第五十二話 再臨 穿ちの銀槍
これで今ある布石は打った。
仲間たちがそれぞれの行動を開始する。
サクラがベルク師匠の隣に並んでやるべきことを伝え、正騎士の振るわれた大剣の腹を、二人同時にシールドバッシュと鉄鎚による打撃で弾き返した。
連携で大剣を凌ぎ、時に正騎士を打って後退させるんだ。
所定の位置へ追いやる、それがまずは一手目に繋ぐための布石。
僕とリシィは、サクラとベルク師匠が翻弄している隙に、建物の中を抜けて正騎士の背後にまで回り込む。
そして、今だ肩の上のテュルケに目配せをすると、彼女は僕が視線を上に向けただけで、そこで何が行われているのかに気が付いた。
上、ビルの壁面の崩れかけた外壁には、ティチリカがいる。
彼女は武器としてノミと片手槌を持っていたことから、出来ると判断した。外壁を支えている支柱を、ココココッとキツツキのような素早さで一生懸命に叩いているんだ。
これが起点となる一手目、所定の位置の真上。
アディーテと、残り三人の生存者たちも攻撃に加わっている。
所定の位置に追いやった後で、そこから動かさないための包囲網。
正騎士は既に後退する先を失い、大剣を振るうには脇のビルが邪魔そうだ。
「良し、リシィ頼む」
「ええ。必ず無事で戻りなさい」
「ああ、そのつもりだ」
「月輪を統べし者 天愁孤月を掲げる者 銀灰を抱く者 白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん――」
リシィが歌う。
神唱――この世のものとは思えない、神器顕現の美しい旋律。
あの時と同じだ。彼女の纏う金光は、歌の変遷とともに銀光に変わっていく。
だけど今はあの時とは違い、寄り添う僕の右腕に黒杖を交差させる。
神器の再成形――出来ると信じ、やって欲しいと僕が願った。
……心が静謐で満たされる。
僕の内に流れ込んでくる……いや、内から溢れ出すような絶大な神威。
今の僕には、はっきりとその姿が見えている。その存在が何者かわかる。
白銀龍……“銀恢の槍皇 神龍グランディータ”。
彼女の白銀色の角から作られたのが、銀槍“ジルヴェルドグランツェ”。
今、確信した。
銀槍は、初めから僕の手の内にあった。
僕はただ、それを握り締めれば良かったんだ。
銀槍が今再び顕現する。
僕の右腕はそのままに、右手の中に長大な槍が姿を現す。
銀光を纏い、触れるもの全てを銀色に染める、神槍【銀恢の槍皇】。
僕は今、静謐の中で冷たく燃える、己自身の在り方を知った。
神器の顕現とともに、ティチリカが必死に叩いていた外壁が崩れ落ちた。
石壁のひとつじゃ討滅には至らないだろうけど、始まりの合図としては充分だ。
分厚いコンクリートと鉄骨混じりの壁は、砕け散りながら数十メートルの高さを聖騎士目掛けて落下していく。
始まりの起点、だけど全てを同時に行う終点、その一手目。
「アーーウーーーーッ!!」
アディーテが正騎士の右膝を狙ってつるはしを振るった。
降る石塊と同時の、下手をすると自分まで巻き込まれる一撃だ。
質量としては足りないけど、彼女の“穿孔”する能力に、果たしてどれだけの力場が食われるか。
堪えられるなら堪えてみせろ、これが二手目。
「はああああああああっ!!」
「ぬぅんっ! 秘槍【雷閂破衝】!!」
壁面の崩壊と同時に、ベルク師匠に空高く投げ飛ばさてれていたサクラが、落ちる速度を利用して【烙く深焔の鉄鎚】を振るった。
二転、三転、空中で翻り、火の粉を撒き散らしながらの激震の一撃は大剣の腹を打ってへし折り、更にはベルク師匠の紫電を纏った槍の追撃も加わって、大剣は柄まで完全に跡形もなく砕け散る。
想定外を断つための武器破壊、油断なき三手目。
「万界に仇する祖神 銀槍を以て穿て 葬神五槍――」
そして……。
「カイト! 行きなさい!」
「ああ!!」
僕は神器の右脚で大地を踏み締めた。
背後でアスファルトが放射状に砕け、その衝撃を物語る。
初速から全速、銀槍を右手に握り締め、一瞬で聖騎士に迫る様は銀色の弾丸。
降る石塊も恐れはしない、過ぎる銀光となって全てを穿ち貫く。
「食らえよ! 【銀恢の槍皇】!!」
急襲、正騎士の背を銀槍で突く。
“核”の場所はわからない、だったら背骨を砕くまで。
必殺、神殺、穿滅の四手目。
今ここにある攻撃手段を、出来るだけ重ねに重ねた四手同時攻撃。
これでも足りない。最悪を想定してもなお最悪は、これでもまだ足りないと、僕に警鐘を鳴らしている。
それでも穿つ、地平の先まで穿ち抜いてみせる!
