第百一話 切り開かれる行路
行ったり来たりと慌ただしく、僕たちは再び輸送機に乗り込んだ。
玉座を通る時、すでにラドリュウムを始めとする重臣たちの何人かがいなかったけど、時間は刻一刻と過ぎてしまい今は気にしている場合ではない。
【黒泥の龍皇】の現出による地震、封牢結界からあふれ出した墓守、そして長らく姿をくらましていた“龍血の姫”の帰還と、最初こそ他人事のようだった城内の人々も、ようやく事の重大さを認識したのか動きを慌ただしくしていた。
急な事態の変遷に混乱しても致し方ないとはいえ、ここからは現実的な対処をしっかりしてもらわないと本当に国が滅びてしまうんだ。
『カイト様、強襲戦術輸送機を離陸させます』
「ああ、頼む。アシュリーンはこちらに演算を割いても大丈夫か?」
『問題ありません。スタンドアローンとはいえ、輸送機の操縦程度では演算領域の一パーセントも使用していませんので、ご心配は無用です』
「そうか。それでも何かの時は、【重霊子力衛星軌道掃討射砲】の稼働を優先してもらって構わない。こちらで操縦する」
『かしこまりました』
そうして、一瞬だけ重力を感じて輸送機は上空に舞い上がった。
形状は僕の時代だとオスプレイに近いけど、根源霊子炉のおかげで重力制御が可能な神代の垂直離着陸機だ。
その物理法則を無視したかのような離陸に、後部扉から内部を遠巻きにする騎士たちは敬礼しながらも驚きの表情を浮かべ、それもすぐに閉まったことで見えなくなってしまった。彼らもこれから王都防衛部隊に合流するとのこと。
高度を上げて順当に水平飛行に移る輸送機の中では、機体の遥か下方、王都の街並みがディスプレイに映し出され、竜騎士隊の長い行列と何が起こっているのかもわからずに道端で見送る人々を確認できる。
夜の街路で城壁の外へと向かう明かりが、まるで現代都市の車の流れのようだ。
「ヴォルドールが指揮をしているんだわ。けれど……」
「フザンに対する増援は期待できないな……。今から徒歩では、【黒泥の龍皇】の上陸が先になるのは間違いない」
「ええ、それでも王都を守ってくれるのなら、後顧の憂いなく挑めるわ」
「ああ、僕たちだけでなんとかしてしまおう」
「ううー、緊張しますです!」
「テュルケ……あなただけでも……」
「姫さまっ、野暮なことは言わないでくださいですです! 一緒にがんばりますと言いましたから、どこまでも姫さまと一緒にがんばりますです!」
「う……本当に、芯の強さと頑固さは人一倍なんだから……」
「ですですっ!」
テュルケは胸の前で両手の拳を握り締めて意気を込め、リシィはそんな彼女を心配しながらも最後は頷くしかなかった。
正直なところ、僕もテュルケには残って欲しかった思いもある。
だけど、神龍テレイーズの龍血が流れる存在は少しでも、一人でも多いほうが黒泥に対抗する力となることも同時に期待してしまっているんだ。
僕、リシィ、テュルケ、そして本来は存在しないアサギ、これは導きなんだと思う。
「……」
「アサギ、どうした……?」
今はアサギも輸送機に乗っていて、頭部装甲を開いてこちらをじっと見ているから、何か言いたいことがあるのではないかと僕から聞いてみた。
「……お父様は……女心をわかっていない」
「えっ!? ま、前にも似たようなことを言われたけど、それはどう言う……」
アサギの僕に対する続く『お父様』呼びに、リシィは怪訝な表情を浮かべる。
結局は親子だと明かしたところで、そんな荒唐無稽な話は冗談としか受け取られなかったけど、それを踏まえてもなんで今になってだ。
それに女心……ここでそのことがいったいどう関連してくるのか……。
「……」
「アサギ? それについて詳しく?」
「……おそらく……私はそのためにここにいる」
「え?」
「……似ていると言われることが嫌だったお母様。……けれど、だからこそどんな想いを抱くかも理解でき……それはきっと……」
「それはきっと……?」
――ガシュッ
「最後まで詳しく!?」
結局、アサギは最後まで告げることなく、頭部装甲を閉じてだんまりを決め込んでしまった……。
