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EX15 続 モリヤマ と ニティカ

 その時、俺は――




 自分の肉が腐り落ちる音を聞いた――





「おい、目を開けて意識を保て! しっかりしろ!」

「まずい、腐食が速い。ヒートナイフで切り落とす、全員で押さえろ!」

「くそっ……。モリヤマ、すまん!」



 朦朧とする意識の中、俺の頭を抱えるイシバシが謝った。


 そして左腕に一瞬の熱を感じ、その直後に否応なく意識を現実に引き戻されてしまう激痛が全身を駆け巡る。



「ぐっぎっ!? ああああああああああああああああああっ!?!!?」


「モリヤマ、大丈夫だ! 出血は多くない、全員で生きて帰すからな!」

「あ……ぎ……くっそっ……どうなった……んだ……?」


「ニティカさんをグリュンゲルの腐食液から庇ったんだ。バカ野郎が……!」


「ニティカ……はっ……!? ニティカさんは……!?」



 俺は耐え難い痛みにそれでも耐えながら状況を思い出す。


 部隊は帰還来訪者の護衛として迷宮に入り、帰還門まであとわずかの第五界層でグリュンゲルタイプアルファに遭遇、対処に当たった。

 だが、本来は封鎖されているはずの隔壁が打ち破られ一本道の狭路で襲撃されたため、非戦闘員を退避させるまでに被害が出てしまったんだ。


 振り撒かれる腐食液は鋼鉄をも腐らせ、人に触れてしまえば骨すらも残らない。

 逃げ惑う帰還者たち、応戦する俺たち自衛隊と探索者、そしてそんな混乱の中で転んだ子どもを庇ったニティカさんを、俺もまた庇った――。



「いまだに戦闘中、状況はここからでは……」



 イシバシの答えに頭を起こしたちょうどその時、T字路となった通路の交差地点にニティカさんが後退してきて膝をついた。


 その様は凄惨。


 炎の大剣を片手に、ショコラブラウンの落ち着いた色合いの髪と尻尾が、今はその先端がオレンジ色に赤熱してしまっている。

 彼女の着物は腐食液に触れたのか所々に穴が空き、服だけで腐食を止めるために焼いたんだろう、同じ箇所が黒く焦げてしまっていた。



「助け……に……」

「ダメだ、場所が悪い。俺たちを庇って余計窮地に陥るぞ」

「女性を一人で戦わせるのか……! せめて一時撤退を……!」



 俺の言葉に、左腕を押さえていたゴトウ隊長が首を振る。



「モリヤマ、彼女はお前をやられたことで逆上し、もはや言葉が通じる状態ではない。手が出せないんだ、わかってくれ」


「……っ!?」



 そう告げたゴトウ隊長が手を離したことで、俺は自身の左腕が前腕の半ばから先がなくなり、傷口が焼かれていることにようやく気がついた。


 そうだ、俺は腐食液を払い除けた(・・・・・)……。


 どうりで痛いにもかかわらず、気絶することすらも許されないわけだ……。

 周囲を確認すると、ゴトウ隊長、イシバシ、シラキ、ナガシマが俺を押さえ、少し離れた場所では小銃を構えて警戒する他の隊員たちもいる。



「帰還者は……?」

「大半が第三拠点に退避中だ。グリュンゲルは探索者が相手しているが誰もが戦闘経験の浅い個体だ、苦戦を強いられている」


「それなら……。イシバシ、俺の霊子力小銃エーテルライフルを返してくれ」

「お、おい、そんな状態でまだやるってのか……!?」


「無様だと笑ってくれても構わない。だがよ、惚れた女を守れるくらい強くありたいと願うのは、別に格好悪くはねぇよな……!」


「それで片腕を失っちまったら……本当にお前はバカ野郎だ……」

「イシバシ、ライフルを渡してやれ」

「ゴトウ隊長!?」

「どのみち彼女も無事に連れ帰るのが俺たち自衛隊だ。支援する」


「そうこなくっちゃな……!」



 俺はアシュリーンさんから貸与された霊子力小銃エーテルライフルを渡され、肩を貸してもらいながらもなんとか立ち上がった。

 少し動くだけで焼かれた傷口に激痛が走るが、奴を討滅するまで意識が持てばそれで充分だ。


 歯を食いしばれよ……。戦闘のたびに怪我をして、ニティカさんにまたこっぴどく叱られようとも、こんな生き方しかできない侍魂ってやつを魅せてやるからよ……!


 クサカのあとは追わねぇ……俺は俺のままで彼女を守ってみせる……!



