第四十六話 出征 何者も阻めぬ英雄たちの行進
「――現在の状況は以上です。確定していることはありませんが、探索者ギルドは第ニ拠点を正騎士が襲撃したと想定しているようです」
宿屋の軒先を借りて、サクラが皆にも現状を説明した。
情報はルテリアまで伝わり、既に探索者と衛士の混成部隊が迷宮を移動しているそうだ。
最終防衛線は第一拠点ヴァイロンに設定され、これ以上の侵攻を許さないために各所が動いている。
そして、今ここで正騎士討滅隊に参加することは、その先陣を担って自ら死地に赴くこととなってしまう。
「私は行くわ。神龍テレイーズと“龍血の姫”の名に懸けて、抗うことが許されるのなら全力で人々の守り手でありたい」
リシィの瞳が黄金色に煌めく。
思わず目を細めてしまうほどの輝きは彼女の意志だ。
どこまでも誇り高く、窮地であればこそ己の信念を貫く真の強さの現れ。
覚悟……か。
迷うことも愚かだと思ってしまうほどに、僕はリシィが好きみたいだ。
「リシィならそう言うと思った。僕も“龍血の姫”の騎士として、異論はない」
「うむ、某の雷袋も奮えておるわ。この鋼の身、紫電の如き潔さをお見せいたす」
「ベルクさん、だからと言って特攻はダメですよ」
「カカッ、善処する!」
テュルケを見ると、いつもの元気の良さは鳴りを潜め俯いてしまっている。
「テュルケ、怖いのなら待っていても良いのよ?」
「……嫌です! でも、怖いです。お嬢さまが、カイトさんやみんなが危ない目に遭うのは、怖くて、嫌です!」
テュルケも僕と同じだ。
犠牲が出ることが怖い。大切な人々を失ってしまうのは、何よりも怖い。
だったら逃げて安穏と暮らした方が良い、そう思えてしまうほどに。
だけど……。
「でも、行きますです! 姫さまの行く先なら、どこまでもお供しますですです!」
目尻には涙を溜め、それでも彼女は力強く頷いた。
覚悟は人を変える。結局、僕はリシィを言いわけにしているけど、なら失う覚悟をするよりも、失わない覚悟をするべきだ。
僕は何ひとつ、誰ひとつ失わない道を探して、選択する。
それが僕の覚悟、迷いながらも手を伸ばした僕の辿る道筋だ。
「アディーテは? 君は美味しいもの目当てなんだし、帰っても良いんだよ?」
「アウー? 行くー! 正騎士はまだ食べたことないー! うまうまー!?」
ブレないな……味はどれも同じだと思うけど。
「それでは皆さん、参りましょう。【烙く深焔の鉄槌】の使用許諾を取りました。全力で討ち滅ぼし、消し炭も残らないほどに滅却します」
「頼もしいな。だけど無理はしないで欲しい。楽な討滅の方法を、僕が必ず見つけ出してみせるから」
「はい! カイトさん、頼りにさせていただきますね!」
―――
夜、ギルド前には多くの探索者が集まっていた。
それでも、会議に出席していたパーティの代表の数から見ると少なく、三桁には足りてなさそうだ。仕方ないか、僕を含めてここには新人探索者も多くいる。
避難が始まっているのか、隙間もなく埋まっていた露天も疎らだ。
建物の窓は閉まり、煩かったほどの喧騒も今はもうない。
人の波を掻き分けて、奥へ進むと小さい人影と目が合った。
「あっ、カイっちナ! 軍師の業前、見せてくれるのかナ! くしし!」
「トゥーチャ、こんばんは。それは頑張って……いや、やって見せるよ」
トゥーチャは人懐っこく笑って、相変わらず小さい。
ここに集まった探索者の中では一番小さいんじゃないだろうか、その体格でどうやって墓守に立ち向かうのか、見かけからでは全く想像も出来ない。
そして、彼女がいると言うことは……。
「やあカイトくん、覚悟を決めたようだね。変に緊張させるといけないから、期待はしないよ。お互いに最善を尽くそうじゃないか」
「はい、セオリムさん。主に付き従うことが僕の覚悟です。彼女を守るためなら、いつだって全力を尽くします」
僕に向けられた涼し気な面差しは、怖気の欠片も見られない。
未討滅の墓守に挑むことも全く意に介さず、ただ彼は最善を尽くすと言う。
これが“樹塔の英雄”たる気構えか……。参考にはならないけど、彼がここにいたことは何よりの僥倖だ。
「あっ、セオリム! カイトはあげないわよ! 私の騎士なんだから!」
おや、リシィが突然横から僕にしがみついて背後に回した。何この反応……。
「ははは、バレていたか。私はカイトくんに会いたい以上に、“軍師”としての君が欲しかったんだ。だが、どうやらカイトくんは殿下に首ったけのようだね」
「んっ!?」
えっ、パーティから引き抜こうとかそう言う話……?
