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第百六話 夜明け

 そして、僕たちはゆっくりと浮上して湖から頭を出した。


 空を見上げると月は傾きかけ、濃い水蒸気こそなくなっているものの、湖上にはまるで亡霊が這うように薄い靄が漂っている。

 湖を見渡しても、月明かりを背負う山影に視線を向けても、あの巨体(・・・・)はもうどこにも存在しなかった。すべてが黒塊となり湖底に沈んでしまったのだろう。


 それにしても冷たい……。フザンの宿を出てから一日、【天上の揺籃(アルスガル)】に挑んだ時ほどではないけど、もう体は疲労困憊で今にも力が抜けてしまいそうな状態だ。


 すぐにでも帰って皆で休みたいところだけど……。



「まだ終わりではないんだな……」

「ええ、現出した墓守を退けるのはこれからよ」



 薄暗闇の中で視線をフザンに向けると、いまだに町では火の手が上がり、さらにその向こうではさまざまな色を放つ固有能力の光が煌めいている。


 まだ戦いは終わらない。


 【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】より湧き出たすべての墓守を掃滅し尽くさなければ、少なくともこの地での戦いは終わらず、平穏は訪れない。



「増援が到着するとしたら、どんなに早くとも日が昇ってからか。墓守の侵攻をできるだけ遅らせ、それでいて合流を早めるため迅速に後退させよう」


「相反する無理難題を言うわね……。けれど、あとは残された墓守を討滅するだけだもの、一人でも多くの防衛部隊を生きて帰らせましょう」


「ああ、正念場は過ぎた。消耗する前に終わらせるだけだ」



 アサギが根源霊子炉シクスジェネレーターの出力を上げて水中からさらに浮上を始め、強化外骨格パワードエクソスケルトンの足先までが湖上に浮いたところで、抱きかかえるテレイーズが顔を上げた。



「ん……あれ、どうにかするの……?」


「うん、そうだよ。放っておくと人に害を及ぼしてしまうんだ、ここで止めないと世界中にも広まってしまうからね」


「んにゅ……じゃあ、わたしがなんとかするね」


「えっ!?」



 テレイーズはそう言うと小さな体から目映い金光を放った。


 途端に体は浮遊感に包み込まれ、金光が収束するとともに何か大きなものに接している感覚に変わる。巨大な何かが僕たちのすぐ真下に構成されたんだ。



「ふえぇっ!? これが神龍テレイーズさまの本当のお姿ですぅっ!?」



 神龍テレイーズ……その姿は、他のどの神龍よりも小さく目算で全長二百メートルもなく、それでいて他の何よりも光り輝いていた。


 白金の角、白金の龍鱗、蛇の胴体に二対の小さな腕と脚、全身が黄金色の暖かな光に包まれ、長い首を曲げて背に乗る僕たちを見る表情は威厳があるでもなく家族を見るような柔らかなものだ。

 神龍でありながら僕から見てもどことなく幼く見えるその姿は、やはりグランディータとリヴィルザルの言った“末の妹”、もっとも若い星龍ということなんだろう。まあ、最低でもすでに一万九千歳は確実だけど……。


 僕たちは今その背に乗り、目映い金光の中で大龍穴湖の上を飛翔している。



「神龍テレイーズ、無理はしないで! あなたは先ほどまで……」


『だいじょぶ。カイトが、リヴィルザルがくれたちからが、“がんばってひとといっしょにいきていきなさい”って、ただしいちからのつかいかた、おしえてくれた』


「リヴィルザルの遺志か……。彼はどこまでも人と共にあろうとしてくれるんだな……」



 どうしてそこまで……と、エウロヴェの怨嗟を目にしたあとでは疑問に思ってしまうけど、おそらくは機動強襲巡洋艦アルテリアの乗組員たちといい関係を築けていたからに違いないと、かつて見た神器の記録を思い出して感じた。


