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第百三話 遠い未来のあなたへ

 ――ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビッ……キュオオォォォォォォッ!



 しばらくして閃光と衝撃が収まると、これまでけたたましい警報を上げながら傾いていた輸送機が姿勢を立て直し始めた。



『皆様、ご無事でしょうか?』



 機内スピーカーからの心配する声はアシュリーン。



「僕は大丈夫……。リシィ、大丈夫か? みんなは?」

「カイト、ありがとう……。大丈夫よ」

「だっ、大丈夫ですです!」

「……問題ない」



 実際に目で確かめると、皆の表情には困惑が滲むも同時に覚悟の色も見え、激しい衝撃に晒されたあとでも怪我などはなかったようだ。



「アシュリーンも無事なんだな?」


『現在、本機のメモリーに存在する複製による管制を行っています。ラーズグリーズとのリンクは遮断、現在検索中、消息不明となっています』


「それは……いや、精神が無事ならいい」

『私に精神は……』

「その話はあとで、状況は?」



 輸送機の後部カメラが映し出すディスプレイを見ると、王都の本来なら“白樹城カンナラギ”がそびえ立つ場所は黒煙が空高く立ちのぼり、煙の合間ではまるで龍が翔けるかのように稲光が青白い軌跡を残していた。


 アシュリーンは、発砲直前まで爆散による余波で出てしまう被害を軽減しようと再計算を続けていたんだ。だけどそれはおそらく、中枢にいる彼女……ラーズグリーズの損壊までは計算に入れていない数字だった。


 生命としての価値が違うのはわかっているけど……。



『【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】が放った対軌道霊子力収束光は、“極上位異質物隔離保管庫”を直撃、破壊。現在は構造体の七十六パーセントが大気圏内を落下中、六パーセントが外宇宙へと吹き飛ばされました』


「くっ……落下による地上の被害は? 神器はどうなった?」


『大部分が燃え尽きるか、大きな残骸も外海に落下し人的被害はありません。神器保管庫【極光の世界樹(アインソフオウル)】も落下していますが、これには傷をつけることもできません』


「よし、なんとか首の皮一枚で繋がった……」



 輸送機の周りは水蒸気が霧のように白く立ち込め、周辺一帯は舞い上がった湖水により大雨が降る状態になってしまっている。


 地上を映し出すカメラには、霧の合間に大波に襲われたフザンの町と蠢き続ける墓守、その目指す先には固有能力でこの事態を乗り越えた防衛部隊がいた。


 濃い霧のせいで、大龍穴湖に存在するはずの【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】の姿は見えない。



『観測情報集計中、拡散誤差修正、確認。熱分布を可視化します』



 今は夜、ディスプレイに映し出されている映像はそのすべてが熱線映像装置によるもので、アシュリーンが昼間と変わらない色味に調整してくれているものだ。


 そのディスプレイに、立ち込める霧で前方視認距離が数メートルという視界不良の向こう側で、赤々と色付けされた巨大な塊が映し出された。



「これが【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】なの……!?」

「間違いない、この地にこれだけの巨体は奴しか存在しない……!」


『【重霊子力(アメノム)衛星軌道掃討射砲(ラクモノツルギ)】、収束誤差四十八パーセント。予測効力の半分ほどの損害率しか出ていませんが、活動停止にまで追い込んでいます』



 やがて、降りしきる雨とともに霧も急速に薄れていく。


 大龍穴湖は元の姿を取り戻そうといくつもの巨大な渦を巻き、その中心部では三首の龍の頭部と上半身が蒸発してしまった赤熱する黒塊が存在していた。

 残された下半身の断面からは黒泥が溢れて黒い滝のようになり、アシュリーンの告げた通りさすがの【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】もあれでは動けないようだ。


 エウロヴェと、力を奪われたヤラウェスとザナルオンの残滓……もはやその歪な黒塊は、誰が見たところで誉れ高き“神龍”とは呼ばないだろう。



「カイト」


「ああ、救出しよう。神龍テレイーズを……いや、痛みに嘆くひとりの女の子を」


『本機はこれより、【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】残留物の上空旋回軌道に入ります。再生予測時間十二分、どうか速やかなる解決を』


