第四十九話 噛み合い 回り始める 歯車
――ガキィィィィッ!!
「小僧……!?」
「『けじめは墓守に対してもらう』と言っただろう。こんなところでくたばる方が、くだらない」
「チッ!」
ベンガードが、長柄の両端に二対の戦斧を備えた武器を振るった。
奇襲から彼を両断しようとした墓守、従騎士を退ける。
僕はこれを警戒していて余裕がなかった。
“悪態を吐く憎まれ役は最初に死ぬ”、勿論ただの可能性だ。
四方に気を配り、どこから奇襲されようとも防いでみせると覚悟して、そしてベンガードを狙った従騎士の剣を、彼の頭上で右腕の神器を使って止めた。
身長差でベンガードの頭頂部が少し斬られたようだけど、それはリシィを侮辱したお釣りだ。
「疾っ!!」
見ると、セオリムさんがもう一体の従騎士を長剣一本で退けている。
従騎士が二体……いや、まだいる。都市を飲み込まんと、辺り一面に降り積もる砂塵……その砂丘の一部が不自然に盛り上がっているんだ。
「ベルク師匠、右手の盛り上がり! リシィ、そこと、あそこだ!」
「カカッ! それで隠れたつもりか!」
「無駄よ、出て来なさい!」
紫電が迸り、光矢が弧を描き、隠れた砂ごと衝撃を受けた重砲兵が姿を現す。
八本の脚を器用に折り畳んで、砂の下で丸まっていた。数は三体。
以前だったら愕然としていたかも知れない、だけど今は違う。
あらゆる手段を模索して、あらゆる状況を想定した。
必殺の一手、最善の二手、追撃の三手。想定し得る十手以上先までを思考し、仲間たちに伝え、話し合い、互いを補い合う。
僕たちはすでにひとつの生命だ。この絆、断てるものなら断ってみろ。
“重”なんて大それた付加がされたところで、所詮は“砲兵”。
一度見た、ならばもう敵じゃない。
「サクラ、手加減はいらない!」
「はい! 滅却します!」
砂上に立ち上がるは重砲兵。対するサクラの疾駆は、舞い散る火の粉が砂塵すらも桜吹雪に変え、ただの一足で接敵して灼熱の鉄鎚を打ち上げる。
真下から打たれた円盤状の巨体が浮き、胴体はまるで火山が噴火したかのように、融解する鉄塊に変わってしまった。
有言実行の滅却、まずは一体。
「アディーテ、穴を空けてやれ!」
「アウー! お肉ーーーーっ!」
“肉”を見た瞬間、既にアディーテは跳躍していた。
“純粋”とは最良の力だ。怖気づくこともなく、迷うこともなく、只々欲するままに夢中になれる。
アディーテの前で装甲はないに等しい。有象無象の区別なく、硬いも柔らかいも関係なく、“穿孔”が全てに穴を空ける。
無惨、二体目は円盤じゃなくドーナツに変わってしまった。
これで二体。
「テュルケ!」
「えいやーっですです!」
テュルケに極まった攻撃力はない。
だけど、その目の良さと体捌きはそれだけで最高だ。
ストンプを警戒し、八本の脚の合間を付かず離れず、踊るようにステップを踏む。
そして、包丁で装甲の隙間を斬る、斬る、斬る。フレームの中に詰まったケーブルを次々と断たれ、死角を襲った小さな仕事人に重砲兵はなす術もない。
重砲兵は脚の制御を失い、自重を支えられなくなってよろめく。
「おおっ!!」
続いてベルク師匠が、崩れ落ちる胴体の下に潜り込んで槍を突き上げた。
重砲兵の胴体を貫いた槍の先端が空を仰ぐ。
「ぬぅんっ! 奥義【紫電招雷】!! 砂塵の中に滅せよ!!」
紫光が瞬く。紫電が重砲兵の全身を駆け巡り、出鱈目に跳ねた脚が動かなくなったところで、三体目も煙を上げて完全に停止した。
三体、抜かりはない。
良し、正騎士が指揮管制機に当たると想定していたけど、違ったようだ。
本来火力支援用の重砲兵を前線に出して、何が用兵か。指揮を執る者が存在しないことも、個体に戦略レベルの統制がないことも、これで明らかになった。
データリンクはあるようだけど、連携の密度は僕たちが上だ。
墓守単体なら、討滅の手段さえ確立させてしまえば、恐れる相手じゃない。
「ははは! カイトくん、これは素晴らしい! 殿下の手前、一度は諦めたが……やはり私は君が欲しい!」
「お断りします、僕の力だけではないので。まずは従騎士を倒しましょう」
セオリムさんは従騎士の相手を仲間に任せ、僕の傍までやってきた。
彼は、従騎士の相手をしながらこちらを見ていたのか……。
“樹塔の英雄”とは、僕の想像以上の力を持った英雄なのかも知れない。
「だが、どうするんだい。あの剣戟の冴えは、体に触れることすら許してくれないよ」
“従騎士”――薄い青緑色の甲冑を纏う、騎士型の【鉄棺種】。
とは言ったものの、その姿はロボットアニメで良く見る量産機そのものだ。
無駄は徹底的に廃され、強いて言うのならベストセラー機。
主役機にはなれないけど、決して侮ることも出来ない。
セオリムさんの言葉通り、従騎士の剣の技は卓越している。
剣身がニ、三メートルはあるロングソードを縦横無尽に振るい、四方から攻撃する仲間たちの攻撃を容易く凌いでしまっているんだ。
それはもう一体の、ベンガードのパーティが相手にしている方も同じ。
「どうするも何も、セオリムさんたちなら従騎士も倒せますよね?」
「ははは、確かに。何度となく相手をした墓守だ。私は、カイトくんがどう対処するかを見たかったのだが」
「まずは安全と消耗しないことが優先です。正騎士が存在すると断定した上でのお願いです。予断を許さず、今直ぐに討滅してください」
「全く、君は何を言っても釣れないのだろうね。少し殿下が羨ましいよ」
「当然です」
――ゴッゴオオォォオオオオォォォォォォォォンッ!!
