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第五十八話 “秘蹟抱く聖忌教会”

 “秘蹟抱く聖忌教会(レプリタスクロウム)”――そこは一言で表すなら“大聖堂”だ。


 サクラによると、大断崖の上に露出して存在する建造物で、にも関わらず迷宮の内部を通らないと中には入れないと言う。

 近代都市を抜けた後に再びバロック様式の教会とは、これなら第一界層にあったほうがまだ統一感はあったかも知れない。



「天井が高いわね……」

「はい、これだけの精緻な彫刻も、ここだけにしかないものです」

「広いし、何もない。荘厳と言うよりは不気味だ」

「管理する者もいませんし、訪れるとしたら探索者が一度切りですからね」

「本当に鍵のためだけにあるんだな」



 塔を上り切ると、そこは教会の前室だった。


 内部は、高い天井に壁面を埋め尽くす装飾過多な彫刻群、明かりはないけどステンドグラスから射し込む光が神々しく内部を照らしている。

 奥に続く廊下の幅は片側三車線の道路ほどもあり、艷やかな大理石の床を遠く見通せる光景は、只々“広い”。


 何となく畏敬を感じながらも奥に進んでいくと、射し込む光が四方から交わる中央に祭壇のようなものがあった。

 建物の構造は真四角だろうか、広い廊下自体は左右に柱を配された三廊式だけど、同じ構造が祭壇を中心に四方にあるようだ。ただ、これだけ彫像があるにも関わらず、主となるものが見当たらないのは不思議だ。



「この教会はどんな存在が祀られているんだ?」



 僕の問いに、サクラは視線を祭壇に向けたまま考え込んでしまった。


 祭壇は光が乱反射していて、ここからじゃ何があるのかはわからない。

 恐らくは、自分たちもあの光の中に入らないと内部の見えない凝った作りだ。



「ごめんなさい、わかりません。記録が残されていないようなので……」

「うん? 記録にないような者が祀られているのか……?」



 この世界での“神”は大体が“神龍”のことを指して、ノウェムたち“セーラム高等光翼種”はあくまでも“神族”だ。微妙に認識が違う。


 雰囲気から、“三位一体の偽神”に対面するまで想定していたけど、今のところは僕たち以外に動く存在がいる気配もない。


 とりあえず、気を緩めないように進もう。





 結局、光の中にも“三位一体の偽神”は存在しなかった。


 教会の中心にあったのは祭壇じゃなく、上部が崩れた柱にもたれかかっている“機械人形”だ。

 丸い頭に、経年で破れた衣服の隙間から見える錆びた鋼鉄のフレーム、人間大だけどリシィよりも小さい人型。二つの丸い目は暗く光を失っていて、真一文字の隙間が口なんだろう、どことなく間抜けな風貌だ。


 これ、“肉”がないだけでどう見ても墓守だ……。



「これ、私には墓守に見えるわ」



 リシィも同意見のようだ。



「はい、私にもそう見えます」



 サクラもだ。



「これが鍵なのか?」


「はい、下層に入る門の鍵を与えてくれる、“忌人いびと”と呼ばれる存在です。この者から鍵を授かることが、“下層探索許可証”を発行される絶対条件ですね」


「“忌人”……鍵を持っているようには見えないんだけど」


「ちょっと可愛いですです」

「頭だけは丸いからね」


「ノウェムはもう来たんだよな。鍵は?」

「我はもう受け取ったぞ。我の願いも叶えてくれるのかと思ったが、鍵以外のことにはちいとも反応せぬ」

「そうか、それは残念だったな」

「なに、我の願いはもう主様に叶えてもらったぞ」



 隣で嬉しそうにするノウェムの頭に触れると、彼女はくすぐったそうに笑った。

 こうしている分には、普通の女の子にしか見えなくて可愛いんだけど。



「それで、どうすれば良いんだ?」

「はい、忌人の頭部に触れるだけです。その際に言葉が聞こえますが、内容はわかりません」

「とりあえずものは試しだ。僕からやるよ」

「ええ、気を付けて」



 覚悟も何も、こいつに触って鍵をもらうだけなんだよな。

 だったら、特に身構える必要もないと思うけど、どうにも警戒してしまう。

 一見して弱そうで、だからこそ裏に何かあると思ってしまうんだ。


 右手……いや、生身の左手の方が良いかな。

 僕は左手を忌人の頭部、一部だけ擦れて艶のある場所に触れた。



 ……確かに、置いた途端に頭の中に音が響いてくる。


 翻訳器に似た感覚だけど、既に外しているのでこれは忌人の機能だ。


 何か……イメージが……見える(・・・)……。



[――ジジッ ■伝■■■認 照合 ジー 白■■の■血 適■■ ジジッ 虚■■室 転送 条件■執■ 契印 ジジジッ 特項■■ 符■ ■■ ■印 了――]



 青い……青い……巨大な……太陽……。



「は……」


「カイト? カイト、大丈夫?」

「えっ?」



 リシィが横から心配そうに覗き込んでいる。


 なん……だ……?