足りないと言うのなら、骨の一本や二本、遠慮せずに持っていけ!
――バキンッ! ドッゴガアアアアァァァァァァァァァァッ!!
何かが破断する音とともに正騎士が傾き、それと同時に石塊も頭上に降る。
――キィンッ!!
そして、銀槍が甲高い金属音を響かせて抜けた。
一瞬傾いたことで射点がずれ、貫いたのは正騎士の左肩だ。
露わになる“肉”と噴き出す黒液、削り取った左肩は胸部にまで及び、内部に搭乗するかのような“遺骸”まで姿を現した。
僕は勢い余って正騎士を越えて吹き飛び、空中でサクラに抱かれてベルク師匠に受け止められることで、何とか地に降り立つことが出来た。
懸けだった、少しでも運が悪ければ石塊に押し潰される酷い策だ。
「ぐっ……痛っ……」
「カイトさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫……受け身の練習をしておくべきだった」
「カカッ! 帰ったら特訓と参ろうぞ!」
右肩の激痛は酷いけど、辛うじて動かせる。
「正騎士は?」
見ると正騎士は、右膝を折ってまるで主君に跪くような姿になっていた。
銀槍に胴体の半ばまで抉り取られたにも関わらず、まだ稼働状態にあるようだ。
良く見ると、右膝の装甲が割れて黒液が噴き出している。執拗な膝への攻撃が、結果的に正騎士を助けてしまったのか。迂闊だった。
まだ討滅には至っていないけど、大幅に戦闘力を削いだのは確かだ。
こちらの被害は僕の体の痛みだけで、問題はない。
「カイト! 無事!?」
「ああ、僕は大丈夫だよ」
駆け寄って来たリシィに返し、僕は痛む体を我慢して立ち上がった。
「みんな、無事の確認は後だ! 止めを刺す!」
「ええ、これで終わりにするわ!」
「はい、油断なく行きましょう!」
「おお! 抜かりなく滅しようぞ!」
「はいですです!」
「アウー?」
「みんな、これで帰れるノンー!」
「やった、助かった!」
「良かった、生きてる!」
「母ちゃん……!」
改めて、サクラとベルク師匠が膝をついたままの正騎士に近づく。
だけどおかしい……正騎士じゃない、アディーテの様子がだ。
テュルケもアディーテも石塊に巻き込まれる前に逃げていたけど、いつもなら真っ直ぐに『お肉ー!』と駆け寄るアディーテが何故か首を傾げているんだ。
嫌な予感がする。止めよりもまず……。
――ヒィィィィィィィィ……
皆が攻撃を仕掛けようとした瞬間、何らかの駆動音とともに、正騎士の装甲の隙間から漏れていた青光が強く赤い発光に変わった。
「まずい!! 離れろ!!」
視界が収縮したのかと思った。
赤光が正騎士の周りにドーム状の空間を形作り、たわんで弾けた。
今まさに攻撃を仕掛けようとしていた仲間たちが、目の前で吹き飛ばされる。
サクラが、テュルケが、ベルク師匠が、アディーテが、生存者たちが、宙を舞う。
そして、壁に激突し、地面に打ちつけられて転がり、血の筋を残して倒れた。
――ギィイイィィィィィィ……ゴォンッ
正騎士が立ち上がる。歪な音を響かせ、赤光を纏ったまま。
「そん……な……」
一瞬で、ほんの刹那の隙で、形勢を覆された。
残されたのは、僕と、リシィと、今だビルの壁面にいるティチリカだけ。
他は誰一人も、ピクリともしない。
……
…………
………………
……許……せない。
憎い――仲間を傷つけられた怒りがマグマのような滾りとなる。
破壊する――意識の縁から抗えない獰猛な思考が滲み出す。
“三位一体の賛歌”が聞こえる――。
我を讃え崇め奉り、憎き者を討ち滅ぼせと――。
――“【鉄棺種】を遣う者” を 誅滅せよ せよ せよ
と、神は僕に告げた。