「だがどうする。奴の核は銃撃で撃ち抜けるほどお淑やか(・・・・)ではないぞ」



 俺たちはT字路から頭だけを出して戦闘を観察する。


 ニティカさんの炎舞。通路を灼熱で彩る炎に他の探索者は迂闊に近づけず、彼女の激情に駆られた剣技をもってしてもいまだ討滅には至らない。


 相手はグリュンゲルタイプアルファ――最近になって確認されるようになった、墓守と魔物の融合個体。その中でも魔物側の特性を引き継ぐ厄介なアルファ個体だ。


 白濁したゼリー質の体は高さ五メートルはある通路を塞ぐ球状で、その下部は龍種生体組織が器になって支え、脚は砲兵アーティラリーのものが方向も揃わずに生えている。

 核は見えているが、体の中を移動してこちらの攻撃を避けるため、再生力が尋常じゃないアルファ個体の中でもさらに討滅が困難とされる新種なんだ。


 自衛隊が得意とするのは、対機甲戦闘が可能な墓守の原型を保つベータ個体。



「ニティカさんが得意とするのは、左下側からの逆袈裟だ。そのタイミングを狙って奴の上部に攻撃を集中、するとどうなるか……」


「そうか……考えたな、モリヤマ。核は方向転換の一瞬だけ動きが止まる、追いやられる場所さえわかっていれば、待ち伏せる(・・・・・)ことができる……!」

「作戦概要はわかった。モリヤマは片手でライフルを撃てるのか?」

「アシュリーンさんには自分から謝る」

「また突き入れる(・・・・・)のか……。懲りないな……」


「ニティカさんの消耗が激しい、猶予はない。全体攻撃用意!」


「「「了解!」」」



 そうして俺たちは部隊全員が一糸乱れず通路に飛び出した。


 正直に言うと今にもぶっ倒れそうだが、この一撃が届けばそれでいい。



「三!」


「二!」


「一!」


「全隊斉射! モリヤマの花道だ、送れ!!」




 そうだ、届けないと。



 この想いを彼女にはっきりと。



 なら死ぬにはまだ早い、そうだろクサカァッ!!




 ―――




「なくなってしもた……」



 俺たちは今、帰還門となる“青光の柱”を見下ろしている。


 帰還門がある場所は元々が第六界層があった場所だという話で、俺たちが立つ場所はその入口となる門があったらしい。

 だが、今はもうない。第五界層最下部の大通りから阻まれることなく通ることができ、その先には巨大な窪地と、天井の抜けた空に伸びる“青光の柱”が存在するだけ。


 通称“大崩窟”、ニティカさんの言う通りそれ以外は何もない。



「あそこな、元々は“廃城ラトレイア”があった場所なん」



 隣に立つニティカさんは、どこか憂いを帯びた瞳で窪地を見下ろしている。


 一度、俺たちは第三拠点に戻り態勢を立て直した。

 彼女も焼け焦げた穴だらけの着物から着替えたものの、衣服の下は自身の能力による火傷で全身に包帯が巻かれ、戦闘後の痛ましい姿は目に焼き付いて離れない。


 俺も左腕を失ったが、地上に戻れば義手が作れる。ニティカさんに怒られなかったのは不思議だったが、またしばらくはリハビリ生活になるんだろうな。



「何か、想いを残す場所だったのか……?」

「そやな、うちの親友のお墓があった場所なん」

「え……」

「結局、一回もお墓参りに行くこともなく、なくなってしもた」

「それは……」


「あかんなあ。いつかひょっこり帰ってくる思て、心の中でそれはないとも思て、認められんまま月日ばかりが流れてしもたんや」


「大切な人だったんだな……」


「そやな、オドオドしとる割に他人を放っておけない人やったから、自分のことも鑑みんとうちらから陸戦大蟹カルキノスを引きつけたマコトはんと重なったんやろな」

「俺はそんなにオドオドしてるか……?」

「ちゃう、後半部分や。今回も、うちを放って逃げればよかったん。そんな大怪我までして、ほんましゃーない人や……」



 そうして、ニティカさんの視線は“青光の柱”から俺を向いた。


 彼女も元々は探索者ギルドの職員だったと聞いたことがある。

 辞めた理由は聞いてないが……ある日、見知った顔が迷宮に入ったまま帰ってこなくなるなんてことは、ここではよくあることなんだと思う。


 彼女はあまり感情を表に出す人ではないが、だからこそ内に抱え込むばかりで無愛想を装っていたのかもしれない。


 なんにしてももうなくなってしまったのなら、ここで祈るしかない。



「マコトはん……?」



 俺は残った右腕だけを胸の前で立て、“青光の柱”に向かって黙祷した。



「祈りは届く。俺はそう信じる」

「……そやな、そやったらええな」



 ニティカさんも手を合わせて目をつむり、静かな二人だけの時間が流れた。


 目を開けると帰還者たちの列が窪地を下りていくから、取り残された形だ。

 まあいい、地上に戻るまではもう戦うなとゴトウ隊長の厳命だからな。



「マコトはん、おおきに」

「は……俺は別に何もしてないが……?」

「ここに来れたんは、マコトはんとの出会いのおかげやから」



 ニティカさんは「ふふ」と微笑を浮かべ、優しい眼差しを向けてくる。

 どこか熱のこもった瞳は、惚れてしまった男を見る目に違いない。


 これは、今こそが想いを告げる機会なのでは……。



「俺は……俺は……ニティ……」


「それはそうと、今回はうちも油断したから今は労るけど、怪我がようなったらさらに厳しくするからな。マコトはんは、毎回毎回怪我してよう気張らんとそのうち……」


「え、あ……その……すみません……」



 好機と思ったが……説教モードに入ってしまったか……。



「そやな、これからも大変やけど、ご褒美は用意しとくからな」

「え? それは、いったい何を……」

「ふふ、もう少し強うなってからのお楽しみや」

「……っ!?」



 そうして俺たちはどちらからともなく帰還者たちの列を追った。


 いずれは隊の皆も帰ることとなり、その時は彼女と共に大手を振って見送れるよう、いまだ不条理なこの世界を生き延びていく。



 その前に、また鬼教官の厳しい特訓の日々が始まるのか……。



 まあ、それも望むところだ。

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