「何だ!?」
衝撃音がビル街に鈍く反響する。聞こえた方角を見ても、建造物で遮られて出どころはわからない。
本隊にしては近い。彼らは数キロ離れた別の門に向かったから、まだこんな近くまでは来ていないはずだ。
とすると、第二拠点の生存者……そして“正騎士”。
「カイトさん、今の方角から戦闘音が聞こえます。巨大な物体が動いています!」
サクラが、犬耳をピクピクと震わせながら伝えてくれた。
間違いない、まだ誰かが襲われている……いや、戦っているんだ。
「小僧ぉっ! 気を抜くナくそっタれガ! ここハ俺タちガ凌ぐ、救援に行け!」
「はっ!? ベンガード、何を! 残り二体なら……」
「カイト、墓守の増援よ!」
リシィの視線の先、半ばまで砂に埋もれたアスファルトの道路の先に、こちらに迫る墓守の集団が存在した。
「なっ!?」
遠目に見ても数が多い。
先頭に従騎士が四体、その後ろの砲兵は六……いや、奥にもまだ……。
何より一回り大きく、盾を持っている騎士型“守護騎士”が先陣を率いている。
最善は、ここにいる全員で殲滅してから移動することだ。
音がした場所の状況がわかっていない、それこそ安易な救援は危険。
正騎士に単独で挑む愚行を冒すわけには……。
――ドオオォォオオオオォォォォォォォォンッ!!
……だけど、今もまさに誰かが命の危機に瀕している。
それは、ほんの数分も、数秒も予断を許さない状況なのかも知れない。
可能性を蔑ろにして、救援を躊躇って、安全を踏んだところで、それで誰かを失ってしまったら、僕は素直に祈れるのか。
いや、祈れない。
「カイトくん、私たちにはトゥーチャの神代遺物、【凄い爆発反応装甲】がある。あの程度の墓守の群れは、瞬きの内に薙ぎ払えってみせよう」
名付けは来訪者だろうか、何とも巫山戯た名前だ。
砲狼戦の時に見た、あの大規模爆発がそれか。
「だから、行ってくれないかい。私たちも直ぐに追いつく」
「カイト、行くわよ。私たちは、墓守を討滅するためだけに来たわけではないわ。人を助けに来たの」
「そうか、そうだよな……目的を見失ってはいけない。僕たちは、誰かのためにを思ってここまで来ているんだ」
「カイトさん、行きましょう!」
「ですです! 救急バッグもちゃんと持って来てますです!」
「うむ。某の雷袋も、正騎士に相対するに充分な蓄電量。不足なし!」
「アウーッ! 今晩は焼き肉うまうまーっ!」
いつだって僕が躊躇うと、リシィが、皆が背を押してくれる。
気負う必要もなく、僕はただ頷くだけで応えてくれる。
なら……。
「わかった。行こう」
「ええ、騎士の勤めを精一杯に果たしなさい」
皆が一同に頷いた。
進む先に未討滅の墓守が存在しようとも、恐れに震えることもなく。
「セオリムさん、ここは任せます」
「ああ、その信頼に応え、“樹塔の英雄"たるをお魅せしよう」
「ハッ、演技ハヤめろ英雄。気色ガ悪い」
「ははは、私は役者にはなれないようだね。カイトくん、また後で会おう!」
「行け、小僧。もう二度とその毛のナい面を見せるナ」
僕たちは、ここを彼らに託して走り出した。
一度だけ、振り返る。
赤銅色の鎧竜種が従騎士の膝をへし折り、レッテさんがパイルバンカーであっと言う間に一体を討滅してしまった。
心配はいらない、彼らは英雄なんだ。
誰もが憧れ、自分もそうなりたいと願う夢の先。真の英雄たち。