第四十話 対阻塞気球戦 群れなす針蜘蛛
荷物を洞に放り入れ、作戦目標である岩山から遠ざかるように走り出す。
山伝いに道を行くと直ぐに森を抜け、木々がまばらになった山肌が視界に飛び込んできた。
崖下には針蜘蛛の群れ。リシィが光矢を放つと、鋼鉄の絨毯がうねって急斜面を駆け上り始める。僕たちに目標を定めたようだ。
サクラがアディーテを抱えて、木々の合間から跳躍したのが見えた。
枝の上を足場にして、一蹴りで数メートルも離れた木の間を飛び移っていく。
やはり早い。彼女は砲狼戦の時も、馬車で何十分とかかる道程を、わずか数分で駆け抜けたと言う。
良し、後は……。
走りながら、周囲を見渡して条件に合う場所を探す。
足場の硬さ、斜面の角度、根を張る木の少ない山肌、出来れば山体崩壊を引き起こせるだけの場所。条件は所詮確たるもののない願望に過ぎない。確実性がなく、全てを巻き込むには調査する時間もない。
それにこれは、諸共巻き込まれる危険な策だ。あくまで最終手段。
「カイト!」
針蜘蛛の群れが、山道の先に雪崩れ込んで行く手を塞がれた。
右手には崖、左手には土が剥き出しになった急な山肌。道幅は広く、道路三車線分はある。背後も振り向いた時には既に塞がれて、これ以上進めるとしたらもう崖を飛び降りるしかない。
「山側に寄って、射線をひとつ塞ぐ」
崖側に寄って、逃げ道を確保した方が良いとも考えたけど、針蜘蛛は崖下から来ているんだ。急斜面をものともしない機動力では、山側もいずれ回り込まれるだろうけど、見えている分には落とせる。
針蜘蛛の群れが距離を詰め始めた。前衛はジリジリと前に進み、後衛は忙しなく動き回っている。飛び越えることすら許すつもりのない布陣だ。
徐々に、徐々に、包囲が狭められ、狩られるのは獲物である僕たち。
「テュルケ、走り抜けながら針蜘蛛の触角を落として欲しい。決して立ち止まらずに移動を続けること。教えた通り、下手に離れず近接したままで。頼む」
かなりの無茶を言っている。どう考えても、女の子に要求する内容じゃない。だけど、テュルケの目の良さと小柄な体格を活かした立ち回りは、それでこそ撹乱に力を発揮してくれるんだ。
「わかりましたです! サクラさんに教わった包丁捌きを見せちゃいますです!」
「頼もしいな。疲れたら戻ってきて、休む時間くらいは稼ぐ」
「はいですです!」
針蜘蛛の触角はアンテナだ。どこかから指令を受け取るための受信部。
今は間違いなく、その送信先が“阻塞気球”だと確信している。
自律行動はするかも知れないけど、あの忙しなく動く群れの中で、“群体中枢”から切り離されたら大事故を起こす。
「リシィは攻撃を最小限に。破壊しなくても良いから、山側に昇る奴を牽制して“盾”の維持を優先するんだ」
「ええ、“守りたい”思いを形にする。最高の“盾”を形作るわ!」
「ベルク、背後は任せる」
「おおっ! 某の護りの奥義、今この時のために!」
「来るぞ!」
先頭の針蜘蛛が一斉に鉄針を射出した。
その数は、山道の両側から四十本以上にも及ぶ。
リシィとベルクが僕を挟んで背を合わせ、どう考えても凌ぐことが不可能に思える鉄針を迎撃する。
リシィは黒杖を掲げ、金光が空中に“盾”の形を描く。
三枚の連なった盾。リシィの固有能力“光素具象化”は、何も光矢だけを形作るものじゃない。そう考えて告げた時は目を丸くしていたけど、拠点に滞在中、実際にやってみたら出来たんだ。
そうして形成されたベルクの身長ほどの光の盾は、見事に鉄針を弾いた。
厚みも幅も問題なく、その堅牢さは砲狼戦で見た大盾にも勝るだろう。
懸念は持続性だけど、彼女も常に努力をしている。だから信じる。
そして、テュルケが光盾の脇を抜け走り出した。
彼女の姿勢を低くした地面を這うような疾駆は、小さな針蜘蛛よりも更に低い。
テュルケには“角速度”を教えた。
いや、厳密には違う。そのものを教えても頭を抱えることになるから、簡潔に理解してもらえるように絵を描いたんだ。
対象にこちらから向かう時、最短は真っ直ぐに進むことだけど、そうすると対象にとっては横方向の移動量がなく、弾丸を正面に撃つだけで当たる。
移動量が最大になるのは真横、対象に対して平行方向、円運動をした時だ。これに当てようとすると、未来位置を予測した偏差射撃が必要となる。
もし墓守に高度な演算処理能力があったとしても、未来予測まで出来るとは考え過ぎだ。だから、少しの緩急をつけることによって偏差射撃も外せる。
単純な話、弾を避けながら相手に近づきたいのなら、“緩急をつけて斜めに移動する”と言うことだ。
テュルケはそれを実践し、緩急をつけてジグザグに移動している。
方向転換の隙さえ相手にとっては虚となるよう、舞うようにステップを踏み、時に剣を突くように大きく踏み込む。
疾風になったテュルケは、最早何者も捉えることは出来ない。
針蜘蛛の群れは、照準すらままならずに惑う。
「やああああああっ!!」
――ギィキィィィィンッ!
