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第五十五話 戦の終わり 草花は芽吹き残映に染まる

「紫翠を統べし者 花天月地を馳せる者 翠翼を冠する者 白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん――」



 彼女の歌に呼応するかのように心臓が跳ねた。

 リシィから流れ出る翠光が、僕の右腕を穏やかな温もりで包み込む。

 今までとは違う、再び目にした神龍はグランディータじゃない……これは……。


 翠龍……“翠翊の杖皇 神龍リヴィルザル”。


 六対十二枚の光翼で大地を豊穣で満たす龍。

 彼の光翼の残滓で作られた、翠杖“グルニギスリヴォーツェ”。


 銀槍と同じだ……神器は初めから僕の右腕にあった。

 そう自覚したと同時に、右手の中に淡く揺れる杖が顕現する。


 翠光を纏い、再生と破壊をもたらす、実在なき神杖【翠翊の杖皇グルニギスリヴォーツェ】。



「万界に仇する祖神 翠杖を以て果て 葬神四杖――」



 リシィが煌めく翠玉の瞳で、寄り添う僕を見上げた。

 その表情は熱を帯び、物欲しそうに何かを訴えかけている。



「カイト」

「ああ」



 惚れた弱み……違うか、それは心の支え、ともすれば強さだ。

 だから、彼女の代わりに、彼女とともにこの力は僕が振るう。



「禍神を滅する龍血の神器、受けてみなさい!」

「僕は、君のためにどんな困難だろうとも覆す!」



「「【翠翊の杖皇グルニギスリヴォーツェ】!!」」



 僕は力の限りを込めて翠杖を掲げた。


 ただ、これは酷く頼りない実体のない杖だ。輪郭が淡く揺れ、目に見えているだけで重さもなく触感もなく、少し動かしただけでも大気に溶け消えてしまいそう。

 唯一の実感は、翠杖から不思議と伝わる穏やかな温もりだけ。


 そうこうしている間にも、辺り一面に柔らかな翠光が広がっていく。


 奇妙な光景だ……翠光に触れた場所から草花が芽吹き始めている。

 コンクリートの灰と砂塵の黄は植物の緑に入れ替わり、落ちかけた太陽が近代都市の廃墟を残映で赤く染める。

 伸びる木々は留まることを知らない。硬いアスファルトを割り、高層ビルを覆い隠すほどになってしまっているんだ。


 万象を破壊して新たな生命を芽吹かせる、これが翠杖の力……。


 気が付くと弩級戦艦ドレッドノートは姿を消し、戦車クアドリガも動きを止めていた。

 キューポラから目に見える勢いで枝葉が伸び、今や戦車を包み込む大木に成長してしまっている。

 何百年も昔からそこにあったかのように、苔生してただ静かに、木の幹に押し出された“遺骸”とともに……。


 驚くよりも少し物悲しい、そんな光景だ……。





「……神器は凄いな。いや、凄いのはリシィか」


「なっ、ななっ、突然何なの!? うぅ……急に褒めたところで、先ほどのことは絶対に許さないんだからっ! しっかりと返してもらうんだからねっ!」


「ああ、勿論だ。やってしまったことの責任は取らないと」


「んうぅ……もう! もう! もう! そう言うことじゃないのっ!」

「え……え? 何?」

「カイトなんて知らないっ!」

「へあっ!?」


「カイトさん! リシィさん! ご無事ですか!?」

「姫さまーっ!」



 最後の最後まで、戦車を釘づけにしてくれていた皆が集まってきた。


 この翠杖は、死者を蘇らせることこそ出来ないけど、万物に再生をもたらして効果範囲にいる者は活性する。皆、翠杖の力で大分楽になっているはずだ。


 ただ、消耗は銀槍以上のようで、ほいほいと回復するだけには使えない。

 リシィは皆のことを慮ってか、今は翠杖を維持し続けているけど。


 ご立腹の理由は……何だろう……?



