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第三十七話 こんがり美味しく焼けました

 既に懐かしさを覚える、外周路と第一界層を隔てる門までやってきた。



「まずは、“上層第一拠点ヴァイロン”に向かいます。行程は最長でも一週間ほどで、遭遇する墓守はほぼ労働者ワーカーとなります。カイトさんには、この間で迷宮に慣れていただきます」



 門を通った先の家屋内で、僕たちは皆で輪になって地図を確認する。



「わかった。この地図の青く塗り潰されている部分は?」

「はい、これは野営地ですね。旧時代の水場があり、安全を確保されているので、ここを経由して進むことになります」


「なるほど、まだそれほど危険じゃないのかな」

「私とテュルケの二人だけでも、拠点まで行けたわよ」

「第一界層は念入りに封鎖されていますから。ですが、気を抜かないでくださいね」

「ああ、油断するつもりはない」



 地図を見る限り、第一界層は真円に近い。外周に近い位置に、界層全体を取り囲むような直線路があって、僕はそこを労働者に追いかけられていたんだ。


 通路が八角を描く魔法円に見えなくもない、“魔法”はないはずだけど……。



「姫君、目的地はいずこに」

「目的がどこにいるのかはわからないの。迷宮内、と言うことだけ」


「まずは第三界層にある、“秘蹟抱く聖忌教会(レプリタスクロウム)”を目指しましょう。そこで洗礼を受けないことには、“下層探索許可証”も与えられません」



 もう驚かない。


 目的を目指さずとも、目的に達する。これは、最早わかりきった必然・・だ。

 だとしたら、僕たちの進む先に、望まなくとも必ずノウェムがいる。



「それでは皆さん、行きましょう」



 サクラに促され、門がある建物から出て第一界層に入った。

 空には相変わらず青銀の月が上り、青白いバロック様式の街並みも暗く寒々としたまま、僕は初めてこの地に迷い込んだ日のことを思い返している。


 ほんの一ヶ月ほど前のことなのに、何年も昔のことのように思えてしまう。



「カイトさんは、この界層からいらしたのですよね」

「うん、最初は完全に夢だと思っていたよ」


「ふふ、ここは迷宮第一界層“青愁幻界サロモニス”。『去りし人々が帰郷を望んでやまない忘却の青都』……と語られる、かつての都市です。一体どのような暮らしがあったのか、今はもう誰も知りません」


「そうか、何か物悲しいな」

「はい」



 廃墟……忘却の青都を静かに進む。かつての街の名残が、郷愁を誘いながら。

 似ているわけじゃないのに、どうも日本の繁華街を思い出してしまう。


 通りにさえ出なければ、建物の合間を縫う狭路を進めるため、比較的道程は安全とのこと。だけど、労働者が入り込めるだけの幅はあるらしく、進路を塞がれてしまった場合は確実に戦闘に突入する、とも説明を受けた。

 と、そんなことを考えている間にも、きっちりとフラグを回収されるな……人が安堵している時ほど、特にだ……。



 ――ゴリッズッズズッ



 墓守が建物を擦りながら脇の通路から姿を現す。

 緑色の塗装の円筒状の胴体、散々追いかけ回された労働者だ。


 今なら右腕の拳の一撃で装甲を貫けそうな気もするけど、本当に無駄骨を折りかねないから、荷物持ちはおとなしく皆に任せよう。



「リシィ、先制――」

「お肉ーーーーーーっ!」

「ちょっ!? アディーテ!?」



 ここまで僕の横を歩いていたアディーテが、急に労働者に向かって走り出した。


 体勢を低くして疾駆する姿は、なかなかどうして様になっている。

 アディーテの持つつるはしは、柄の部分だけで彼女の身長ほどもあり、迂闊に間合いに近づくとそのリーチに巻き込まれてしまうだろう。

 途中でブーツの片方が脱げるけど、当人は一切気にしないで接敵する。


 ……あ、パンツは履いている。



「アウーーーーッ!!」



 中段からの回り込むつるはしの一撃が、まだ建物に挟まったままの労働者を、抜け出ることも許さず無慈悲にも打つ。



 ――ギィンッ!



