ」
「そ、そうなの、カイトもそれなりに頼りになるわ」
「はは、それなりか、頑張るよ」
ああ、違うの! 私にとっては、カイトこそ一番頼りにしているのに!
私は何故、思っていることを素直に表に出せないの!
どうすれば良いの、心臓が破裂しそうだわ。べ、別に変なことをやりに来たんじゃないんだから、直ぐに用件を済ませるの……! 覚悟を決めなさい、私……!
「とりあえず部屋に入る?」
「は、はいっ! 入らせてもらうわっ!」
カイトが首を傾げながら部屋の扉を開ける。
わ、私、何か変かしら。お、おお落ち着きなさい。
こここれを渡すだけなんだから……深呼吸……深呼吸……。
カイトの部屋は、二段ベッドがひとつあるだけの狭い部屋。
必然的に私とカイトの距離は縮まって、胸の鼓動はより早くなる。
うぅ……私もノウェムみたいに、素直に自分を表せれば良いのに……。
「狭くてごめん。この椅子に座って」
「いえ、構わなくて良いわ。大したことじゃないの、このままで」
カイトが一度は差し出した椅子を脇に退けて、こちらを向いた。
二人とも立ったままで、狭い室内で向き合った状態になっている。
「あの、カイト」
「うん?」
「これを、持っていて欲しいの……」
「えっ、これ……大切なものだよね」
私が差し出したのは、“竜角”。
これをカイトに持っていて欲しいから、私は覚悟を決めて訪れたの。
体が震えてしまう。
こんなものを差し出されても困るわよね。
カイトにとっては、ただの角に過ぎないもの。
けれど、私の腕から竜角の重みがなくなった。
「あっ……」
「この竜角は、僕にとっても大切なもので、リシィにとってはそれ以上に肌身離せないものだろう? それを、僕が持っていても良いのか?」
カイトは、手に取ってくれた……『大切なもの』と言ってくれた。
今にも涙が零れ落ちそうで、今泣いてしまったら、私は……。
「ふ、ふんっ! それは“鎖”よ。貴方は直ぐ他の女の子に優しくするから、騙されないように私の従者としての証なのっ! 変な勘違いはしないでよねっ!」
泣いてしまうのを誤魔化すためとは言え、これはないわ……こんなの、鈍感なカイトでも気が付いてしまうじゃない……。滲んだ涙を悟らせないように横を向いてしまったけれど、視界の片隅ではカイトが苦笑している。
こんな時にサクラやノウェムだったら、素直に彼の胸に飛び込めるのかしら……うらやましいわ。
「うん、肝に銘じて肌身離さずに持つよ」
「ええ、殊勝な心掛けだわ。汚すことも決して許さないんだから」
「僕自身の身命を賭して、この白金を保つことを約束する」
段々、別の意味で悲しくなって来たわ。
彼はこんなにも、私に真摯に返してくれているのに。
一度素直になってしまえば、こんな思いはしなくて済むのよね……。
「カ、カイト、跪きなさい」
「我が君の仰せのままに」
カイトは私の前に堂々と跪いた。
その様は洗練されていて、思い描いた黒騎士と比べても全く遜色ないの。
いつの間にこんな礼を学んでいたのかしら、日夜努力を忘れない私の黒騎士……。
「順序が逆になってしまったけれど、竜角は佩剣の儀で貴方に与える剣の代わりよ。これから、祝福を与えるわ」
「え? これ、騎士叙任式? 僕は今まで(仮)だったんだ?」
「気にしないで! これだって略式なんだから!」
今思いついたから、なんて絶対に言えないわ。
ただ、カイトに何かをあげたかっただけなの。
本当に、それだけなの……。
「始めるわ。私が良いと言うまでは目を閉じていなさい。決して開けたらダメよ」
「わかった」
深呼吸をする。
実際のところ、私はまだ騎士叙任式をやったことがない。
教えられることもないままに、旅に出てしまったから。
だから、これは見よう見真似。
けれど、彼ならきっと応えてくれるから。大丈夫。
私が選んだ、私の初めての騎士……。
「リシィティアレルナ ルン テレイーズの名において、カイト クサカを我が騎士とすることをここに宣誓す」
「カイト クサカ、汝は誰がためにその身を捧げるか?」
「我が主、リシィティアレルナ ルン テレイーズ殿下のために」
「汝は何をもって主のためをなすか?」
「我が主より賜った神器の拳をもって」
「汝は己が主と善良な人々のため、その拳を振るうと誓えるか?」
「はい、身命を賭し、主と人々のためにこの拳を振るうことを誓います」
「では、汝、神龍の御名の元、常に神命の騎士たり得るとここに宣誓せよ」
「……それは、出来ません。僕が誓うのは、龍血の姫の騎士としてです」
「んっ……!? い、良いわ、これにて誓約はなされた。しゅ、祝福を与える」
私は、カイトの顎を引いて、跪く彼の顔を上に向けた。
蝋燭の明かりだけの薄暗い部屋の中には、他に誰もいない。
今なら大丈夫、今を逃したら、きっと私は何も出来なくなる。
だから、お願い……私の体よ、動いて……!
「んっ……」
「……ん?」
「も、もう良いわよ。これでカイトは正式に私の騎士になったわ」
「うん? 今おでこにくちづ……」
「何もしていないわっ!」
「え、じゃあ今の額の感触は……」
「忘れなさいっ! 主の命には従うのよねっ!?」
「えっ!? イ、イエスユアハイネス!」
「いえすゆ……なに……?」
「何でもないです……」
これが今の私の精一杯……。彼には申し訳ないと思うけれど、私が今よりもっと強く……素直になれたのなら、その時はきっと……。
「ねえ、カイト……」
「うん?」
「これからも、頼りにしているわ」
「……っ!?」
カイトが目を丸くして大きな口まで開けて驚いた。
気は緩んでも、そうまで驚くことを言った覚えはないのだけれど。
私、何か変だったかしら……?
「リシィ……今、笑っ……」
これにて、第ニ章の本編終了となります。
ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。
引き続き幕間を二話、EX小話を一話、人物紹介を交えて第三章に間断なく投稿を続けます。
後のカイトパートで少しだけ笑ったリシィの描写を書くので、引き続きお楽しみいただけたら幸いです。