表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/440

第四十六話 出征 何者も阻めぬ英雄たちの行進

「――現在の状況は以上です。確定していることはありませんが、探索者ギルドは第ニ拠点を正騎士ロードナイトが襲撃したと想定しているようです」



 宿屋の軒先を借りて、サクラが皆にも現状を説明した。

 情報はルテリアまで伝わり、既に探索者と衛士の混成部隊が迷宮を移動しているそうだ。

 最終防衛線は第一拠点ヴァイロンに設定され、これ以上の侵攻を許さないために各所が動いている。


 そして、今ここで正騎士討滅隊に参加することは、その先陣を担って自ら死地に赴くこととなってしまう。



「私は行くわ。神龍テレイーズと“龍血の姫”の名に懸けて、抗うことが許されるのなら全力で人々の守り手でありたい」



 リシィの瞳が黄金色に煌めく。


 思わず目を細めてしまうほどの輝きは彼女の意志だ。

 どこまでも誇り高く、窮地であればこそ己の信念を貫く真の強さの現れ。


 覚悟……か。

 迷うことも愚かだと思ってしまうほどに、僕はリシィが好きみたいだ。



「リシィならそう言うと思った。僕も“龍血の姫”の騎士として、異論はない」

「うむ、某の雷袋も奮えておるわ。この鋼の身、紫電の如き潔さをお見せいたす」

「ベルクさん、だからと言って特攻はダメですよ」

「カカッ、善処する!」



 テュルケを見ると、いつもの元気の良さは鳴りを潜め俯いてしまっている。



「テュルケ、怖いのなら待っていても良いのよ?」

「……嫌です! でも、怖いです。お嬢さまが、カイトさんやみんなが危ない目に遭うのは、怖くて、嫌です!」



 テュルケも僕と同じだ。

 犠牲が出ることが怖い。大切な人々を失ってしまうのは、何よりも怖い。

 だったら逃げて安穏と暮らした方が良い、そう思えてしまうほどに。


 だけど……。



「でも、行きますです! 姫さまの行く先なら、どこまでもお供しますですです!」



 目尻には涙を溜め、それでも彼女は力強く頷いた。


 覚悟は人を変える。結局、僕はリシィを言いわけにしているけど、なら失う(・・)覚悟をするよりも、失わない(・・・・)覚悟をするべきだ。


 僕は何ひとつ、誰ひとつ失わない道を探して、選択する。

 それが僕の覚悟、迷いながらも手を伸ばした僕の辿る道筋だ。



「アディーテは? 君は美味しいもの目当てなんだし、帰っても良いんだよ?」

「アウー? 行くー! 正騎士はまだ食べたことないー! うまうまー!?」



 ブレないな……味はどれも同じだと思うけど。



「それでは皆さん、参りましょう。【烙く深焔の鉄槌(アグニール)】の使用許諾を取りました。全力で討ち滅ぼし、消し炭も残らないほどに滅却します」


「頼もしいな。だけど無理はしないで欲しい。楽な討滅の方法を、僕が必ず見つけ出してみせるから」

「はい! カイトさん、頼りにさせていただきますね!」




 ―――




 夜、ギルド前には多くの探索者が集まっていた。

 それでも、会議に出席していたパーティの代表の数から見ると少なく、三桁には足りてなさそうだ。仕方ないか、僕を含めてここには新人探索者も多くいる。


 避難が始まっているのか、隙間もなく埋まっていた露天も疎らだ。

 建物の窓は閉まり、煩かったほどの喧騒も今はもうない。


 人の波を掻き分けて、奥へ進むと小さい人影と目が合った。



「あっ、カイっちナ! 軍師の業前、見せてくれるのかナ! くしし!」

「トゥーチャ、こんばんは。それは頑張って……いや、やって見せるよ」



 トゥーチャは人懐っこく笑って、相変わらず小さい。

 ここに集まった探索者の中では一番小さいんじゃないだろうか、その体格でどうやって墓守に立ち向かうのか、見かけからでは全く想像も出来ない。


 そして、彼女がいると言うことは……。



「やあカイトくん、覚悟を決めたようだね。変に緊張させるといけないから、期待はしないよ。お互いに最善を尽くそうじゃないか」

「はい、セオリムさん。主に付き従うことが僕の覚悟です。彼女を守るためなら、いつだって全力を尽くします」



 僕に向けられた涼し気な面差しは、怖気の欠片も見られない。

 未討滅の墓守に挑むことも全く意に介さず、ただ彼は最善を尽くすと言う。

 これが“樹塔の英雄”たる気構えか……。参考にはならないけど、彼がここにいたことは何よりの僥倖だ。



「あっ、セオリム! カイトはあげないわよ! 私の騎士なんだから!」



 おや、リシィが突然横から僕にしがみついて背後に回した。何この反応……。



「ははは、バレていたか。私はカイトくんに会いたい以上に、“軍師”としての君が欲しかったんだ。だが、どうやらカイトくんは殿下に首ったけのようだね」


「んっ!?」



 えっ、パーティから引き抜こうとかそう言う話……?

