表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/440

第四十四話 束の間の休息

「迷ったわ」

「迷ったね」



 第一拠点で休息に入ってから三日。


 サクラの治療と神器の恩恵のおかげで、手と肩の怪我は大分良くなり、右腕は三角巾で吊るされるだけになっていた。

 普通はここまで早く治らない……人間を止めたつもりはないけど、自分の体の変化には驚いてしまう。


 そして、今はリシィに連れ出されて拠点内を歩いていた。



「何故こんなにも入り組んでいるのかしら、ここの方が余程迷宮だわ」

「はは、ラトレイアの界層ってあまり迷宮の趣がないからね」


「もう、折角尽くしてくれた従者を労おうとしたのに……台無しだわ」



 リシィはどうやら、拠点の名物料理を出す店に僕を連れて行きたかったらしい。

 だと言うのに、既にここがどこだかわからない。裏路地に迷い込んでいる。



「リシィ、ここはさっきも通ったよ。真っ直ぐは行き止まりだから、右に……」

「わ、わかっているわっ! 一応確認のためによ!」



 リシィはズイと僕に顔を寄せて、頬を赤らめながら言う。ち、近い……。

 瞳は色が混じり合って、綺麗な青、赤、紫の三色になっている。言っていることは強気だけど、困惑しているんじゃないだろうか。


 周辺の人一人がやっと通れるほどの細道は、拠点の喧騒からは大分離れているらしく、人通りが全くない。先ほどから同じところをグルグルと回っていて、ひょっとしてリシィは方向音痴なんじゃ……と、若干の懸念も芽生え始めていた。

 サクラは墓守回収の件でギルドに、ベルク師匠は武器防具の補修、アディーテは一番消耗が激しくて寝ている時間が長い。テュルケは、『溜まったお洗濯をして来ますです!』とどこかに行ってしまったけど、第二界層にいた時の分は初日に終わっていたはずだ?


 そんなわけで、地理に詳しい人はいない、太陽がないから進む方向も決められないと、僕たちは完全に迷子。

 迷宮の恐ろしさをまさか人の領域内で知ることになるとは……ほら、そんなことを思っている間にもまた行き止まりだ。


 リシィが振り返って僕に近づく、良い匂い。



「ごめんなさい。やはり、完全に道を見失ったわ」

「いや、迷路みたいだから仕方ないよ。僕もわからない」



 この良い匂いは何だろうな。いや、リシィからじゃない。いやいや、リシィはいつだって良い匂いなんだけど。いやいやいや、僕は何を言っているんだ。


 今は、どこからか食べ物の良い匂いが漂ってきている。



「リシィ、これは料理の匂いじゃないか?」

「え? あ、本当だわ。それよりも戻ってもらえる? 進めないの」



 あ、僕が道を塞いでいたのか……。


 行き止まりの道を少し戻って、匂いに釣られて曲がると少し広い通りに出た。

 広いと言っても、三人も並んで歩くと一杯になってしまうほどの道幅だ。



「おや、君たちは……」

「お、こいつ『軍師』ナ! この前ギルドで見たナ!」


「え?」



 通りに出たところで、そこにいた二人組の小さい方に指を差された。

 あれ、もう一方の男性の髪の色がエリッセさんと同じだ。



「そうか、君がカイト クサカくんか。そちらの方は、リシィティアレルナ ルン テレイーズ殿下とお見受けしましたが」

「えーと、そうですが……あなた方は?」


「これは失礼。私の名はセオリム アーデライン。妹のエリッセがお世話になったようだね」



 長身痩躯の男性は、見惚れるほどのボウアンドスクレープで自己紹介をした。




 ―――




 セオリム アーデライン――ルテリアが墓守に襲撃された際、重砲兵シージアーティラリーを討滅したパーティを率いていた、“樹塔の英雄”と呼ばれる一流の探索者だ。


 そんな人と、僕たちは何故か喫茶店に入って相席している。

 僕の隣にはリシィが座って、その前にはテュルケよりも小さな女の子。



「クサカ君のことは、妹からも噂でも良く聞いていたよ」

「カイトで構いません。僕はそんな噂になっていましたか……?」


「勿論、いわく『見事な作戦指揮で数多くの墓守を討滅した軍師』、いわく『砲狼を素手で殴り撃滅した勇者』、いわく『“龍血の姫”と“執行官”と“竜騎士”を従える来訪者』。ここニ、三日の間だと『未確認の特大【鉄棺種】を初遭遇で殲滅した英雄』と、いずれ伝説になるだろう活躍は枚挙に暇がない」


