EX12 テュルケ
――ゴンッ! ドサッ!
「ゲベッ!? オイらがこうも容易く……。そうか……オマイらがそうゲな……龍血の姫の御庭番……“眠りの庭の貴婦人”だゲ……!」
「そう呼ばれるのは久しぶりですぅ……。ならわかってると思いますが、少し眠ってもらいますですぅ……」
「オッ、オマイはまさか……“鐘の乙女”、テュ……だゲッ!?」
――カーーーーンッ!!
「その名前で呼ばれるのも久しぶりですぅ」
私の名前はテュルケ ラィエントリト。
姫さまのメイドで、姫さまをお守りする御庭番“眠りの庭の貴婦人”の一人。
悪い人たちは、私のことを“鐘の乙女”とも呼びますけど、どうしてそう呼ばれるようになったのかはよくわかりませんです。
【黒泥の龍皇】が湖に沈んでからもう少しで三週間。その間もずーっと姫さまを狙った悪い人たちがやってくるので、今もこうしてフードと鉄兜で顔を隠すそのうちの一人をおたまでぶっ飛ばしてやりましたですです!
「もう何も教えることはなさそうです、テュルケ」
「ふぇっ!? ビックリしましたですぅっ! 気配もなくうしろに立つのはやめてくださいですですっ、ロッテさまっ!」
館の敷地内にある植林で気絶させた悪い人を見下ろしてると、突然背後の木陰から声をかけられましたです。
私は暗い夜でも夜目と耳が利きますけど、気配を消して背後まで忍び寄ることができるのは、知ってる人の中でもたった一人だけですぅ……。
“眠りの庭の貴婦人”の一人、メイド長、ロッテ マリュードさま。
綺麗な銀髪と褐色の肌も綺麗で、えとえと、それで……と、とにかく綺麗なっ、私にとってのもう一人のお母さんみたいな人ですですっ!
あれあれ、そういえばレッテさんも同じ“マリュード”でした……?
「うふ、姫様との旅で多くの経験を積んだようですね。ここしばらく観察して、以前とは比べ物にならないほどテュルケの魅力を感じます。うふふ」
「あ、あのあの、ロッテさま……なんで私のお胸を触ろうとしますです……?」
「うふふふふ、墓守とやりあった筋肉に興味があるからに決まっているではないですかっ! ああっ……私、その豊かな乳房の下の胸筋に興味がありありですっ!」
はわわ、ロッテさまは相変わらずですぅ……。
私だけでなく、姫さまやおにぃちゃんにまで陰からはぁはぁしてましたから、筋肉が好きすぎるのも度を越すとおっかないですです……!
「ちぇー、ミィも姫さまと一緒に行きたかったにゃ」
「ミィアは、テュルケちゃんが帰ってきてくれただけで満足にゃ」
続いて木の上から下りてきたのは、私よりも半年だけ先輩だったミィちゃんとミィアちゃんの双子の姉妹。
紫色の髪が濃くてポニーテールになってるほうが勝ち気なミィちゃん、それよりも薄い色の髪を肩まで伸ばしてるほうが冷静なミィアちゃん、二人とも私の大事なおともだちですですっ。
「えへへ、私もミィちゃんとミィアちゃんと最近は一緒で嬉しいですですっ!」
「それはともかく、ミィにおみやげもなかったのはまだ忘れてないにゃー?」
「ふぇっ!? ご、ごめんなさいですっ、世界の一大事にぃ……」
「ミィはテュルケちゃんをいじめるにゃ。だからおっぱいを触らせてくれないにゃ」
「ふにゃっ!? ミッ、ミィアちゃんっ、急に触らないでくださいですぅっ!」
「ぐにゅ……ミィアばっかりずるいにゃーーーーっ!」
ううっ、私もいっぱい強くなったと思ってたのに、旅に出てる間に二人もいっぱい強くなってて、今もほんの少しミィちゃんに気を取られた隙にミィアちゃんにお胸を揉まれてしまいましたです……。まだまだですぅ……。
「にゃんにゃ~」
「ポム様、よい筋肉で……そうでなく、お手伝いに感謝します。今日はいつもより多そうですが、この程度の筋肉では刺客として不足ですね」
ポムちゃんもさすがですぅ~。
最近はポムちゃんも中庭にいるので、侵入者がいると私たちよりも先に駆けつけてぶっ飛ばしてくれますです。
今も悪い人を三人も抱えて連れてきてくれたので、頼りになりますですぅ~。
あとあと、ポムちゃんと一緒にもう一人の女の子も来ましたです。
「ハティマもよくやりました。そろそろ新入りも卒業ですね」
「あの、ポム様がたすけてくれて……私はまだまだですにゃ……」
私が姫さまと旅をしてる時に補充で入ったハティマちゃん。
私よりもちっちゃくて、橙色のふわふわした髪がすごーく柔らかくて、少しおどおどしてるけど大きくタレ目がちな緑の瞳が綺麗な、私の初めての後輩です。
ロッテさまが雅獣種、他の皆は私と同じ獣角種と、これが“眠りの庭の貴婦人”一番隊のみんな、私にとってのもうひとつの家族ですです!
