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第三十八話 不安 希望 涙

 第一界層の踏破は思っていた以上に余裕だった。

 見習い探索者の訓練にも用いられるこの界層は、本当に労働者ワーカーしか出現せず、サクラとベルクの案内で僅か五日で最初の拠点まで辿り着けたんだ。


 仲間に恵まれたのは良いけど、結局僕は一度も戦っていない。



 上層第一拠点“ヴァイロン”――迷宮を内からくり抜いて造られた、探索の基幹拠点。


 内部は“地下街”と言った雰囲気で、ニ、三階までしかない建物が窮屈そうに軒を連ねている。空は当然あるはずもなく、どこに行っても頭上を埋めるのは、掘削されて剥き出しになった岩盤ばかり。

 それでも狭い通路は多くの探索者が行き交い、所狭しと並べられた露天は、地下とは思えない品揃えで目を楽しませてくれた。


 ここは上層と下層の分岐点と言う話だから、その分他にはない活気に満ち溢れているんだろう。

 オンラインゲームで、インスタンスダンジョンや人気コンテンツのある場所は、大体がこんな雰囲気なので親近感も湧く。



 そして、休息に入った宿で、僕はかえって目眩を覚えてしまっていた。

 何故なら、借りられたのは二人部屋がふたつ。部屋分けは、まず僕とリシィとテュルケ、もう一方がサクラとアディーテ。ベルクはその巨体から、体格の大きな種族向けの宿に、哀愁を漂わせて一人で向かった。


 空間の限られた地下だから仕方ないとは言え、まさか女性と……リシィと相部屋になってしまうとは……。



「カイト、もう入って来ても良いわよ」



 廊下に立って物思いに耽っていた僕に、ようやく室内から声がかかった。

 別に何もしていない。リシィとテュルケが旅の汚れを洗い流すために、部屋の中で湯浴みをしていたからだ。

 大きな桶にお湯を貰って体を洗うだけ、拠点によっては浴場があるらしいけど、ここにはない。



「それじゃ、失礼します……」



 恐る恐る中に入ると、リシィとテュルケは楽な服装に着替えていた。

 フローラルな香りが鼻孔をくすぐり、さっぱりした面持ちの二人はとても穏やかな雰囲気だ。途中の水場で体は洗えたけど、やはりいつ誰に見られるかわからない場所は、女性にとって落ち着けたもんじゃないだろう。


 部屋に充満した石鹸の良い匂いに戸惑いながら、僕はベッドに腰かけたリシィに習って、もう一方のベッドに腰を下ろした。




 ◇◇◇




「カイトもいつの間にか体を洗ったのね?」

「うん、僕は男だし。台所を借りたよ」


「そう。それにしても、旅路から解放されるこの瞬間が一番気持ち良いわね」

「ですです! わがままを言うなら、宿処の露天風呂に浸かって、ふぇ~って思いっきり体を伸ばしたいですです!」

「そうね、ゆっくりと湯に浸かりたいわ」



 部屋分けの時、主の権限を主張して無理を言ってしまったわ。

 カイトはもう一部屋取ると言ったけれど、迷宮内拠点は部屋数も少ないし、私とテュルケが同じベッドで寝るから問題ないと押し切ったの。


 け、けれど……こんなの落ち着いて眠れないじゃない……!

 第二界層からが迷宮の本番だと言うのに……!


 私は本当に何をしているのかしら……。



「あっ、お嬢さま、お湯を捨てて来ますです!」

「え、ええ、行ってらっしゃい。テュルケ、気を付けてね」

「あ、僕も手伝おうか」

「大丈夫ですです! お嬢さまのお傍にいてくださいです!」



 そう言えば、伝えないといけないことがあったわね……。

 大事なことなのに……変に緊張して、ここまで来てしまった……。



「カ、カイト……」

「うん?」



 カイトはベッドに横になって、“鉄棺種図鑑”を見ているわ。

 か、彼は私と同じ部屋で、緊張したりはしないのかしら……。



「見送りの時にエリッセから聞いたのだけれど、“正騎士ロードナイト”が目撃されたそうなの」


「何だって……!?」

「ごめんなさい、言いそびれていたわ」

「いや、構わないけど、どこで見たか言っていた?」

「『浅層』とだけ。『鉢合わせしないように』とも言っていたわ」


「そうか……正騎士は巨体だ。第一界層は侵入も出来ないだろうから、そうすると第二、第三界層で遭遇する可能性が出てくる」

「カイトは、第二、第三界層のことは知っているの?」

「知識だけはね。中型以上は砲兵アーティラリー従騎士エスクワイアくらいと聞いていたけど……うーん、やはり奴らが……」



 最後の方は聞き取れなかったけれど、カイトは考え込んでしまったわ。

 こう言う時の彼は、挿絵の中の“黒騎士”に良く似ている。

 私の大好きな……はっ、違う! 違うの!