 響く金属音は装甲に阻まれた結果だ。だけど、つるはしに穿たれた装甲板は突如として渦を巻いて捻れ、最終的に覗き込めるほどの大穴となってしまった。


 『穴を掘る』とか言っていたけど、あれでは『穴を開ける』だろう。



「何あれ酷い……」

「ふふっ、アディーテさんらしいですね。あの固有能力は、少しの水分さえあればどんな硬いものも穿孔してしまいます」



 やはり水操作なのか、応用も利きそうだ。


 今の一撃ではまだ討滅に至っていないけど、既にベルクが突撃していた。

 アディーテの開けた穴に槍をねじ込み、その槍身に紫色の電流が駆け巡る。


 ベルクの固有能力は“紫電操作”。機械と“肉”の体を持つ墓守には、これ以上ないほどの特攻となる能力だ。



「ヌオオッ! セイッハアアアアアアッ!!」



 最終的に労働者は、ベルクの裂帛の気合とともに突き出された槍で、胴体上部の核を貫かれて完全に沈黙した。



「アウー! お肉ー!」

「二人とも凄いのね……」

「ですです! ビックリしましたですぅ~」

「ぬぅ、一撃で屠れんとは……姫君の御前で、このベルク一生の不覚!」



 結局、僕は本当に見ているだけだったな……。一応、護身用のナイフは持っているけど、右腕で振るうと骨が砕けてしまうので、今のところは料理くらいにしか使えない。

 この神器の腕と脚に使い道があると良いんだけど……皆の助けとなれるんだろうか……。


 ひとまず、皆のお陰で初戦は何ごともなく突破出来た。

 気になるのは、何やらアディーテが労働者の“肉”を叩き切っていることだ。



「アディーテ、お疲れさま。それは食べるのか……?」

「アウー! 美味しい! カトーも食べろー!」



 僕は何となくサクラの顔を見た。



「墓守の生体組織は保存出来ませんが、食べられますよ」

「ほわっ!? 凄い臭いなんだけど……これは、大丈夫なのか……?」

「臭いの元は機械の油なので、討滅して直ぐの生体組織自体は新鮮です」

「なん……だと……」



 そんなわけで……アディーテのたっての希望により、ここでまさかのバーベキューが始まってしまった。


 おかしいな……“迷宮”と言ったら、転移して石の中だったり、落とし穴に落ちたら凶悪な隠しボスがいたり、何もしない内に首が胴体とお別れしたり、灰にされた末に消失したり……そんな危険なエトセトラのはずだ。


 だと言うのに、何故かこの迷宮では香ばしい良い匂いが漂っている。

 装甲板を利用した即席の鉄板の上で、溢れるほどの肉汁を滴らせた“肉”が、こんがりと良い色に焼けているんだ。

 僕の頭の中では、人の尊厳を賭けた戦争が勃発しているけど、『郷に入りては郷に従え』を掲げる勢力が侵攻を開始していた。



「カイトさん、焼けました」

「カイト、美味しいわよ」

「美味しいですですぅ~!」

「ウグー! モグモグマグマグマー!」

「うむ、やはり獲れたてに限る!」



 皆、逞しいな……僕も少し見習うべきなのかも知れない……。



「い、いただきます……」



 ……!


 ……!?


 ……!?!!?



「何だこれ、うまっ!?」



 生物ですらない墓守の“謎の肉”、それは異常に美味だった。





 そうして、食後……じっくりと堪能してしまった……。


 普通に牛肉だった、物資に食料が少ないと思っていたのはこれのせいか。

 本来、食料の確保と輸送に難儀する場所で、食べられるものを確保出来るのは、考えようによっては助かる。

 正体がわかっていれば尚のこと良いんだけど、今はもう変なものでないことを祈るしかない。



「ところで、サクラのそれは【神代遺物】だよな?」

「はい、そうです」



 僕は、隣に座るサクラが持ち込んだ鉄鎚を指差して聞いた。

 砲狼カノンレイジを倒した時は内側が紅蓮に燃えていて、全体が真っ赤な灼熱の鉄鎚だったのに、今は少し黒ずんだ普通の鋼鉄の鎚なんだ。



「詳しく聞いても良い?」


「はい、これは神代で焔獣アグニールが使用したとされる、【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】と呼ばれる【神代遺物】です。カイトさんもご覧になられた通り、周囲を灰燼に変えるほどの力を持っています」


「うん、離れていたのにかなり熱かった」

「ご、ごめんなさい。力を入れ過ぎました……」

「いや、大丈夫、あの時は助かったよ。今は非稼働状態?」


「はい、封印が施されていますね。解除にはギルドの許諾が必要になるので、今は普通の鉄鎚です。あの、ですから……ごめんなさい、砲狼の時のようには……」


「ああ、そうか……いや、僕も危険だと思っていたから当然だと思う。大丈夫だよ」

「あ、ありがとうございます」



 正直、懸念は別のところにあるんだ。


 このパーティは、対多数戦闘に向いていない気がする。

 唯一投射攻撃能力を持つリシィは、持続力を考慮に入れなければ複数も相手に出来るだろうけど、サクラの薙ぎ払うような【神代遺物】を封じられている今、最も怖いのは数の暴力なんだ。


 “針蜘蛛スプリガン”、あの群れに遭遇しないことを……ああ、またフラグを……!


 “三位一体の偽神”はきっちりとフラグを回収してくるから、今の内に対策を考えておかないとな……。

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