EX13 アサギ
……はぁ……めんどうだわ。
「アサギおねぇちゃん、どうしたの? いたい?」
皆は祝賀会に参加するため退出し、部屋に残っているのは私とテレイーズだけ。
若返ったおか……あの女とそっくりの少女……。
それもそのはず。彼女はこんな小さな子どもの姿をしているけれど、これでも人の概念の枠を遥かに超える超生命体の最後の一柱で、あの女と、そして私自身も、その龍血を受け継いだ末裔なのだから……。
部屋の窓際で椅子に座って鬱々としている私に対し、テレイーズは床に膝立ちで私のふとももを机代わりに頬杖をついている。
見上げる黄金色の瞳は無遠慮で、心の奥底まで覗かれているようだわ。
「いたいなら、わたしがつのなおしてあげようか?」
「……っ!?」
テレイーズは私の頭部の、髪で隠している竜角の根本を見て言った。
「……これは……私が自分で削っている。……必要ない」
「でも、いたそうだよ? いたくないのがいい」
「必要ない!」
「んにゅっ!? んっ……うっ、うっ……ふぇ……」
「あ……ごめんなさい。……心配してくれたのよね。ありがとう」
触れられたくない部分に触れられ、思わず声を荒げてしまった……。
テレイーズは途端に泣き出しそうになり、私は慌てて彼女を撫でてなだめる。
これまでは、あの女……お母様が本当に嫌いだった……。
けれど、それはもう過去の話で、今は認めてもいいと思っている。
お父様が生きていた頃は竜角もそのままで髪も長かったけれど……どうしても『リシィによく似ている』と事あるごとに言われるのが嫌だったの……。
大好きなお父様を置いていなくなったあの女……リシィティアレルナ ルン テレイーズに似ていると言われることが、何よりも嫌だった……。
だから私は髪を切り、竜角も切り落として毎日のように削り、話し方だってできるだけ似ないようにと心がけた
けれど、今はもう似ていても構わないと思うようにはなっているの。
「おこるの、いや。いたいの、いや」
「……ええ……怒らないわ、ごめんなさい。……もう少しだけ、自分自身の納得がいったら……そうね、竜角を治してもらうかもしれないから、その時はお願い」
「おこらない?」
「……ええ。……気にかけてくれて嬉しいわ」
「えへ」
ああ……子どもの前では、どうしても元の私に戻ってしまうわね……。
ぶっきらぼうを装っても、結局はこれが本質ならやはり似ているということ……。
はあ……この頑固さはどうしようもなくお父様譲りだわ……。
すべてを話したにもかかわらず、あの女……お母様は受け入れてくれた。
もう帰る場所のない私に、この場所にいてもいいと言ってくれた……。
なら私自身も、多くのことを受け入れ認めていけたらと願う。
「……テレイーズは……こうしていて退屈ではない?」
「うん、いたくないから、それだけでうれしいよ」
「……そう」
神龍テレイーズが救出されたことは、すでにこの国中が知る事実となっている。
ただ、彼女の存在が人に与える影響の大きさを考えたお父様たちは、正式に民衆の前で公表する機会を王城の再建後と定めたの。
だから今はこうして、私が彼女の様子を見ながら警護しているというわけ。
――コンココンッコンッ
「……どうぞ」
「お待たせなのよ~。今日の夕食は豪華なのよ~」
符丁ともなるドアノックから、扉を開けて入ってきたのはアシュリン。
彼女はカートを押し、その上にはいつもよりも豪勢な料理が並んでいる。
「わ~、おなかすいた~」
「それはよかったのよ。すぐに用意するのよ~」
テレイーズは待ちきれないといった面持ちで、アシュリンが手早く料理を並べる机に駆け寄り、自分から椅子を引いて座った。
「アサギさん、どうしたのよ? 何か浮かない表情をしてるのよ?」
「……ん、私はいつもこう」
「それもそうなのよ。まだ身の振り方を決めかねてるのよ?」
