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第五十九話 何が待ち受けていようとも

 第一拠点ヴァイロンに戻り、一週間が経過していた。

 ルテリアに戻る前の休息……のはずが、僕たちは落ち着けていない。


 何故なら、ほぼ単独パーティで正騎士ロードナイトを討滅したことで、完全に英雄扱いされるようになってしまったからだ。

 拠点内を歩いているだけで取り囲まれ、阻塞気球スプリガンネストを討滅した時以上にもみくちゃにされてしまう。殆どが称賛の声なのは良いんだけど、屋台通りを歩けば持てないほどのおみやげ(・・・・)で両手がいっぱいになるんだ。

 アディーテは喜んでいるけど、仲間たちは皆一様に『体重が増えた……』と文句も言えない不満をこぼしている。


 そして今は人目を避け、探索者ギルドの一室を借りて皆を集めたところだ。



「それで、改まってどうしたの?」



 大柄なベルク師匠も入れるようにと場所は会議室、話そうとしている内容が内容なだけに、ギルドマスターのルニさんにも同席してもらっている。



「うん、この前の“声”について皆に話そうかと思って」


「……ノウェムが聞いたと言う“声”ね」

「ああ、僕がノウェムに問い直したことで察したと思うけど、恐らく同じ“声”を僕も聞いている」

「ええ、じゃないと聞き返せないもの」


「クサカさん、“声”とは何ですかあ?」

「うむ、某も話の筋が見えん。詳しくお聞かせ願おう」



 あの場にいたのは、僕とリシィとサクラ、それにノウェムだけだ。

 残りの皆は首を傾げているから、最初から説明が必要だな。


 どこから話せば良いだろうか……。



「今回この件を話すことにしたのは、リシィの竜角を奪うようにノウェムをそそのかした何者かがいるからだ。人の心の内にどこからか囁く何者か……僕は奴らを、“三位一体の偽神”と呼んで警戒している」


「“三位一体の偽神”……三人いるのですか?」

「どうだろう……三人の声が重なって聞こえるのは確かだけど、一種の演出とも取れる。便宜上の呼び名に過ぎないと思ってもらいたい」


「我が聞いた声も主様と同じものなのだろう。三重に聞こえ、上手くは言えぬが、心根の芯を無理強いされている感がしておった」



 “衝動”のことか。何かに押される感覚……理性での歯止めが効かなくなって、本来ならやらないようなこと……例えば、“竜角を奪う”などをしてしまうんだ。



「カイトは……その、いつから聞こえていたの?」

「思い返すと心当たりはいくつかあるけど、明確に自覚したのはルテリア襲撃の日の、駆け出した僕をリシィが止めてくれたあの時だ」

「覚えているわ、どことなく様子がおかしかったから。あの時なのね……」


「クサカさん、その“三位一体の偽神”を“偽物”と呼ぶからには、相応の理由があるんですなあ?」


「はい、その理由はこれです」



 僕は神器の右腕を机の上に置いた。皆の視線が集まる。



「ルテリア襲撃が奴らの仕業かどうかまではわかりませんが、それを利用して龍血の神器を僕に融合させたのは、“三位一体の偽神”です」


「そんな……!?」



 皆の表情は一様に驚愕を形作る。

 何に対して驚けば良いのかもわからない、そんな表情だ。



「みんな、ごめん。僕はその存在を知っていながら、今まで黙っていた」


「カイトは……自分が何故神器と融合したのか、その理由は知っているの?」

「それはわからない。奴らが僕に何をさせようとしているのかは、今のところ見当もつかないんだ」

「なら良いわ。だったら、カイトは被害者じゃない。謝る必要なんてないの」

「そうか……リシィ、ありがとう。少しは気持ちが楽になるよ」


「ええ、その神器は私の騎士に与えた私からの祝福なんだから。誇りなさい」

「ああ、肝に銘じてリシィを守るための力としよう」

「ん……」



 皆は話を聞きながら考え込んでいる。少し反応が怖い。

 これを話したことで、突き放されてしまうのも覚悟の内とは言え。



「にわかには信じ難い話だが、某にも思い当たる節がある」

「えっ?」

「“声”とやらを聞いたわけではないが、カイト殿との出会いに何者かの意図を感じていた。本来、某は教練所にいないはずであった」


「やはり……僕が“三位一体の偽神”を警戒している理由は、人の意思や因果までを操るからです。何らかの目的のために犠牲を強いることを厭わない……。それは、とても良くないもの(・・・・・・)だ」


