第四十一話 咎を持つは何者か
弾く、弾く、弾く、激痛、焦燥、永遠を思わせる攻防が続く。
ここまででわかったことは、針蜘蛛はあくまで“支援機”なんだ。
圧殺出来るだけの物量がありながら、それをしてこない。
恐らくは、他の墓守とセットでの運用を想定されている。
それに、斉射も初弾だけで以降はしないことも気になる。
鉄針砲二基四門を順に撃ち、必ず残弾を一発残して後ろに下がる。
斉射する条件がある? 継戦を考えたプログラム? 何だ?
打ち落とした鉄針は足元に積み上がり、このままではいずれ足も取られてしまう。
いくら数が多いとはいえ、撃ち切りの砲でこんなに長く保つとは思えない。
……まさか、背後に鉄針の補給機がいるのか?
だとしたら、いくら凌ごうとも切りがない。
サクラ、アディーテ、まだか……!
「あっ」
リシィが小さく声を上げた。
目の前の光盾がひとつ霧散する、神力の限界が近い。
隙をついて懐中時計を確認すると、戦闘開始から既に二十分が過ぎている。
やはり、崖を崩すしか……。
だけど、隙をついたと思ったそれは、針蜘蛛じゃなく僕の隙だ。
戦闘中に意識を逸らすなんて、巨城をも崩壊させる小さなひび割れに等しい。
僕が視線を戻すと同時に、三体の針蜘蛛が、リシィに鉄針を斉射した。
神器の恩恵を受けた瞳は、その本数を余すことなく認識する。
十二本の鉄針――
対応出来ない――
ダメだ、ダメじゃない――
やらなければ、僕が――
じゃなければ――リシィが――
間に――合え――
「ぬぅんっ! 奥義【紫電招雷】!!」
――ゴゴンッ!! ガガガガガガッ!!
紫光が瞬き、ベルクの放った神鳴る紫電が六本の鉄針を貫いた。
思考が加速する。僕は圧縮された時の中で、やけに遅く進む鉄針を捉える。
神器の右拳の連打が刹那に三本を落とし、引く拳をそのまま盾にして一本を防ぐ。
だけど、残り二本が抜けた。
行かせる……ものか……!
腕を伸ばす、残された生身の腕を。
掌が裂けることも構わずに、左手で一本を掴む。
残り、一本――
――ギィンッ!
「はぁ、ふぅ……えへ、間に合いましたですっ」
「テュルケ、助かった……!」
テュルケがいつの間にか戻っていて、最後の一本を弾いてくれた。
不甲斐ない……だけど反省は後だ、もう同じ轍は踏まない。
「ぬぅ、不覚……」
ベルクを見ると、右肩に鉄針が刺さっている。
僕の隙が、彼の隙にまでなってしまったんだ。
「カイト!? 大丈夫!?」
リシィの声で、僕は初めて自分の状態に気が付いた。
掴んだ鉄針は血に濡れ、右肩から溢れた血が篭手も凄惨に濡らしている。
右肩が上がらない……限界を超えて筋をやった。ここまできて……。
「カイト殿! 針蜘蛛が引いていく!」
「えっ!?」
こんな絶好の機会に何故!?
――ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
どこからか、雷が鳴る音が空高く響いた。
ベルクが何かしているわけじゃない、空も抜けるほどに青く雲もない。
僕たちを取り囲んだ針蜘蛛の群れは、まるで押し寄せた波が引くかのように崖下へ消えていく。
崖まで駆け寄って谷底を覗くと、そこでは阻塞気球が地上に下りていた。
もう気球じゃない。脚が八本、腕が二本、放射状に広がったケーブルを巻き上げ、想定した通りの“大蜘蛛”に変形している。
大蜘蛛は苛烈な対空砲火を上空に向け、転がり落ちる岩塊を粉砕していた。
針蜘蛛は、母艦の危機に救援に向かったんだ。間に合った……!
徐々に雷鳴は地鳴りに変わり、どれだけ頑張ったのか、脇に大穴を開けた岩山が滑り落ち始める。落ちる岩塊は数を増し、撃ち上がる火線は数えるのも億劫になるほど、大蜘蛛の頭上を埋め尽くしている。
だけど、岩塊は岩塊、岩山は岩山だ、航空機じゃない。対空砲火で凌げるほど、自然の猛威は容易くない
――ゴッゴオオォォォォォォンッ!!
――ドゴオオオオォォォォォォオオオオオオォォォォォォッ!!