 一瞬どこかに意識を飛ばされた。そこには“青い炎の太陽”のようなものがあって、他にはなにもない。そして、瞬きをした次の瞬間にはリシィの顔だ。

 聞こえ……いや、見えた(・・・)言葉は『虚空何たら』、『何かの血』、『符号、焼印』……サクラの言う通り、虫食いだらけではっきりとはわからなかった。


 一体今のは何だったのか……左手を見ると掌にバーコードが刻まれていて、これが恐らくは“符号”で、目的の“鍵”だ。



「ぬっ!?」



 僕が混乱していると、突然ベルク師匠が何かに反応して槍を構えた。

 その矛先は僕の鼻先を掠め、まだ傍にいる忌人を指し示している。


 忌人を見ると、項垂れて動かなかったはずの頭を上げて、僕を見ていた。


 暗かった瞳に青白い光を瞬かせ、確かに目が合っているんだ。



「……っ!?」


「カイト!?」

「カイトさん!?」

「主様!?」



 だけどそれも一瞬、忌人は直ぐにまた元の姿勢に戻ってしまった。

 こんなことは今までなかったのか、皆呆然としてただ成り行きを見守っている。



「……うん、多分大丈夫だ。もう彼女・・は動かない」


「い、一体何が……こんな反応は、今まで聞いたこともありませんでした」



 僕にも良くわからないけど、多分これの本当の機能は何かを確認する(・・・・)ことだ。


 こいつの正体が何にせよ、恐らくもうこれ以上の反応はないだろう。

 一度ルテリアに戻ったら、迷宮下層に挑む前に図書館で歴史辺りを探った方が良いのかも知れない。正体に関する記録が見つかるとは思えないけど、この忌人は僕に何かを伝えようとしていた気がするんだ。


 何か、何だろうか……【重積層迷宮都市ラトレイア】……いや“この世界”か、何か途方もない秘密がある気がする。

 それこそ、僕のような来訪者、“地球”までを巻き込んだ秘密が。


 今はまだ、わからない。



「あの、カイト……」


「あっ、ごめんリシィ。大丈夫だよ、多分もう動かない。ほら、僕は来訪者と神器の融合体と言ったところだから、変な反応になっただけだよ」


「そう、良かった。カイトも変だった気がしたの。大丈夫なのね」

「ああ、大丈夫だ……」



 今、自分自身で言ったことが的を射ていたんじゃないか……?

 『契印』を神器のことだと仮定するならだけど……。


 この神器もまた、人が知る以上の何かがあるんだろうか……。





 その後は、リシィとテュルケも忌人から鍵を受け取った。

 やはり、あの反応は僕の時だけで、二人の時はピクリともしなかったんだ。



「ふぅ、カイトのせいで変に緊張してしまったわ」

「ですです! 食べられたらどうしようかと思いましたです!」


「僕のせいかな……?」

「アウッ!? 美味しいのかっ!?」

「アディーテさん、テュルケさんは食べたらダメですよ?」


「ひゃあんっ!? 舐めないでくださいですぅっ!」

「凄い、アディーテ! 人の話を聞かない!」

「カカッ! 育ち盛りとはこれまた然り!」

「あ、主様になら食べられるも構わぬ」



 仲間たちの存在が、こんな時は本当に頼もしい。

 また余計な推考の案件が増えてしまったけど、どう考えても情報が足りないから、今は段階を踏んで進んで行くしかない。


 まずは帰り道、油断しないで誰一人欠けることなくルテリアを目指そう。



「さて、帰ろうか。今からなら、夕暮れまでには野営地に戻れそうだ」


「え、ええ、そそうしましょう」

「はい、缶詰を幾つか頂けたので、夕食はシチューにしますね」

「アチューッ!!」

「アディーテ、混ざっているよ」


「カカッ! 某はそろそろ魚を所望する。カイト殿、二層に戻ったら釣りと参ろうぞ」

「良いですね。塩も補充してもらったので、塩焼きにしましょう!」

「はいはいっ! 私もお供しますですですっ!」



 ん? 何かリシィが妙に震えているけど、どうしたんだろうか……。



「おやぁ、リシィお姉ちゃん。身を震わせてどうしたのだ? くふふふふ、先ほど意地を張って厠に行かぬから……」


「触らないでっ! 放って置いてーーーーっ!!」

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