「でもでも、こんなおっきな武器を振り回すなんて、サクラさんみたいに力持ちですぅ~。ハティマちゃんは凄いですぅ~」
「にゅ……私が持った時だけ軽くなるから、実際はそんな重くないですにゃ」
「ふぇぇ、おにぃちゃんなら何かわかりそうなので、今度見せてみましょうです!」
ハティマちゃんが担ぐ体よりもおっきな武器はなんでしょうかあ。
鈍器みたいですけど、鎚とは違って先端がすっごく膨らんだ円柱です?
その先端がくり抜かれてすり鉢状になってて、使い方もよくわかりませんです。
“眠りの庭の貴婦人”は基本的に料理道具を武器にしますけど、ハティマちゃんの武器は料理道具には見えませんから、本当になんでしょうかあ。
「さて、眠りが覚める前に地下牢まで運んでしまいましょう。今日は六人と日増しに増えていますから、そろそろ送り込んでくる元凶をどうにかしないとダメですね」
「でもでも、悪い人たちは姫さまが罰を与えて拘束されましたから、まだ誰がいるんでしょうかぁ?」
「この国には、それだけの深い根が這っているということです。その根絶は騎士隊がなんとかするとして、私たちは誠心誠意、姫様とあの英雄殿をお守りしましょう」
「ですです! 姫さまとおにぃちゃんは私たちがお守りしますですです!」
そうです、私たちはいつまでも主に寄り添って、その日々が穏やかなものであるようにずっとずっとお支えするのがお役目ですです!
今は姫さまだけでなくおにぃちゃんも大切な男性ですから、どんな悪い人でも私がおたまでポカコーンとやっつけちゃいますです!
「にゃあ? テュルケちゃんは、その“おにぃちゃん”にやけに懐いてるのにゃ。はっ、まさか……おにぃちゃんを想っておっぱいがそんなに大きくなったにゃっ!?」
「ふぇっ!? ちっ、違いますですっ! これは姫さまと旅してる時からっ……!」
「悔しいにゃっ! 恩恵に与らせろにゃっ! ミィにも揉ませろにゃっ!」
「やめるにゃっ! テュルケちゃんはミィの相手をしなくてもいいにゃ、その代わりミィアに揉ませるだけでいいのにゃ」
「ふぇぇっ!? ミィちゃんもミィアちゃんも揉まないでくださいですっ!」
「二人とも、テュルケが困っていますからやめなさい。その胸筋は私があとで大切に丹念に興味深く調べますから、すぐに手を引きなさい」
「それもダメダメですですーーーーっ!」
「あの、私も……」
「「「新入りはお黙りなさい!」」」「「にゃっ!」」
「んにゃっ!?」
うぅ……姫さまとの旅でお胸がおっきくなったせいで、帰ってきてからはずっとみんなの取り合いになってしまってますですぅ……。
い、嫌じゃないですけど……ど、どうせなら、おにぃちゃんに……。
「ぐゲ……メイドごときが、オイをいいようにできると思うなゲェ……!」
――カーーーーーーンッ!!
「ほらっ、うるさくするから悪い人が起きちゃいましたですっ! わっ、私のお胸の取り合いをしてないで運びますですっ! ちゃっちゃとしてくださいですですっ!」
「りょっ、了解にゃっ!」
「ごめんなさいにゃっ!」
「んにゃっ!」
「すぐに運びますにゃっ! あ、私にも移りました……」
私がお胸を張って怒ったら、みんなはすぐに言うことを聞いてくれて悪い人を担ぎ始めましたです。
悪い人の数はどんどん増えてますけど、私たちと騎士の皆さんが姫さまとおにぃちゃんには絶対に近づけさせませんから、ご安心くださいですですっ!
「にゃあ? にゃんにゃ、にゃにゃにゃん」
「やれやれ、懲りない連中ですね。まだ来るようです」
「悪い人も本腰を入れてきましたですぅ……?」
「ミィはもう疲れたにゃっ! もう寝たいのにゃーっ!」
「ミィアはまだがんばるにゃ、その代わりあとでテュルケちゃんからご褒美もらうにゃ」
「抱き枕にするのはやめてくださいですですっ!」
そんな風に今は大変ですけど、なんとか元気でやってますです。
姫さまと、おにぃちゃんがいて、いつかみんなが穏やかに暮らせますように。
テュルケ ラィエントリト、がんばりますです!