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第五話 彼女が思うこと

 ◇◇◇




 私の名は、リシィティアレルナ ルン テレイーズ。


 龍血を受け継ぐ者として生まれて十七年、探索者となってからは半月。

 テュルケと一緒に、テレイーズの庇護地を出立してからは……およそ、二年。


 大迷宮【重積層迷宮都市ラトレイア】を初探索の帰り道、私たちは異世界からの来訪者に出会った。



 少し驚いたけれど、堅実そうな面立ちと物腰の穏やかさから、警戒は必要ないと判断したわ。テュルケも、直ぐに緊張を解いていたようだし。

 背は私よりも高く細身で、墓守に追いかけられてとても疲れた様子だった。私たちの姿を見て驚いてもいたわね。折れた私の角を見ると、誰もが同じような表情をするのだけれど、彼の場合は私たちそのものにかしら。


 私が来訪者を初めて目にしたのと同じように、彼も初めて見る異世界人が珍しいようで、しきりに私やテュルケの角や耳、尻尾を見ていたわ。

 少し気恥ずかしいけれど、仕方ないわ。私も間近に見る来訪者に、少なからず興味があるもの。


 特にあの、“黒眼黒髪”に……。



 物心ついた時にはいつの間にか好きだった、お伽話の中に出て来る“黒眼黒髪の騎士”。

 私が憧れて、夢に見て止まなかった“黒騎士”と同じ色彩。騎士鎧は着ていなかったけれど、この世界の人々が持たない黒眼と黒髪を彼は持っていた。


 そのせいかしら……初めて現実で目にした黒の色彩に気が緩んでいたところ、私の名を復唱しようとして、不意に舌を噛んだ彼の姿を見て笑ってしまったの。


 竜種の力と矜持とも言うべき、大切な竜角を断たれてから二年……。

 上手く笑えなくなって、いつの間にか笑い方すらも忘れていたのに、本当に可笑しくて、本当に久しぶりに笑ってしまったわ。

 失礼ではなかったかしら……我慢しようとしても出来なかったんだもの。



 けれど、彼との出会い以上に驚かされたのは、その後。


 『来訪者は戦う力を持たない、だから保護される』と聞いていたのに、彼は私に的確な指示を出し、敵うはずのない砲兵アーティラリーに果敢にも立ち向かった。

 結果は彼の読み通り。あれほど有効打を与えられなかった砲兵を、いとも容易く討滅してしまったの。


 私の知らない知識を持つ、世界の果てより迷い込んだ“来訪者”。


 強靭な精神と、知恵と勇気を持って困難に立ち向かう“黒騎士”。



 この時から、私は彼の背に“黒騎士”の面影を見るようになった――。




 ◆◆◆




 ――熱い。


 顔もそうだけど、兎に角全身が熱い。


 必死だったから何かを踏んだ覚えはないけど、足の裏をスッパリと切っていた僕は、応急処置をされた後リシィに肩を貸してもらっていた。

 うら若き女性……それもとびきりの美人さんと密着するのは……何と言うか、生まれ育った環境のせいで、あまり女性との接点がなかった僕には刺激が強すぎる。


 『良い匂いがする……』なんて、安直な感想を思っただけでも変態だよこれ。



「その、手間をかけさせてごめん。ありがとう」



 そんな風に、どうにも居た堪れなくなった僕は、とりあえず謝罪と感謝を口にした。



「気にしないで。出口までは後少しだから、早く適切な治療をしましょう」



 真近で話すリシィの顔が近くて、余計に頭に血が上ってしまう。

 これはどう考えても、僕が自分自身で招いた自爆行為だ。



 横目にリシィを見る。正直、見るだけでも煩悩が爆発しそうだけど、彼女の折れた角が視界の端に入ったからだ。

 ほんの少し尖った耳の後ろから伸びた角。折れていない方と比較すると、三分の二ほどが欠けてなくなっている。包帯が巻かれて断面は見えないけど、だから余計に痛々しく感じるんだ。


 これは、流石に僕からは、どうしたのかとは聞けないな……。


 角を見ていた僕に気がついたのか、リシィと目が合った。彼女はあまり表情を変えない。だけど、今は直ぐに頬を紅潮させ慌てて目を逸らした。


 ああ……やはり異性との密着は恥ずかしいよね。ごめんなさい!





「……見えて来たわ」



 時折狭く暗い通路が脇にあるだけで、これまでほぼ一直線だった外周路の先に、大きな門が見えて来た。

 だけど、遠目に見てもわかるほどに、その門は鋼鉄が打ちつけられて厳重に封鎖されている。どこから入るのだろうか……開くようには見えない。



「テュルケ、ここまで来ればもう大丈夫だから、先行してサクラを呼んで来て。『来訪者を保護した』と伝えてね」

「はい、お嬢さま! 行って来ますです!」



 ……サクラ……桜? 日本人?


