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第四十八話 永遠の終都

 “上層第二拠点ラクィア”、かつてそこにあったものは瓦礫に埋もれていた。

 焼かれ、破壊され、蹂躙され、その悉くが静謐の中に消し炭だけを残して沈む。


 僕たちは目前の仮設拠点で一晩を明かし、六日目の昼には第ニ拠点に到着した。

 破壊された境界防護壁を大部隊が通れないことを考えて、本隊は離れた別の門に向かい、今ここには僕たちとセオリムさんとベンガードのパーティだけだ。

 パーティ単独での戦闘力が高い三隊。選りに選ってだけど、ベンガードはあれでも実力者らしい。後続の支援部隊が生存者の捜索を始める前に、安全確保のため先行して来ている。


 第ニ拠点は白翼の少女の知らせた通りだ。

 廃墟……もうここには、生活の痕跡すら残っていない。

 爆発痕と、縦横無尽に振るわれた何かの筋。石造りの監視塔さえ両断しているそれは、どれだけ巨大で鋭利な刃物なのか。



「この爆発痕、迫撃砲が撃ち込まれていますね。重砲兵シージアーティアラリーの混成でしょうか」

「流石はカイトくん。この足跡は間違いないだろう、遠近の混成部隊が存在する」



 セオリムさんは腰を落とし、残された足跡を調べながら答えた。

 彼のパーティは五人。他はトゥーチャと、銀髪褐色肌の女性、ベルク師匠に良く似た鎧竜種、白髭を生やしたお爺さんだ。

 英雄のパーティだけあって、彼らが纏う歴戦のオーラは尋常じゃない。



「あ……」



 リシィがよろけ、傍にいた僕は咄嗟に肩を支える。



「リシィ、どうし……」



 彼女の視線の先にあったのは、息絶えた衛士の亡骸だ。

 何かを護ろうとしたのか、握り締めた盾ごと両断されてしまっていた。


 胸に言い知れない凄絶な感情が湧き上がる。目を逸らすことが出来ず、吐くことも許されず、只々重い何かが全身に伸し掛かってくる。



「直視してはいけないよ。心に幕をかけて良いんだ。祈り、仇を討つ。それが私たちの役割だ」



 セオリムさんが自分の手で僕の視界を遮ってくれた。

 泣きそうで、泣けなくて、ただ彼の言葉を深く胸に刻む。



「はい……大丈夫です。今は、祈ります」



 リシィはそれでもその亡骸から目を逸らさない。

 どんな感情か、赤と青と紫が混じった瞳で唇を強く噛み締めているんだ。

 何を思っているのか、何か覚悟をしているのか、彼女の横顔には怒りとも悲しみとも取れない色が滲んで見える。



「カイトさん!」



 サクラが周辺の捜索から戻ってきた。



「どうだった?」

「はい、見える範囲で遺体の数を確認しました」



 彼女は気丈にも淡々と言葉を発する。

 だけど、その桜色の瞳の奥深くで、慟哭が揺れているのはわかった。



「恐らく、かなりの数の生存者がいます。地下避難所が瓦礫の下なので、支援部隊の手は必要ですが、希望はあります」


「そうか! 支援部隊を待つ猶予はある?」

「はい、避難所は貯蔵庫にもなっていますから、まだ持つはずです」


「セオリムさん」

「朗報だ。だとしたら、私たちの役割はこの地域の安全確保となる。予定通り第三界層に進出、本体と合流する」




 ―――




 崩れた境界防護壁の前に、散っていた探索者たちが集まってくる。



「ベンガードくん、そちらはどうだった?」

「ハッ、くダラん。火砲も碌に反撃出来ず潰サれてヤガる。腑抜けバカりガッ!」



 彼は相変わらずの悪態を吐くけど、果たしてそれは誰に向けられたものか。

 怒り、憎しみ、悲しみ、全てを含んで墓守に向けられたものじゃないのだろうか。


 僕にはわかり難い獅子の表情から、今だけはそう感じ取れた。



「貴方、拠点を護ろうと立ち向かった者たちに対する敬意はないの!? 恥を知りなさい!!」



 そんな僕の認識とは裏腹に、リシィは声を荒げた。

 体格差に臆することなく眼前に挑み、いつものポーカーフェイスでもなく、怒りを露わにしている。瞳を赤くたぎらせ、今にも黒杖を抜きそうだ。



「ハッ、お姫サマカ。龍血ガ何ダカハ知ラナいガ、温々と大事にサれタお前に何ガワカる。くダラん」



 ――ゴッ!