「驚きましたなあ……。そう言えば、エリッセも似たようなことを言ってましたけど……それですかあ?」

「はい、恐らく。行政府はもう知っているので」


「あうぅ、怖いですぅ……」

「大丈夫よ、テュルケ。私も、カイトも傍にいるから」



 ありがたいことに、驚いて怖がりこそすれ皆冷静に聞いてくれている。

 アディーテは相変わらず良くわからないけど、珍しく真剣な表情で頷いているので、それなりに理解はしているんだと思う。


 本題はこれからだ。



「カイトさん」

「ん?」



 隣にいるサクラが、僕を困ったような表情で見ていた。



「カイトさんはどうするおつもりですか? 私にはカイトさんが、何かを覚悟しているようにも見えます」


「ああ……そうだね、見ていたらわかるのかな。サクラの言う通り、僕は“三位一体の偽神”をどうにかしようと思っている」


「カイト!?」

「カイトさんそれは!」


「勿論、墓守を相手にする以上の危険だとは思う。だけど、奴らの良いようにさせると、これからも沢山の犠牲が出るのは間違いない。だから僕は、奴らの正体を突き止め、あわよくば何も出来ない状態にする。殴って言い聞かせるか、話し合いで解決出来るのかはわからない」



 わかっている。


 この問題は、別に僕が無理してどうにかしようとしなくても良いことなんだ。

 ただ伝え、探索者ギルドとルテリア行政府がどうにかしてくれるのを、安全な場所で待っているだけで良いと思う。


 だけど、ダメなんだ。

 僕たちが何をしなくても、リシィは確実に狙われるだろうから。


 惚れた女性ひとを守る。


 それだけを動機に命を懸けるのは、おかしいだろうか。



「アウー? ならついてく! “山味一杯のキシン”って美味しそーっ!」



 おかしいな……何か違うものに聞こえた。

 『キシン』は確か、この世界での川魚だった記憶が……。

 アディーテは涎を垂らし、何か別のやる気に満ち溢れている。


 それで良いのか……いや、彼女ならそれで良いんだろうな。



「ふふふっ、アディーテさんらしいですね。勿論、私もつき従います。私と鉄鎚は、カイトさんのためにありますから!」


「我は最初から主様と添い遂げるつもりだ! 火の中であろうと、水の中であろうと、主様の進む先には必ずや我もおる!」



 サクラとノウェムも、特に迷うような素振りもなく頷いた。

 危険だとわかっているはずなのに、それでも“僕とともに”と言ってくれたんだ。


 そうか……難しく考えないで、思うままに伝えて良かったのかも知れないな。



「ううぅ……怖いです。でもでも、姫さまが行くなら、カイトさんが行くなら、私もどこまでもお供しますですです!」


「カカッ! 正体判ぜぬ者か、相手にとって不足なし! ならば、人々を守る先導たるやも武人の誉! 無論、某も参ろうぞ!」



 テュルケとベルク師匠も、従者の誇りと武人の矜持から頷いた。


 僕はまだ、自分の目的を告げただけで何も頼んでいない。

 だと言うのに、皆は未知の危険を顧みずに『応』と言ってくれるんだ。


 なら僕も、臆すことなく進む姿で皆に“信”を返していきたい。



 そして、皆の視線はリシィを向いた。



「ふぅ……テュルケ、私がもう決めているような物言いね」

「姫さまは違うんです?」


「違わないわ。私の騎士が人を守るために行くと言うの。なら主である私が、その背を押すのも、その先を歩むのも当然よ」


「リシィ……」



 リシィの瞳と体が黄金色に輝いて皆を照らす。

 暖かい……目映くて穏やかな、陽の光のような……。



「カイト、置き去りは許さないわ! 何かを成そうとするのなら、常に私とともに在り、私とともに成しなさい! 良いわね!」



 彼女が纏う黄金の光は何だろうか。


 見ているだけで、光に照らされているだけで、力と勇気が湧いてくるんだ。

 それは皆も同じようで、内から湧き出る力に困惑しつつも何か納得している。


 これは恐らく“祝福”だ。龍血の姫から、僕たちに。


 なら応えよう、精一杯の感謝を込めて。



「ああ、改めて僕も伝える。みんな、僕と一緒に来て欲しい!」



 進む先は決まった。

 相対するが何者でも、皆とともに歩む。


 【重積層迷宮都市ラトレイア】、その前人未到の深奥へ。

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