 グランディータもそんなよき人たちとの関わりがあったからこそ、この長く続いた怨嗟の呪いを解くために陰ながら尽力してくれたんだと思う。


 できることなら、彼らに面と向かってしっかりとお礼が言いたかった……。



「おにいちゃんっ、服がもう乾いちゃいましたですっ! ぽかぽかしますですっ!」

「え、本当だ……。テレイーズの金光に触れているからか……?」

「陽だまりのような暖かさだわ……。こんな時に眠ってしまいそうなほど……」



 テュルケの驚きに自身の服を確認すると、確かにほんの一瞬で乾いていた。

 思わずテュルケの胸元を見てしまったけど、今はもう下着も透けていない。



『カイト、おにぃちゃん……? うんっ、カイトはわたしのおにぃちゃん!』


「え?」

『だめ?』


「いや、構わないけど……。神龍の兄というのはなんか凄いな……?」



 テレイーズは、テュルケの僕に対する呼び名を聞いて気に入ったようだ。

 彼女の兄、リヴィルザルの代わりが務まるかはだいぶ不安ではある。



「歴史上では初めてでしょうね……。まさか私の選んだ騎士が、神龍の兄上にも選ばれるなんて……。複雑だけれど、誇らしくも思うわ」


「それなら、リシィもお姉さんだね」

「んっ!? そそそれはっ、家族だと……ごにょごにょ……」

「えっ、いやっ!? そそそんなつもりは……」


「テレイーズさまっ、私のこともおねぇちゃんと呼んでくださいですですっ!」


『リシィおねぇちゃん、テュルケおねぇちゃん。おにぃちゃんとおねぇちゃんがいっぱいできた……うれしい』


「んんっ!? し、しかたがないわ……」



 僕の深い意味もなく言った言葉になぜか慌てたリシィと、どさくさに紛れてちゃっかりしているテュルケ、場所が神龍の背中だろうと僕たちはいつものままだ。



「……お父様、私は独自に戦闘を開始します」

「ああ、空から頼む。しっかりと戻ってくるんだよ、アサギ」

「……私は目的を終えた。……けれど、お父様がそう言うのなら」


「私からもお願いするわ。まだ話したいことはたくさんあるもの」

「……私はまだあなたを……いえ、わかったわ、お母様(・・・)



 そうして、テレイーズの背で相変わらず言葉少なくいたアサギは、搭乗する強化外骨格パワードエクソスケルトンと共に空へと舞い上がっていった。


 【重積層迷宮都市ラトレイア】に帰還門が存在する限り、彼女もまた元の時代に帰ることはできるだろう。だけど、そこにはすでにもう一人の僕もリシィもいない。

 だから、これは僕の勝手な願望だけど、できることならこの時代で一緒に、新たな生き方を見つけて欲しいと願ってやまない。


 どうするかは彼女しだい……それでも、戦いが終わったらこの思いも伝える。



「さて、戦闘域上空だ。僕たちも行こうか」


『カイトおにぃちゃん、やってもいい?』


「ああ、無理はしないで。リシィ、まだ余力はあるか? 僕たちも飛び……」


『だいじょぶ。ぜんぶやっちゃうね』


「……え? お、おわああああああああああああっ!?」

「きゃああああああああああああああああっ!?」

「ふぇえええええええええええええっ!?」



 テレイーズはそう言うと、月明かりでさえも覆い隠してしまうほどの金光を輝かせ、空から地上に向かって勢いよく降下を始めた。


 その背に乗る僕たちにとっては、心構えのできなかったジェットコースターだ。


 そうしてテレイーズは墓守のすぐ真上で急転回し、逆巻く黄金の突風となって今度は上昇を始める。

 それと同時に彼女が身に纏う金光の粒子は収束し、大地に降る幾千万もの光の雨となって墓守の頭上を埋め尽くしてしまった。


 周辺一帯を、防衛部隊の人々の顔を照らすのは、当然目映い黄金色だ。


 誰も彼も唖然とした表情で動きを止め、上昇したそのままの姿勢で滞空する神龍テレイーズを見上げている。

 初めて目にするだろう存在、彼らにとっての神が突如として降臨したわけだから、状況を把握するまでは思考のひとつも停止するだろう。



「テ、テレイーズ……」


『あ、ごめんなさい。いまおろすね』



 テレイーズはそう言うと、防衛部隊の頭上を一度ぐるりと旋回してから、墓守との間を塞ぐように地上へと滑り込んだ。


 これは……わざとやっているのではないだろうか……。


 そうして停止したものの、まだ地上までは五メートル以上と足がつく高さでなく手を貸せないので、僕はリシィの同意を得ることなく抱え上げ飛び下りた。


 周囲では、思考停止したままの防衛部隊がポカンと口を開けている。



「リ、リシィ……」

「ん……」



 リシィはどこか気恥ずかしそうに頬を赤く染め、それでもお姫さま抱っこからは下りようともせずに黒杖を空へと掲げた。



「皆、よく持ち堪えてくれたわ! 神龍テレイーズはこの地に降臨した! 【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】は崩壊し、我らが神の手によって【鉄棺種】もまた掃滅された! よく生き延びてくれたわ、私からすべての勇敢な英雄たちに心からの感謝を!」



 リシィが戦の終わりを告げる声を上げ、テレイーズはここぞとばかりに鎌首をもたげ、その黄金色に煌めく神龍の背後では墓守が端から砂に変わっていく。


 言うまでもない、彼女の持つ“創星”の力だ。


 決着は【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】からテレイーズを救い出した時、すでに終わっていた。



「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」



 そして夜明けが……いや、新たな時代の黎明が訪れる。

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