第五十話 砂都に荒ぶるは剛剣の騎士
第三界層の都市は碁盤目状で、下手に動くと挟撃される。
だから、墓守同士が合流する前に誰かが足止めしなければならないんだ。
普通に考えたら、経験豊富なパーティが正騎士に対するべきだけど、来訪者の知識に頼らなければならないほど分が悪いのだろうか。
それとも、本当にただの興味だけで……いや、今は他に考えることがある。
僕は走りながら周囲を見渡す。
都市の外周は降り積もる砂塵に埋もれていて、これは荷重が二脚にかかる騎士型に有利に働くと思ったけど、見る限りは都市の内部にまで砂の侵蝕がない。
ヒビ割れたアスファルトの上には、靴底が埋まる程度の砂もなく、外周の砂丘を考えたら不自然な環境だけど、これも“神代の記録”と言うことか。
「サクラ、詳しい位置はわかるか?」
「はい、通りを三……いえ、四つ抜けた場所でしょうか。音が反響して詳細な位置までは」
「ありがとう、それで充分だ」
周囲に連なる高層建築を見上げる。このビルを利用出来ないだろうか。
阻塞気球の時にやった要領で、大質量で一気に押し潰す。相手の機動力と周辺地形次第だから、現場を見ないことには何とも言えないか……。
僕は今一度、正騎士の情報を思い出して思考する。
“正騎士”――全長は従騎士の倍に達する十六メートル。
未討滅であるため、情報が逃げ帰った探索者の証言しかない。
従騎士と同じく近接騎士型の【鉄棺種】で、確認されている装備は推定十メートルもある大剣が一本。刃渡りが三メートルほどの板状で、ベルク師匠でも受けることが困難な代物だと推察出来る。
理解出来ないのは、やはり“人型”か。
墓守には、砲狼の四脚や、砲兵の八脚まで制御出来るシステムがある。現実的な砲戦において、前面投影面積の大きくなる二脚の人型は的にしかならず、ロマン以上にわざわざ作る理由がないんだ。
それなら匍匐すればとも思うけど、だったら戦車で良いとなる。
兵器における“人型”の定義は難しいけど、あくまで近接戦闘を主任務としたもの、これくらいしか妥当な理由がない。
やはり人の中にも、従騎士、正騎士に匹敵する巨大種がいると考えた方が良いのか。ベルク師匠を超える巨体で、墓守の砲撃を意にも介さない、重装甲の防御能力を持った探索者が……。
「カイト、大丈夫?」
ビルの谷間を走りながら、リシィが僕を覗き込んでいる。
「ああ、大丈夫。もし正騎士がいた場合の弱点を考えていた」
「わかるの!? 情報が全然ないのに……」
ベルク師匠を見上げる。
膝を痛めて、一度は探索者を退いたと言っていた。
そんな僕の様子に皆は視線を向け、固唾を呑んで見守っている。
「“膝”……かな」
先程も従騎士の膝に、セオリムさんの仲間の鎧竜種が攻撃を仕掛けていた。
やはり神代の技術でも、負担がかかる部位の保護は完全には無理なんだろう。
いや逆か、神代の技術があるから、無理な大型の二脚が成立しているんだ。
「確かに、騎士型に関わらず、脚を狙うは常套戦術。卑怯ではあるが、墓守相手に武人の矜持は意味をなさん」
ベルク師匠が強く頷いた。
「僕たちの大きさでさえ、こうして走っているだけでも脚に負担がかかっている。だったら、遥かに大きな正騎士の脚には、どれだけの負荷があるのか」
「はいはい! でしたら重砲兵の時みたいに、装甲の隙間からえいやーって膝を斬るのが良いと思いますです!」
テュルケが元気に手を上げて意見をくれた。
今はもう恐れもなく、いつもの調子だ。
「それはどうだろう。重砲兵は追加装甲があるけど、砲兵自体の装甲化は不十分で、隙間までは埋められていなかったんだ」
「正騎士は違うの?」
「ああ、これは従騎士の情報だけど、近接型の墓守は装甲が二重になっている。つまり、隙間がない」
「あう~、ずるいですです!」
「でしたら、どうすれば良いのでしょうか?」
狙うのは脚、それも衝撃減衰装置だ。
ショックアブソーバーがあるのか、人間のように関節液、何らかの緩衝材があるのかはわからない。従騎士でも、その辺りの情報は図鑑に載っていなかった。