「僕は大丈夫。リシィは神器を維持し続けて大丈夫か?」

「え、ええ……もうしばらくはこのままで……。と、とりあえずカイト、ひとつ返してもらうわ。もう少し肩を貸していなさい、拒否権はないんだからねっ!」

「ああ、我が君のためなら喜んで」


「茶化さないで!」

「は、はいっ!」


「姫さま! 私もお支えしますです!」

「ありがとう、テュルケ」



 ビルの中から残りの生存者たちも出てきた。

 当然彼らにも翠杖の効果は及んでいるため、少しは動けるようになったんだ。


 生存者二十七名、奇跡に等しい条件が重なったことで全員を助けられた。

 彼らは何が起きたのかもわかっていないようで、辺りを見回して皆が皆口を開けて呆然としてしまっている。

 当然か……実際に神器を振るった僕でさえ、何がどうしてこうなっているのか良くわからないから。



「しかし、姫君の神器の力ここまでとは……某感服つかまつった。この場に居合わせたこと、末代まで一族の誇りと伝え聞かせよう」

「や、やめてガーモッド卿、大袈裟よ」


「アウー、でもいっぱい美味しー!」

「アディーテさん、果物は良いですが、草は食べてはダメですよ?」

「アウー? 美味いのにー」

「紅茶の葉とか、あったりしませんです?」

「アウー、どんなの?」



 死線を越えてもなお、変わりない仲間たちのやり取りに救われる。

 皆がいるからこそ、僕はどんな窮地でも前に進むことが出来るんだ。



 ……だから、こんな状況でも決して気を抜くつもりはない。

 この世界は、希望をいとも容易く絶望に塗り替える、もう想定の範囲内だ。


 視線を遠くにやると、通りの直線の先に残存墓守の一群が見えた。

 墓守の群れは片側三車線ある広い幅員を埋め尽くし、今まさに迫って来ている。


 流石にこれ以上は、僕たちにあの量を相手にする力は残っていない……。





 だけど、聞こえる……英雄たちの歌が……。


 そう、ここに来ているのは何も僕たちだけじゃない。



「ハッ、くダラん。数ダけ揃えて雑魚バカり。小僧、今ダけダ、ケツハ拭いてヤる」



 ベンガードとそのパーティが、悪態を吐きながら颯爽と脇を抜けていった。



「やれやれ、彼も損な役回りだね。あれはあれで微笑ましいのだが……ああ、カイトくん、後は私たちに任せて、君たちは休んでもらって構わないよ」

「くしし! 軍師の業前大したもんだナ! 益々セオっちが欲しがるナ!」

「へえ、軍師くんについて行けば良かったぜ。こっちの方が面白そうだったな」

「オ……ナリ」

「ホッホッ、『お見事なり』と言うておるわい」



 セオリムさんが、トゥーチャが、レッテさんが、鎧竜種の人とお爺さんも、大群を相手にして来たとは思えない軽やかな足取りで駆け抜けていく。


 何よりも頼れる背中だ、僕もいつかはあんな風になれたらと思う。



「おう、軍師! 待たせたなぁ、増援の到着だ!」

「後は俺たちに任せろ、あの程度は蹴散らしてやる!」

「おおお……すっげえなあ、おまえ正騎士を討滅したのか?」

「何じゃこりゃああっ! 植物? 戦車までいるじゃねーか!」

「これ以上はやらせるな! 周囲を掃討するぞ、皆続け!」

「ヒャッハァァァァッ! 俺にも分け前よこせええっ!」



 来た、待ちに待った英雄たちの到着だ。


 もう何も、恐れるものなんて何ひとつもない。


 轟く足踏みは雷鳴の如く、猛る咆哮は噴火の如し、やがて彼らは一切合切を掃討し尽くし、守り抜いた者たちの元に凱旋を果たすだろう。



「クサカさん、姫様、サクラ、それにお仲間の皆さまも、ほんにありがとなあ」



 ルニさんがギルド職員を引き連れて、僕たちの元にやってきた。

 その表情は眉根を寄せ、本当に申し訳なさそうにしている。



「門を抜けたところで、大量の墓守に足止めされましてなあ……。クサカさんたちには、一番しんどい役どころを押しつけてしまったみたいで、ほんに堪忍なあ」


「いえ、仕方ありません。こうなるだろうことはわかっていましたから」

「はい? クサカさんは不思議なことを仰っしゃりますなあ」



 それはそうだろう、この一連の墓守襲撃は僕に向けられたもの……いや、違うのかも知れない。


 僕は寄り添って肩を貸したままのリシィの横顔を見る。

 結果的に居合わせていただけで、いつだって狙われていたのは彼女だ。

 “龍血の姫”……それとも、狙うのはその内にある神器か……。だとしたら僕も狙われるはずだから、やはり狙いはリシィなんだろう。


 “三位一体の偽神”……いや、更には“【鉄棺種】を遣う者”とやらもいる。


 もうこの際だ、どちらでも構わない。

 リシィを守るためなら、どちらもこの拳で退ける。



「何にしても、我々探索者ギルド一同は、皆さまに心よりの感謝を申し上げます。ほんにありがとなあ」



 皆がそれに応えて笑った。

 これで、今度こそ本当に終わったんだろう。


 だと言うのに、リシィはまだどこか心ここにあらずと言った感じだ。


 気持ち顔が赤いような……。



「あの……カイト、あ、あまり見詰めらると、その、落ち着かないわ」

「あ、あわっ、ごめんなさい! 考えごとも程々にしないと、はは」


「ルニさん、ここに野営地を築きませんか? ここなら果物もありますから」

「それなあ。調子に乗った怪我人も出そうだし、あんたたちもボロボロだし、早くゆっくり休ませたいからなあ。その案に乗りますかあ」



 辺りはすっかり暮景に沈み、周辺のビルは完全に植物に包まれていた。

 果物の木がどこから来たのかはわからないけど、今は“神器だから”としか言いようがないのは確かだ。明日になったら森になっていそうだな……。


 だけど、ここならサクラの言う通り、休むには丁度良いだろう。

 と言うか、腰を下ろして休みたい……今回は本当に疲れた……。



「主様よ……」


「ん? あ、ノウェム、さっきはありがとう、おかげで助かったよ」



 これまでおとなしく座ったままだったノウェムが、ふらふらと近づいてきた。

 リシィは険しい目つきで見ていて、これは流石に仲良くしろとは言えない。



「構わぬ。それよりも……」



 何だ……?


 ノウェムの様子が明らかにおかしい。

 目が据わっていて、やけに肌が赤いような……。



「ノ……ノウェム?」

「後は任せたぞ」



 ――ブシュウゥゥゥゥゥゥッ!!



「ギャアアアアアアッ!?」



 ノウェムが僕の目の前で、突然鼻血を噴き出して勢い良く昏倒した。

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