何かリシィが口籠って赤くなっているけど、話の筋が見えない。
水面下での攻防は、僕にはどうしようもないんだけど……。
「リ、リシィ、大丈夫か……?」
「ん、んうぅ……な、何にしてもカイトに近づくことを禁止するわ! あっちに行きなさい!」
「ははは、勿論だとも! 君たちの関係を見ていたらその気もなくなる。ただし、彼の活躍はこの目で一度見てみたい、それだけは譲れないよ。それでは健闘を祈る!」
「お、おー? お、セオっち、どこ行くナ。あ、カイっち、お姫さま、またナ!」
そう言うと、セオリムさんとトゥーチャは人混みの中に消えていった。
一体何だったのか……反応に困る事態はいつも唐突だよな……。
「カイトはいつもごにょごにょ……私のことはごにょごにょ……」
リシィが何か呟いている。
「あ、リシィ、今の……」
「な、何でもないわ。今は気を引き締めなさい」
結局、何だか良くわからない内に、ギルドの扉を開いてルニさんが姿を見せた。
辺りを見回して、集まった探索者が多かったのか少なかったのか、それとも何か思い悩むことでもあるのか、少しばかり表情を曇らせて話し始める。
「皆さま、集まっていただけたことを心より感謝いたしますわあ」
彼女と両脇のギルド職員たちは一斉に頭を下げた。
長い礼。時間は一分でも惜しいだろうに、それでも誠意を込めた礼だ。
「現在は十三パーティ、総勢八十名の皆さまが名乗りを上げてくれてます。今後も増援が到着次第、編成、逐次投入となってしまいますけど、皆さまには先行して第ニ拠点に向かっていただきます」
「待てアーヴァンク、追加の情報ハないのカ?」
ベンガードだ。流石に悪態は吐かないけど、いちいち口を挟むのは性分か。
「それは堪忍なあ。まだ強行偵察隊も戻って来てませんよって、途中設営した拠点に情報を下ろすつもりですからなあ」
「そうカ、話を続けろ」
「そうさせてもらいますわあ。では、食事やその他物資などは、先行した支援部隊が既に運んでます。皆さまは出来るだけ身軽になって、第ニ拠点までの行程を七日……いえ、出来れば五日ほどに短縮していただきたくお願いします」
無茶、ではない。野営地の設営、食事の用意などはどうしても時間がかかる。
それだけの物資を運ぶのも、馬を連れ込めない迷宮内では足を遅くする要因だ。
だからルニさんは、専門の支援部隊を先行させて道中の全てを整え、なればこそ十日の道程を半分で歩けと言う。
誰もが文句は言いたいだろうけど、ここにいる探索者は既に覚悟をしているんだ。
無茶を飲み込んで、それぞれが覚悟を決めた理由のために第ニ拠点を目指す。
なら、後は頷くだけだろう。
「ありがとうございますわあ。第ニ拠点には知った顔もいます、皆さまの中にも同じ思いを抱く方もいるでしょう。お願いします、彼らを救うために力をお貸し下さい」
誰も、何も言わない。ベンガードすら今は口を挟まない。
ただ強く頷き、“正騎士”に挑む覚悟を行動で現す。
「行こう」
誰かが言った。
「ああ、行こう」
「第ニ拠点ラクィアに」
「なあに、直ぐ帰って来れるさ」
「これだけいれば、正騎士討滅も楽勝だ!」
「おお! 俺たちの強さを見せつけてやろうぜ!」
「そうだ! そうだ! おおおっ!」
「行くぞおおおおおおおおおおっ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
恐れを抱かぬ者たちの勇猛果敢な声が、暗く沈んだ地下拠点に木霊した。
死地に挑む者たちの行進が始まる。
輝く瞳で見上げる少年が探索者たちの列を追いかけ、露天の店主は自慢の串焼きを征く者全てに惜しげもなく渡す。
かつても一度聞いた気の早い凱旋歌、武器を打ち鳴らし、石畳を踏み、斉唱は拠点の人々にまで広がっていく。
恋人か、馴染みの店の憧れのウェイトレスか、驚く少女に道端で『帰ったら結婚してくれ』とプロポーズをする探索者までいる。
それはフラグなんだけど……覚悟は時にフラグをもへし折る。そうなって欲しい。
第一拠点に今もこれだけの人が残っていたのかと、驚くほど多くの群衆が殺到し、皆が手を振って無理やりに笑って見送る。
こんな地下にまで人々の生活はあって、それを守る探索者たちは、彼らにとって一人残らず“英雄”なんだ。
「リシィ、サクラ、テュルケ、ベルク師匠、アディーテ、僕は帰るつもりもない。どこまでも突き進み、皆が安心して暮らせる平穏な地へと辿り着く」
「ええ、行きましょう。どこまでも!」
「はい、カイトさんとともに!」
「ですです! 最高級のお茶を用意しておきますです!」
「カカッ! 何とも剛毅なことだ、だがそれが良い!」
「アウー! 最高級! 最高級!」
襲い来る全てを覆して僕は望む。
誰もが、リシィがただ笑っていられる場所を。