「……しかたない。……お父様の傍にいるということは、いずれもう一人の私に対面するということ。……お父様は奥手だけど、やる時はやるわ」
「いろいろと複雑なのよ。だけど、すでにアサギさんの元いた世界と分かたれた時間軸では、どう足掻こうともこれ以上の事象変移は無理なのよ。過去に介入するわけでもなし、アサギさんはもうそのまま好きに生きるといいのよ」
「……励ましてくれているの?」
「カイトしゃんのためなのよ。あの人は、もうアサギさんを家族と思ってるのよ」
「……はぁ……お父様らしい。……サクラお母様が、よく『しかたがない人ですね』と言っていたのを思い出すわ」
「なんでも受け入れてしまう人だから、細かいことは気にせず身を委ねてしまうのが一番いいのよ。どんな負担もまた周りの皆が放っておかないから、カイトしゃんが本気を出せば世界統一くらいはやってのけそうなのよ」
「……冗談には……聞こえないわね」
「冗談じゃないのよ」
けれどお父様は誰よりも平穏を望むから、そんなことはしない。
にもかかわらず、必要に迫られてしまえば躊躇せず、それもアシュリンがいるだけで実現するだけの組織力もすでに持ち合わせていると……。
「……お父様には絶対に絶望させてはダメね。……あとが怖いわ」
「第ニのエウロヴェ誕生なんてことになったら、今度こそ世界が滅亡するのよ~」
「……大問題だわ」
「いたいの、いや」
私たちの会話に、テレイーズが口の周りをクリームで汚しなら反応を返した。
「……テレイーズ、ケーキばかり食べないで最初はごはんから食べましょう?」
「ん、あまいすき。でもアサギおねぇちゃんもいっしょなら……」
「……わかったわ。……デザートも最後に皆で食べましょう」
私はそう言いながらテレイーズに近づき、ハンカチで口の周りを拭いてあげた。
彼女の座る机は元々全員が座れるほどの大きさだから、今は二人分の料理しか並べられずに少し寂しい感覚が胸を過ぎる。
今朝までは確かに私もその端で座っていたのに、たった数時間で遠いことのように思えてしまう……。別に、明日になればまた同じ机を囲うのに……。
「ん、アサギおねぇちゃん、おかあさんみたい」
「……んっ!? ……わ、私は別にそういうつもりでは」
「傍から見たら親子にしか見えないのよ。立ち位置が逆だとしても、なのよ」
「……茶化さないで!」
「そういうところはそっくりなのよ」
「……」
……はあ……本当にめんどうだわ。
今のお父様は言った、『こうして一緒の時間を過ごすと、アサギは確かに僕の娘なんだと感じるよ。それだけでなく、サクラや、嫌いかもしれないけどリシィの仕草や面影を受け継いでいる。確かに僕たちの娘なんだな』と……。
まだ決意はできないけれど……そうね、私が今のお父様にとって実の娘と変わりない存在になっていることは実感する……。
だからきっと、私が傍を離れて旅にでも出たら、お父様は快く見送りながらも別れ際に寂しい表情を見せるわね。そういう人だもの。
「……わかったわ。……私は何よりもお父様の悲しむ顔を見ることが嫌い。この際だから、このままテレイーズの教育係にでも名乗り出ることとするわ」
「ふふり、そんな潔いところはカイトしゃんにそっくりなのよ」
「……べ、別に似せているわけではないけれど、これがお父様を見て育った私の生き方なんだもの。……し、しかたがないわっ」
「そこはお姫さまにそっくりなのよ……」
「……んっ!?」
私は、いずれ現時間軸上に同一存在が産まれることに恐れを抱いていた。
もし世界が異端分子に対する修正力を持つのなら、弾き出されるのは私。
けれど、時を超えても繋がり続けるものに、私の心は抗えない。
家族……その絆……許されるのならお父様と、そしてお母様と、これからも一緒に過ごして生きたいと心より願わずにはいられないの……。
……そうね、このことはもう一人の私が産まれてからまた考えればいいわ。
いつか私は、産声を上げる私に対し、「誕生おめでとう」と告げてから……。