 走り出したテュルケは、その勢いのまま途中で壁の中に消えていく。

 なるほど、近づくまではわからない。封鎖された門の手前に、壁を無理やり崩して穴を開けたような通路があった。

 天井も低く、幅も人二人がやっと通れるほどの石造りの通路。恐らくは墓守の侵入を防ぐための措置だ、これなら労働者も砲兵も侵入は出来ない。



「カイト、ここからが人類の領域になるわ」

「おお……無事に出られて良かった」

「まだ地上ではないけれど」

「そうなのか……」



 通路の中に入ると、奥で暖色に燃える松明の明かりが見え、寒々とした青い景観を歩いて来た身からしたら、心の底から安堵することが出来た。

 まだこの世界での自分の境遇がハッキリしたわけではないので、安心するにはまだ早い。だけど、少なくとも墓守に追いかけられることはもうないんだ。


 通路の奥からは、人の発するざわめきが聞こえてくる。

 良く良く考えたら僕は異世界人で、こんな迷宮に挑むような人物はどう考えても荒くれ者ばかりだろう。何だか、緊張してきた……。

 リシィたちが親切で、綺麗な女性だったこともあり失念していたけど……僕は多分ちょっかいをかけられる存在で、当然洗礼のようなものがあって然るべきなんだ。


 隣を歩くリシィの瞳は緑と黄のグラデーション、落ち着いた状態かな……。

 僕が余程不安な表情をしていたのか、視線に気がついた彼女は『どうしたの? 大丈夫よ?』と言うように首を傾げた。うん……必要以上に気を張っても仕方ない、僕は普段どおり、礼をもって接することにしよう。



「こっちよ」



 懸念が通り過ぎていく。

 ざわめきの方へは向かわずに、途中にある通路へ曲がったからだ。

 曲がってから三メートルの奥行きもない横路には、行き止まりに黒ずんだ堅牢な扉があり、リシィを体重をかけて重く開いた中へと入っていく。


 中はこじんまりとした武器庫。剣や槍、盾に……パイルバンカー!?

 何だか、ファンタジー世界にはそぐわなそうな武器まで壁際に並んでいる。

 そんな内部の様子に僕は興味津々だけど、ここには留まらずに武器庫を抜け、廊下を更に進んだ部屋まで連れていかれた。


 通されたのは、やけに豪奢な造りのどこぞの社長室のような部屋だった。

 窓はなく、蝋燭とランタンに火が灯る、重厚感溢れる石造りの室内。中央には滑るような艶のある机と、机を挟んで向かい合う革のソファー。壁際には、庶民感覚では決して触れてはダメな予感のする家具が並んでいる。

 ソファーに座るのも恐れ多い室内の様子と、角にある甲冑に威圧され、僕は若干縮こまってしまう。



「ここで待つわ。テュルケが担当の者を呼びに行っているから」

「ふぅ……一段落だ。今の内に、少し休憩させてもらうよ」

「そうね、待っている間に包帯も変えましょう」



 促されるままにソファーに座り、戸棚から救急箱を取り出したリシィが、ここまで歩いて汚れた僕の足の消毒を始めた。

 良いところのお嬢さまかと思っていたけど、こんなことまで率先してやってくれる辺り、結構逞しいみたいだ。


 それにしても、隣に座ったリシィは、清潔な布を自分の膝の上に広げ、その上に僕の足を乗せて手当てをしてくれている。

 何かもう、ここに来てから既に一生分のイベントを使い切った気がする。イベントどころか運もか。後は転落するだけも嫌だけど、これ以上ホイホイとイベントが起きても心臓が持たない気がするんだ。


 何だかんだで、平穏に生きて行けるのが一番なんだよな。小市民だから。



「出血は止まっているみたいね。来訪者の特性と言う話だけれど、大したものだわ」



 ……ん? 何て? 普通、血は止まるよな?


 突発イベントにドギマギしていたせいか、意識が時空の彼方に行っていた僕は若干聞き逃した。固まった血を拭い消毒をする、彼女の伏せた長い金色の睫毛からは、冗談を言っているような雰囲気はない。何だろうか?


 聞き直そうと口を開いた瞬間、部屋の扉が勢い良く開いた。



「……あえ?」



 言葉を発しようとした瞬間だったせいか、開いた扉の先を見た僕の口からは、どうにも間抜けな音が漏れた。

 だって、そこにはどこからどう見ても、異世界には酷く馴染まない違和感・・・が、体の前で両手を丁寧に揃えて佇んでいたからだ。


 日本人の僕が思わず目を丸くする、“大正メイド”がそこにいた。

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