 うー……あっ! は、始めての二人きり……!?

 どっ、どうするの? どうすれば良いの!?



「リシィ」

「ひゃうっ!」



 変な声を出してしまった、緊張で変な汗が滲みそうだわ……。

 カイトは起き上がって、真剣な表情で私を見ている。


 本当にどうすれば……。



「僕は、ノウェムを知っている」



 ……


 …………


 ………………



「えっ!?」



 今、何て……?



「ごめん。僕も言いそびれていて、話す機会を伺っていたんだ。本当にごめん」

「カイト……どう言うこと……?」


「ノウェムと出会ったのは……ほら、ごろつきに絡まれていた少女を助けようとして、僕が怪我をしたことがあっただろう?」

「え、ええ、覚えているわ。探し回ったもの……。え、まさか……」


「ああ、その少女がノウェムだった」



 待って、良く考えて……慌てないで……。時系列を考えたら、私がカイトに告げる前よね……それなら、彼に非はないことになる。


 良かった……。



「ええ……驚いたけれど、その頃はまだカイトに伝えていなかったもの。そ、それで責めたりはしないわ」


「ありがとう、リシィ」 



 けれど、何故カイトの前に……偶然? 私がいることを知っていて?

 わからないわ、カイトは何かを知っていたりするのかしら……。



「問題はこの後だ。リシィにノウェムのことを聞いた後も、僕は彼女に会った」

「えっ……」


「勘違いはしないで欲しい。何とか竜角を返してもらえないかと交渉したけど、やはり無理だった」

「そ、そうね……そうよね、大丈夫よ。そうじゃないと騎士に叙任した甲斐がないわ! 次こそ、しっかりと取り返しなさい!」

「はは、全力で努力するよ」



 目が回る……どうしたら良いのか、わからないの……。

 カイトでも取り返せなかった……心が弱くなる……ダメ……!



「リシィ、ノウェムは僕たちの進む先、“秘蹟抱く聖忌教会(レプリタスクロウム)”にいる。目的はわからないけど、そこで必ず決着をつける」



 涙が出た。泣いてしまった。

 竜角を断たれた時を最後に、今日まで一度も泣かなかったのに。


 ノウェム メル エルトゥナンが、近くにいる。


 カイトが、私を支えてくれる。


 色々な感情が溢れ出して、私にはどうしたら良いのかもうわからない。

 ぼやけて何も見えない、涙で滲んでいるの?


 カイトの前で……やだ。


 弱い私は、見て欲しくない。



「大丈夫」



 カイトはそれだけ言って私に近づき、頭を優しく抱き締めてくれた。

 それ以上は何も言わずに、ただ私が泣き止むまでそのままで……。


 こんな時は、どうしたら……良いの……。




 ◆◆◆




 物資の買い出しと武器防具の補修、それと休息に三日、四日目の朝に僕たちは第二界層に足を踏み入れた。

 迷宮内は地上よりも寒く、一応防寒対策で内に着込んでいるけど、僕は相変わらずM65フィールドジャケットもどきを着ている。右腕と右脚は神器が引っかかるため、サクラが手を加えて大きく開くようになったものだ。


 それにしても、“界層”が良くわからない。

 第一拠点は界層と界層の間にあり、別の出口から出ると全く異なる世界が広がっているんだ。空間が歪んでいるとしても、この規模はあまりにも出鱈目過ぎる。



 第二界層“深園城界グレノブル”――細く突き出した岩山の上にそびえる灰色の城塞と、渓谷に咲き誇る極彩色の花園が見事な対となった、狂宴の楽土。


 第一拠点の門から出ると、そこは大きな木の洞の中だった。

 明るく、広く、普通に青空が広がっていて、どこかで見覚えのある景色。

 これは、僕もプレイしているサンドボックスゲーム、『マイングラウンド』の山岳バイオームだ。ボクセルベースじゃないけど似ている。そうそう、丁度この界層みたいに、岩山を城塞化して楽しんだっけ……。


 ここの広さは第一界層の三分の一程度とのことだけど、山岳と渓谷のせいでかなりの高低差があり、次の拠点までは十日もかかるらしい。

 それでも、景色が良いのと山道には整備された道が続いているようで、森林浴がてらのハイキングだと思うと気分は楽だ。




 ―――




 だけど、それは二日目の朝、野営地を出立した直後に現れた。



「カイト殿、ギドゥルーが浮いている」


「は……?」



 『ギドゥルー』が何なのかはわからないけど、それはベルクの指差す先に、僕の知識の中でも覚えがある姿で存在していた。


 あれは、どう見ても“阻塞気球”だ……。

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