「無茶を言う……。だけど、僕たちはその無茶を押し通してここまで来た……!」


「おにぃちゃんっ、姫さまっ、やってやれないことはないですですっ!」

「……今度ばかりは……二人だけで行かせない」



 そして、皆も頷くとともに輸送機の後部扉が開く。


 大きく口を開いたようなその向こうは、勢いを弱めた雨が降る空だ。

 確かに空なんだけど、自ら怪物の口の中に飛び込む奈落の入口でもある。


 そんな少しの恐れに息を飲み込む僕の左手を、リシィが自ら取って握った。

 リシィの左手はテュルケが、僕の右手はアサギが握り、とはいえ神器と強化外骨格パワードエクソスケルトンの装甲越しの感覚はどうにも硬くていけない。


 もう取り返しがつかないだろう彼女の家族……それでも、これからそう変わりのない、いい関係を築き上げていけたらと思う。



「そのためには終わらせないとな」


「……カイト、今の言葉はどこから繋がっているの?」

「え、あ、いや、ごめんなさい……。僕の心の中からです……」

「もうっ、脈絡がないのはわからないわ。けれどいいわ、終わらせましょう」


「ああ、行こう」



 僕たちは皆で手を繋いだまま、輸送機から空へと身を投げ出した。


 落ちる先には、すべてを生み出す黒泥が波打つ原初の海――【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】。


 あっという間に輸送機は遠ざかり、逆巻く風と雨が冷たく体を濡らす。

 僕たちは勢いよく落下しながらも互いに体を引き寄せ、やがてリシィの背から放たれた黄金色に輝く十二枚の光翼が全員を優しく受け止めてくれた。


 光翼は繭へと変わり、今あるものでさえ変質させてしまう黒い海に落ちていく。




「「「【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】」」」




 僕とリシィだけでなく、極光の神器の顕現にアサギの声まで重なった。



 創星の神器、【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】――。



 別に形はなんだっていいんだ、リシィの光翼だって同じものだし、要は思い描く心象がただ望んだ形になるだけ。


 だけど、やはり僕には最初から触れ続けたこの“形”がもっとも馴染む。



 銀槍――【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】と同じ姿形のこの槍が。



 そうして、僕の右手の内に穂先を真下に向けた光槍が顕現する。


 光槍は今となっては全長十メートルにまで至り、僕たちを包み込む光繭の外にまで突き出て、まずはその“創星”の力をもって黒泥に触れるだろう。


 人智を超えた力同士が干渉し合い、どんな結果をもたらすかはわからない。

 ある意味では、有効策を思いつかないがゆえの無謀な自殺行為だとも言える。


 それでも、僕たちの通った道のりに意味があるのなら、きっとたどり着けるはずだ。


 だからもう終わりにしよう、今この場所で――。



「リシィ、帰ったらさ……」




 ◇◇◇




 カイトが何かを言おうとして、黒泥に触れた光槍から光があふれた。


 私は目映さに眩んで目を閉じてしまい、そのあとでどうなったのか、彼が何を言おうとしたのか聞けずに次の瞬間を向かえてしまった。



「……ここは……どこ?」



 いえ、私はこの場所(・・・・)知っている(・・・・・)……。

 だって、他でもないカイトのお祖父様の家だもの……。


 けれど、なぜこんなところに……。



『んあー! あうあー!』



 家の中ではどこからか赤ん坊の声が聞こえ、玄関先から廊下を進んで居間に入ると、そこには食卓を囲んで座るカイトがいた。


 正確には、カイトと、赤ん坊を胸に抱きかかえる……私。


 これは、どういうことなの……。願望……確かに望んだことではあるけれど、こんな鮮明に、それも過去の世界でなんて……いったい何が……。



「あれが私」

「……っ!? アサギ!?」

「そう、あの赤ん坊が私、アサギ」



 突然の新たな声に振り向くと、いつの間にか背後にアサギが立っていた。


 けれど、違う……。


 私の知るアサギは髪が短かったのに、今の彼女は金灰色の髪を腰まで長く伸ばし、着るものも装甲服ではなく普通の白いワンピースになっている。



「あなたは……本当に何者なの……」

「……お父様が話したわ。……あなたは冗談だと思ったけれど」



 お父様……カ……イトが……?

 彼は、『僕とリシィの娘だ』と……けれど私は、そんな……。


 それでも、いくら理解ができなくても、今のアサギには確かに……。



 “龍血の姫”たる証、“白金の竜角”が生えていた……。

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