 僕はベンガードを殴った。有無を言わさずに神器の篭手で。

 反動が自身の肩も軋ませたけど、リシィを侮辱されて大人しくしているほど、僕はお人好しじゃない。


 お互いによろけて後退ったところで、ベンガードは僕を睨み返した。



「ベンガード、これで今は手打ちだ。僕の姫さまを侮辱したとしては軽過ぎるけど、お前も一応仲間だ。これ以上のけじめは墓守に対してもらう」


「……ハッ、くダラん。従者ナラ、きっちりそのキレイ(・・・)ナお姫サマを躾けておけ」



 ベンガードは捨て台詞を残すと、彼のパーティとともに防護壁に去っていった。

 セオリムさんや他の仲間は、やれやれと苦笑いでその背中を見送る。



「カイト……ごめんなさい。頭に血が上ってしまったわ」



 リシィは僕の背後から袖口を掴み、俯いて何故か反省していた。



「リシィは別に間違ったことを言っていない。むしろスカッとしたよ。それよりも、今の僕……龍血の姫の騎士っぽくなかった?」



 ……おや、少し冗談を言ったら、リシィの瞳の色と表情が何か変だ。

 驚いているような、怒っているような、それでいて安心しているような。



「あっ、当たり前よ! 貴方は紛れもなく私の騎士なんだから! 良くやったわ!」

「はは……ありがとう、リシィ」



 僕も苦笑いがこぼれる。少し三文芝居っぽくて笑えてしまったんだ。


 うん……自分でも何となくわかる。

 こんな状況で、笑えるのも冗談を言うのもただの強がりだ。

 悲しみと不安、ここで見た絶望と、これから訪れるかも知れない絶望を、振り払うためのただの強がりなんだ。

 それがわかっているのか、仲間は皆困った顔で僕たちを見て笑っている。



「なな何を笑っているのっ! 気を引き締めなさい!」

「ああ、当然だ。リシィは、龍血の姫の騎士である僕が必ず守り抜くよ」



 自分で言っていて恥ずかしかった。




 ―――




 第三界層“無間楔界リベルレギス”――天を貫く尖塔と、砂塵に侵蝕された巨大建造物が大地を埋める終の都。


 ……まさか、これは“都市”だ。


 いや、都市と言っても広義あるけど、今僕の目の前に広がる光景は良く知ったものにしか見えない。


 崩れた境界防護壁を乗り越え、時には瓦礫の下を潜り抜けて辿り着いた第三界層は、高層ビル群がひしめき合っていたんだ。

 半ば崩れたビルの中に出てそこから更に外に出ると、“廃墟になった東京”としか思えない都市の只中にいた。事前知識で高層建築があるとはわかっていたけど、それがこんな近代都市だなんて思ってもいなかった。


 外壁が崩れ、剥き出しになった鉄骨がしゃれこうべのように見下ろす様に、僕は心臓を変に鼓動させてしまう。

 流石に東京じゃないか……かつての神代都市。何にしても、地球の都市が丸々転移して来た、と言われても信じてしまう光景だ。



「カイトくん、驚いたかい? 君の世界では、このような都市が普通だと聞いた」

「はい、驚きました。僕のいた世界、地球の大都市は大体がこんな感じですね。最初は見知った街かと思いました」


「凄い……カイトの世界には、これだけのものを建てられる技術があるのね」

「はは、この世界にだって更に大きい建造物があるじゃないか」


「へえ、軍師くんの世界か、アタシも俄然興味が湧いてきたぜ!」



 会話の途中で、突然背後から肩越しに覗き込まれた。

 セオリムさんのパーティの銀髪褐色肌の女性、確か名前はレッテさん。


 ウルフヘアーの銀髪に金眼、褐色の肌は筋肉質で、行き過ぎた軽装のために露出が激しい。アマゾネスを思わせる前垂れの衣服は、胸と腰以外が全て露わになっていて、目のやり場がなくて困るんだ。

 サクラに似た獣耳と尻尾があることから、獣種だろうことはわかる。



「レッテさん、カイトさんが困っています。離れてください」



 レッテさんは背後から僕に寄りかかっていて、どうにも困っているとサクラが助け舟を出してくれた。

 リシィはジト目で見ている……不可抗力だよな……?



「別に取りゃしないって、お姫さまの騎士なのは知ってる。アタシとしては、サクラが相手してくれたら嬉しいぜ?」



 サクラが一瞬尻尾を震わせた。

 ああ……彼女は多分、両方行ける口の人だ……。

 サクラみたいな真面目なタイプには天敵だろう。



「あの、そろそろ離れてもらえるとありがたいのですが……」

「へえ、女の色香に惑わされないなんて、セオリムが気に入るわけだ。だからちょっと気になっただけだぜ」



 だったら、今直ぐに離してもらいたいんだけど……。



「くしし! その割にレッテから離れようとしないナ! 本当は嬉しいのかナ!」



 あわわ……トゥーチャがそんなことを言うから、リシィの視線が厳しさを増した。

 振り解きたくても、僕の首を抑えている右腕が異様にゴツい。生身じゃなく、これはパイルバンカーだ。鋼鉄の構造体が喉に食い込むんだ。



「お前ラ、いい加減にしろ。戯れてる暇ガアるなら、サっサとくたバれ。巨大ナ足跡を発見しタ」



 戻って来たベンガードが悪態を吐いて、それでも情報を伝えてくれた。

 水を差されることになったレッテさんの視線は厳しくなったけど、こんなところで緊張感に欠けるのも良くないから、これは痛み分けだろう。


 本当の英雄ならともかく、僕にそんな余裕はないんだ――。



 その刹那、頭上の陽が遮られた。地面に落ちる影は大きな人型。



「ベンガード! 上だ!」

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