 何かリシィが口籠って赤くなっているけど、話の筋が見えない。

 水面下での攻防は、僕にはどうしようもないんだけど……。



「リ、リシィ、大丈夫か……?」

「ん、んうぅ……な、何にしてもカイトに近づくことを禁止するわ! あっちに行きなさい!」


「ははは、勿論だとも! 君たちの関係を見ていたらその気もなくなる。ただし、彼の活躍はこの目で一度見てみたい、それだけは譲れないよ。それでは健闘を祈る!」

「お、おー? お、セオっち、どこ行くナ。あ、カイっち、お姫さま、またナ!」



 そう言うと、セオリムさんとトゥーチャは人混みの中に消えていった。

 一体何だったのか……反応に困る事態はいつも唐突だよな……。



「カイトはいつもごにょごにょ……私のことはごにょごにょ……」



 リシィが何か呟いている。



「あ、リシィ、今の……」

「な、何でもないわ。今は気を引き締めなさい」





 結局、何だか良くわからない内に、ギルドの扉を開いてルニさんが姿を見せた。

 辺りを見回して、集まった探索者が多かったのか少なかったのか、それとも何か思い悩むことでもあるのか、少しばかり表情を曇らせて話し始める。



「皆さま、集まっていただけたことを心より感謝いたしますわあ」



 彼女と両脇のギルド職員たちは一斉に頭を下げた。

 長い礼。時間は一分でも惜しいだろうに、それでも誠意を込めた礼だ。



「現在は十三パーティ、総勢八十名の皆さまが名乗りを上げてくれてます。今後も増援が到着次第、編成、逐次投入となってしまいますけど、皆さまには先行して第ニ拠点に向かっていただきます」


「待てアーヴァンク、追加の情報ハないのカ?」



 ベンガードだ。流石に悪態は吐かないけど、いちいち口を挟むのは性分か。



「それは堪忍なあ。まだ強行偵察隊も戻って来てませんよって、途中設営した拠点に情報を下ろすつもりですからなあ」

「そうカ、話を続けろ」


「そうさせてもらいますわあ。では、食事やその他物資などは、先行した支援部隊が既に運んでます。皆さまは出来るだけ身軽になって、第ニ拠点までの行程を七日……いえ、出来れば五日ほどに短縮していただきたくお願いします」



 無茶、ではない。野営地の設営、食事の用意などはどうしても時間がかかる。

 それだけの物資を運ぶのも、馬を連れ込めない迷宮内では足を遅くする要因だ。

 だからルニさんは、専門の支援部隊を先行させて道中の全てを整え、なればこそ十日の道程を半分で歩けと言う。


 誰もが文句は言いたいだろうけど、ここにいる探索者は既に覚悟をしているんだ。

 無茶を飲み込んで、それぞれが覚悟を決めた理由のために第ニ拠点を目指す。


 なら、後は頷くだけだろう。



「ありがとうございますわあ。第ニ拠点には知った顔もいます、皆さまの中にも同じ思いを抱く方もいるでしょう。お願いします、彼らを救うために力をお貸し下さい」



 誰も、何も言わない。ベンガードすら今は口を挟まない。

 ただ強く頷き、“正騎士”に挑む覚悟を行動で現す。



「行こう」



 誰かが言った。



「ああ、行こう」

「第ニ拠点ラクィアに」

「なあに、直ぐ帰って来れるさ」

「これだけいれば、正騎士討滅も楽勝だ!」

「おお! 俺たちの強さを見せつけてやろうぜ!」

「そうだ! そうだ! おおおっ!」


「行くぞおおおおおおおおおおっ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」



 恐れを抱かぬ者たちの勇猛果敢な声が、暗く沈んだ地下拠点に木霊した。


 死地に挑む者たちの行進が始まる。

 輝く瞳で見上げる少年が探索者たちの列を追いかけ、露天の店主は自慢の串焼きを征く者全てに惜しげもなく渡す。

 かつても一度聞いた気の早い凱旋歌、武器を打ち鳴らし、石畳を踏み、斉唱は拠点の人々にまで広がっていく。


 恋人か、馴染みの店の憧れのウェイトレスか、驚く少女に道端で『帰ったら結婚してくれ』とプロポーズをする探索者までいる。

 それはフラグなんだけど……覚悟は時にフラグをもへし折る。そうなって欲しい。


 第一拠点に今もこれだけの人が残っていたのかと、驚くほど多くの群衆が殺到し、皆が手を振って無理やりに笑って見送る。

 こんな地下にまで人々の生活はあって、それを守る探索者たちは、彼らにとって一人残らず“英雄”なんだ。



「リシィ、サクラ、テュルケ、ベルク師匠、アディーテ、僕は帰るつもりもない。どこまでも突き進み、皆が安心して暮らせる平穏な地へと辿り着く」


「ええ、行きましょう。どこまでも!」

「はい、カイトさんとともに!」

「ですです! 最高級のお茶を用意しておきますです!」

「カカッ! 何とも剛毅なことだ、だがそれが良い!」

「アウー! 最高級! 最高級!」



 襲い来る全てを覆して僕は望む。

 誰もが、リシィがただ笑っていられる場所を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