必要な情報を、親方にでも上げておくべきか。
とりあえず、まずはそれを見つけ出すのが第一だ。
「アウー? 墓守なんて、穴掘るだけー!」
「うーん……」
サクラの【烙く深焔の鉄鎚】、アディーテの“穿孔”が通用するなら、果たして未討滅のままになっているだろうか。
果敢にもかつて戦闘を挑んだ探索者が、『全ての攻撃が弾かれた』と証言を残している。これは砲狼の顎と同じ材質か、それ以上か……。
だとすると、有効となるのは神器なんだけど……。
「リシィ、神器は使えないのか?」
「無理……とは言いたくないけれど、片角だけだと厳しいわね」
「そうか……」
自分の灰色の右腕に視線を落とす。
これは既に顕現している状態だよな……槍に再成形は出来ないんだろうか。
振るうのが僕なら、一撃で終わらせるつもりじゃないとダメだけど。
「良し、作戦を伝える。まだ情報も足りない、状況もわかっていない、接敵後は臨機応変に対応する」
「ええ、例え正騎士だろうと、テレイーズの名に懸けて退けてみせるわ!」
「はい、全ての生存者を救うまで、この鉄鎚を振るいます!」
「ですです! もう怖くないですです!」
「うむ、その意気や良し!」
「アウー! 何か良い匂いがするー!」
進む道は、まるで目隠しをされて歩いているようだ。
だけど怖くはない、仲間が足元を照らしてくれる。
驕らず、慢心せず、やってやる。
―――
僕たちが進んだ先にそいつはいた。
遠目にもただ巨大だとわかる、【鉄棺種】。
――ゴオォォンッ!!
間違いない“正騎士”だ……大き過ぎる……!
こいつは、量産型の従騎士に対して、白銀の鎧を身に纏った絵面通りの主役専用機だ。
施された装飾は、味方にとっては英雄の証、敵にとっては死神の烙印。本来なら味方のエースが乗っているような機体が、何でこの世界じゃ敵に回っている!
十六メートルもある巨体が、幅広の大剣を振るうたびに旋風が巻き起こる。
動きも機敏、あれじゃまず脚を止めないとビルの倒壊にも巻き込めない。
戦闘、と言うより避けに徹しているのは探索者か、それとも衛士か。まだ大分離れた交差点を主戦場とし、片手で数えられるほどの人が交戦している。
「ベルク師匠! サクラ! テュルケ! 先行を頼む!」
「おお!」
「はい!」
「行きますです!」
ベルク師匠が槍と盾を構え、アスファルトを踏み砕いて突進する。
その巨体の影にはサクラとテュルケ、彼を盾にして後から続く。
僕はアディーテの肩を抑え、気勢を制す。
「アディーテ、良いか、あいつを地面に倒す。そしたらきっと美味い肉が食べられるから、膝に穴を空けるんだ」
「アウー! ハッハッ! アウッ、やるっ!」
「良し、行ってやれ!」
「アウーーーーッ!」
犬……じゃないよな。まあ、今は緊張が解れて丁度良い。
アディーテは、崩れたビルの壁面を足場にして勢い良く飛び移っていく。
死角を突くようにと教えたのを、しっかり実践出来る辺りは犬じゃない。
「リシィ、僕たちも参戦する。“ヘイト”を意識した立ち回りを忘れないように。相手の矛先が自分に向いたら、攻撃を休んで防御に徹して」
リシィには改めて“ヘイト管理”を教えた。ヘイト、つまり“敵対値”だ。
墓守のリシィに対する異様に高い攻撃優先順位。阻塞気球戦では防御に回すことでこれを避けようとしたけど、結局彼女が狙われていた。
光矢の火力が高いのか、単純に金光を纏う目立ちやすさか、それを測るためにある程度の行動を制限する。
これがどんな結果になるのか、見定めなければならない。
「ええ、わかっているわ。カイトって、本当に変な知識ばかり良く知っているのね」
「変かな? まあゲームの延長線上にある知識だから……」
「いえ、カイトらしいわ、と言っているの。ここで証明して見せるわ」
「ああ、僕たちは誰もなさなかったからと臆さない。阻むものが何者であろうと、悉くを退けて平穏を勝ち得るんだ! 行こう!」