「ぐぬ……」



 噂になるほど墓守を討滅した記憶はないけど、確かに近いことはしている。


 彼は森霊種エルフが持つ特徴の長い耳に、淡い緑色の短髪に碧眼、人の良さそうな優しい表情で僕を見ている。

 あの高高度超長距離射撃をこなした、エリッセさんのお兄さんだ。恐らくその実力は、サクラやベルク師匠を凌ぐほどかも知れない。



「だから、私は君に一度会ってみたかったんだ」

「くしし! 本当ナ。どんな人かナって、砲狼戦の後から落ち着かないナ!」



 小さな女の子、『トゥーチャ』と名乗っていた。

 赤毛に印象深いペリドット色の瞳。着ている合羽のような服は表地が艶々した黄色で、裏地には光る文様が浮かんでいて、明らかにただの服じゃない。

 人懐っこそうに笑って、低い身長は百三十センチあるかどうかだ。



「それは全て本当の話よ。カイトがこの世界に来てから、私がこれまで一緒にいたんだから、証明するわ!」

「やはり! 私の思っていた通りの人物のようだ、光栄だよ!」



 あれえっ!? それだと、リシィが僕に従っていることになるんだけど!?

 リシィは相変わらずのポーカーフェイスで、事の真意は良くわからない。ほんの少し口角が上がっているようにも見えるけど、これじゃ流石に笑わないだろう。


 セオリムさんを見ると、僕を見て少年のように目を輝かせている。



「近いことはしていますが、多分その噂は尾ひれがついています」

「ははは、謙虚なところも想像していた通りだよ、カイトくん」


「え、えっと、ありがとうございます……?」



 笑顔が眩しい、裏表がない人なのは間違いない。

 更にエリッセさんのお兄さんで、英雄と謳われる傑物、信頼は出来る。


 本当に、僕に会いたかっただけなのか……。





「お待たせしましたぁ~」



 やけにフリフリフリルのウェイトレスさんが料理を運んできた。

 今回リシィに連れ出された目的の名物料理で、たまたまセオリムさんもこれを食べに来たそうだ。

 狭い店内は探索者で満席で、列に並ぶかと思いきや、僕たちは『先にどうぞ』と背中を押されて中に入れたんだ。


 ルニさんが言っていた、『良うわちゃわちゃされる』とはこれのことか……。



「わーい! 美味しいは、大好きナ!」

「ははは、トゥーチャはここの名物料理に目がなくてね」



 うん、ナポリタンだな……?

 全体がオレンジ色のスパゲティ。一口食べてみても、やはりナポリタンだ。



「ん……美味しいわ。甘さを少しの酸味が強調していて、いくらでも喉を通りそうだわ。今度テュルケも一緒に……」



 リシィは驚くほど器用に、口の周りを少しも汚さないで上品に食べている。

 それに比べて、トゥーチャは口の周りがオレンジ色になっていて酷い有様だ。

 余程好きなのか、『美味しいナ美味しいナ』と本当に幸せそう。



「私もこのナポリタンは好きなんだが、カイトくんはお口に合わなかったかな?」

「いえ!? 僕はこの世界に来る前にも良く食べていたので、好きと言うよりは懐かしいですね」

「なるほど! これは君の国の料理だったのか!」

「ナ!? カイトは天才かナ!」



 別に僕が作ったわけじゃない。

 だと言うのに、トゥーチャの僕を見る目が変わった。

 発祥は諸説あるけど、日本人が手を加えた結果生まれたものらしい。



「カイトの国って凄いのね……」



 リシィまで僕を見る目が変わっている!?


 僕が良く食べていたのは冷凍食品だったけど、それも美味しかったからな。

 先人の弛まぬ努力の末に生み出されてきたもの、それはこの世界でもなお、頭を上げることが出来ない恩恵なのは実感している。


 僕は、誰かを傷つけたり破壊したりじゃなくて、何かを残す生き方をしたい。

 この先、リシィの竜角を取り戻した後で、そんな生き方は叶うんだろうか。


 故郷を胸に想いながら、今はもう懐かしい味を噛み締めた。




 ―――




「カイトくん、今日は会えて良かったよ。その内、君の世界や戦術に関する話を語らいたい。機会があったら、また会える時間を作ってもらえないかい」

「はい、僕はまだ探索者としても、墓守に対する戦士としても未熟なので、助言を頂けるとありがたいです」

「ははは、それでこそ私が会いたかった人物だ。また会おう」

「はい、またどこかで」


「それでは殿下、いずれまたお会い出来る日を心待ちにいたします」

「ええ、その時を楽しみにしているわ」


「またナー!」



 僕たちを広場まで案内した後で、彼らは颯爽と行ってしまった。


 僕が言うと歯が浮きそうな台詞も、彼が口にすると様になっているから、何だか悔しい。物腰も丁寧で穏やか、エリッセさんに比肩する強者のオーラ、駆け出しの英雄もどきと本物の英雄、その差は歴然だ。


 良し、本物の英雄には至らずとも、更に研鑽を積んでいこう。



「……ん? リシィ、どうかした?」

「……だったのに」

「リシィ?」


「もーっ! 折角ごにょごにょだと思ったのにっ! カイトのばかっ!」


「えーーーーっ!? 僕、何かした!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