女心がどうこうの前に、リシィやテュルケまで首を傾げているから、完全に意思疎通の問題でこれ以上はどうしようもない。
彼女は果たして何が言いたかったのか……。
『カイト様、前方にアサノヒメ大龍穴を東進する【黒泥の龍皇】を視認。現在、湖の半ばまで差し掛かり、防衛部隊はフザン東二キロ地点まで後退しています』
「……っ!?」
アシュリーンの報告で操縦席に入って確認すると、墓守との戦闘の明かりがかなり後退していることがわかった。
フザンの町はすでに瓦礫の山と化し、今も燃え上がる炎が町全体を包んでいる。
もっとも大きな建物だった教会でさえ、もはや見る影もない姿となっているんだ。
踏み荒らされ、薙ぎ払われ、砲撃で吹き飛ばされた町並み。
それでもまだ、防衛部隊は墓守を相手に戦い続けている。
『ヴァルキリー1、護衛につきます』
通信が入ると同時に、操縦席から見える前方にブリュンヒルデが現れた。
さらにその前方には多くの翼竜型墓守が接近し、地上から射ち上がる緑色の閃光がいまだエリッセさんが無事だと知らせてくれている。
「皆の様子はわかるか!?」
『暗視映像に切り替えます』
操縦席ディスプレイの表示が切り替わり、色まで補正してくれているのか、そこには昼間と変わらない鮮明な映像が映し出された。
僕は操縦席に座り、カメラ操作用のスティックを動かして戦場の様子を確認する。
「カイト、皆は無事なの!?」
「ベルク師匠とアディーテ、サクラにポム、ルシェ……ベンガードたちは健在……」
地上の激戦の様子を望遠カメラ越しに見ていると、ブリュンヒルドの横にもう一人、光翼を煌めかせながら小さな人影も上がってきた。
「ノウェムも無事だ」
「よかった……」
だけど、目の前のノウェムとブリュンヒルデの姿は煤に汚れ、よく見るとサクラの持つ【烙く深焔の鉄鎚】の鎚部は割れ内部が露出してしまっていた。
燃えるフザンの町はいまだに恐竜型墓守が通り過ぎ、次から次へと戦線に向かう様子はまったく途絶える気配がない。
両者の間では色とりどりの固有能力が至るところで閃光を放ち、迎え撃つ防衛部隊は後退しながらもまだ侵攻を押し留めているようではある。
無限の軍勢……【黒泥の龍皇】が存在する限り、これは止まらない……。
『皆様にご武運を』
そして、大龍穴湖よりさらに上る翼竜型墓守の多勢に対し、ブリュンヒルデが輸送機の進路を確保するために速度を上げ突っ込んでいった。
彼女が放つホーミングレーザーはまるで流星雨のように空を翔け、光の渦巻く中心ではヒートランスが赤熱の閃光となって機先を制し、爆散する神力の青と燃え上がる炎の赤が暗い宵闇の空を明るく照らす。
タイプヴァルキリー、ブリュンヒルデ――彼女もまたアシュリーンだ。
――コンコンッ
そんな光景を遠巻きにしていると操縦席の窓が叩かれ、視線を向けるとノウェムが機外からこちらを見て微笑んでいた。
その顔は確かに笑っているものの、鼻血を拭ったあとはどうしようとも隠せない。
どれほど【黒泥の龍皇】の火線を返したのか、いくら以前よりも遥かに固有能力を振るえるようになったとはいえ、それでも限界なんてとっくに超えているんだ。
窓に手を置いたノウェムに、僕も窓越しで自分の左手を重ね、聞こえないまでも口の形で「ありがとう、すぐに終わらせる」と伝える。
『対空砲火、来ます』
「大丈夫だ。ノウェムがいる」
そして、輸送機が戦域上空に差し掛かると同時に、墓守の群れから避ける場所すらない高密度の対空砲火が撃ち上がった。
だけど輸送機の下部から翠光が広がり、機体は余すことなく包み込まれる。
ノウェムが僕たちを守るために、自らを顧みずに転移陣を展開したんだ。
再び窓の外を見ると、彼女もまた聞こえないまでも口を動かす。
「主様よ、振り返らずに進むがよい。くふふ」
そうして、ノウェムは下方に消えていく。
墓守を押し止める防衛部隊の善戦、僕たちの行く道を切り開く彼女たちの献身、ここまでお膳立てされたら終わらせないわけにはいかないよな。
「カイト」
「ああ、道は切り開かれた。最後まで繋げよう!」