包丁の一閃、おまけに返す包丁も一閃、触角を断たれた二体の針蜘蛛は衝突して崖下に落ちていく。
良し、“群体”として統制されていることは確認が取れた。阻塞気球を討滅して、全体が停止する可能性もなくはない。
テュルケはそのまま群れの中に突入する。
幾筋もの剣閃が走り、針蜘蛛は乱入者に混乱の極みだ。一瞬中空に躍り出た彼女が翻ると、周囲の針蜘蛛の触角がまとめて断ち切れてしまう。
やはり、テュルケは戦闘センスがずば抜けている。
あの中で立ち合えるなんて、後で全力で褒め称えないと。
「ぬぅおおおおおおっ!!」
――ガガガンッ! ドンッ!
ここまで通って来た道、ベルクが押さえる側で針蜘蛛が粉砕された。
首を降ると、紫電を纏った槍と盾が目に入る。
ベルクに鉄針が殺到して、だけどそれは一本も彼に当たらない。
紫電が鉄針を引き寄せているんだ。
まず盾に、盾から槍に、そして槍をカタパルトにして、針蜘蛛に返る。
速度を増して、紫電纏う鉄針となって反転する。
――ガッガガンッ! ドンッドンッ!
針蜘蛛は自らの鉄針に穿たれ、更に紫電に貫かれて爆発する。
凄い……電荷でも操っているのか?
何をしているのかはわからないけど、無理やり理由をつけるなら、鉄針に磁性を付与して操り、相手の攻撃そのものを対する砲弾としている。
あえて名づけるなら、“カウンターカタパルト”だ。
彼自身が“イージスの盾”であり“ゼウスの雷霆”、難攻不落の要塞なんだ。
僕は、この世界の人々を侮っていた……。
地球人にだって、生まれ持った才能の上に胡座をかく者も、それを良しとせず弛まずに努力する者もいるじゃないか。
だったら、この世界にも塾達した存在はいる。自らの才能だけを拠りどころとせず、力の使い道を研鑽し続ける者もいるんだ。
鎧竜種にして雷竜種、竜の騎士にして武人、ベルク ディーテイ ガーモッド。
僕は多くの人に、まずは彼に頭を下げて謝りたい。
そして、今一度本当の意味で彼に師事したい。
だから、まずは……。
――キィンッ!!
防御の合間を縫ってリシィを狙った鉄針を、僕は篭手で弾いた。
やはり二人だけじゃ、三方向全てをカバーするのは難しい。
針蜘蛛が開いた崖側に殺到する。
リシィはまだ盾三枚が限界、一方向の防御で手一杯だろう。
ベルクも広範囲をカバーするには、あまりにも針蜘蛛が多い。
そして、決まって真っ先に狙われるのはリシィだ。
この優先攻撃順位の差は何だ……“龍血の姫”の意味……。
「させるか!!」
――キキィィィィィィンッ!!
腰を落とし、全身をバネにして、鉄針を弾く。
見える、身体が追いつく、神器の恩恵は本来の自分じゃ貫かれるだけの、この鉄針をも掴める。
拳の一振りごとに肩が抜けそうに痛むけど、打つ衝撃を利用して引っ込めれば千切れるほどじゃない。
なら、崖側は僕が支える。
幸いなことに、空間の関係で攻め入る針蜘蛛は多くない。
リシィの騎士として、彼女の背は僕が護る。
蜘蛛の子一匹、ここは通さない!