崩れ落ちる岩山、拉げる鉄の音、断続する爆発音、立ち上る粉塵。
景観を変えてしまう、人の手によるものとは到底思えない大破壊が、風光明媚なこの地に許されない咎を穿つ。
本当に罪深きは、人か、墓守か。
それでも僕は、全てを灰燼に変えても大切な女性を守る。
いつか、しっぺ返しがくるかも知れないな……。
―――
結論を言うと、阻塞気球を破壊した段階で群体は動きを止めた。
その後は、また別の統制母艦が現れる可能性を考えて、サクラが念入りに針蜘蛛を潰して回ったんだ。彼女は静かに怒っていた。僕たちの有様を見て、針蜘蛛に激怒して、鉄鎚のフルスイングで粉々にしてしまった。
サクラがいれば、針蜘蛛の群れを一掃することも可能だったのかも知れない。
だけど、それだと阻塞気球を直接相手する羽目になった可能性も……。
終わった今も悩まされる墓守戦だった、特に僕自身の反省が一番多い。
戦場の際に立つ覚悟、敵に対する心得、どれだけ想定しようとも、これまで平穏に生きて来たことで経験があまりにも足りない。
「カイトさん、いかがですか?」
「うん、ありがとう。痛みは引いた、両手とも使えないのは自業自得かな……」
「当たり前です! 左手はともかく、右腕は第三拠点まで使用禁止とします! このまま吊っていてください!」
阻塞気球の討滅に成功してから、半日が経過していた。
僕たちは近くの野営地に退避して、治療と休息の準備をしている。
僕は……まあ、怒られるよな……。
右腕は首から吊るすだけじゃなく、体に縛りつけられ固定されてしまった。
肩周りの筋肉が断裂して、自分で見ても内出血が痛々しくて、それを見たサクラの青ざめた表情はきっと忘れられない。
多分、砲狼戦の後も、同じかそれ以上に悲しませたんだろう。
ベルクは自前の竜鎧で鉄針の殆どを止めて、傷は肉体にまで及ばなかったと言う。最早、彼に対する尊敬の念以外が浮かばない。
一息ついたら、本気で師事を頼み込むつもりだ。特に武人の心構え、それに技、僕に足りないものは多い。
アディーテは寝ている、力を使い果たして当分は起きないそうだ。
今回のMVPは間違いなく彼女。だけど僕は忘れていない、阻塞気球に気が付かれた切っ掛けもアディーテだ。
起きたら、ご褒美の意味と何でもやたらと口にしないように餌付けなくては。
そしてリシィとテュルケ、彼女たちは水浴びだ。
野営地は墓守が入れない洞窟になっていて、開いた天井から陽光と滝が落ちる水辺にもなっている。
大昔に開口部から落ちて出られなくなった労働者が、既に停止して苔生している様は、子供の頃に良く見たアニメ映画を思い浮かべてしまう。
そんな洞窟の僕たちから少し離れた水辺で、枯れ木に布と縄を使って器用に視線を遮る幕を張り、その向こうで今まさに二人の少女が水浴びをしていた。
うん、無我の境地は大事だ……。
「サクラ、ルテリアに帰ったら岩山を崩したことを謝りたいんだけど……誰に謝れば良いんだ?」
「えっ? いえ、あれは元に戻りますよ?」
「……は?」
「迷宮の界層とは、“神代の記録”でもあるそうです。ですから、仕組みはわかりませんが、一ヶ月も経てば何事もなかったかのように元の姿を取り戻します」
「そんなバカな……」
常識外過ぎて、魂が抜けそうだ。
誰の、何のための記録? 生態系の保存? 環境の保全?
ひょっとして、この大迷宮は神話級規模の“ノアの方舟”?
……意味がわからない。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん、気がかりがなくなったのは良かった。そんなこともあるんだな……」
じゃ、じゃあ、ついでに聞いておこうか。
「これは、何?」
僕は滝から流れる小川の縁に腰を下ろしていて、その川の中を流れに逆らうように、滝壺の底へと飲み込まれる青く光る筋を見ていた。
「これが“神脈”です。迷宮内では、こうして地上にも露出して見えますね」
「し、神脈って目に見えるんだ……」
龍脈や霊脈の親戚みたいな認識だったから、概念上だけの見えないものかと思っていた……。界層……いや、この世界か、ますます疑問だらけになっていく。
「はい、来訪者の方で、神力を武具に具象する方もいらっしゃいますから。私は出来ませんが、地球人の方なら目に見えるように出来るのかも知れません」
「なん……だと……!?」
「以前お話した、五十蔵 瑠子さんです。どこかの拠点でお会い出来れば良いのですが……」
「固有能力じゃ……ない?」
「どうでしょうか。教えていただいても、あまり要領を得られなかったもので……」
「そうか……」
光明かな……いざと言う時に、神器以外の抗う手段があるのは希望になる。
出来るかはどうかはわからないけど、何とかものにするべきだ。
ベルク師匠に師事の他に、もうひとつ目標が出来た。