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第百話 天に遺された世界樹

「“天の宮”が【天上の揺籃(アルスガル)】に特攻してから、お姫さまの遥か頭上に姿勢制御をしながら常に存在するものがあるのよ」


「【極光の世界樹(アインソフオウル)】……」


「その通り、これなのよ!」



 アシュリーンの声に連動し、それはメインディスプレイに映し出された。



「地上観測カメラじゃいまいちわからないから、三次元立体像に切り替えるのよ」



 確かに、真下から映し出されたものはなんだかわからなかったけど、映像はすぐに宇宙空間に浮かぶ巨大な樹木を横から見た角度に切り替わった。


 宇宙から見た地球の輪郭にかかる巨大樹。


 真空であるにもかかわらず豊かに広がる枝には緑色の葉が生い茂り、同様に広がる根はドーム状の建造物を抱え込んで空の彼方に存在した。

 大きさは比較対象がないからわからないけど、抱え込むドームがあれ(・・)だとしたら、幹の太さだけでも直径が数十キロにまで至るほどだ。


 長期に渡る内部循環のため、宇宙船の船体を樹木で構成するという研究があったけど、まさかそのものをこうして見ることになるとは……。



「あの半円の建造物が“御所”か……?」


「今はそう呼ばれているようなのよ。高度四百キロメートル、グランディータが守っていた【極光の世界樹(アインソフオウル)】の保管庫、それがこの真上にあるのよ」


「私の上に神器が……」


「テレイーズの固有能力にとって距離は意味のないものだけど、誰がやったのかあの位置はすっごく都合がいいのよ~」


「つまり、反射衛星の代わりに活用するということか……!」



 アシュリーンは操作卓に手を置いたまま身動ぎのひとつもせず、それでも表情だけはにんまりと笑った。



「カイトしゃん、すこーし違うのよ。御所、元は“極上位異質物隔離保管庫”と呼ばれた施設だけど、要はあれを座標軸に指定構造物を神器で形成して欲しいのよ」


「そんなことが私にできるの……? それも遠く離れた場所に……?」


「やって欲しいのよ。カイトしゃんはお姫さまを心の底から信じてる、ならアシュリンもお姫さまのことを信じてこの作戦の要を託すのよ」


「う……そんな言い方はずるいわ……」

「ふふり、アシュリンは遠い昔からずるい女なのよ」



 アシュリーンの説明でやることはわかったけど、種の固有能力による物体の具象化はどんなに離れても数十メートルが限度だ。

 四百キロメートル上空は誰にとっても未知の領域。リシィの能力がいくら距離は関係ないとしても、前例がない以上は成功の可能性が限りなく低い。


 本当にアシュリーンはずるいな……。『信じている』なんて都合のいい言葉の身勝手さを、僕はいまさらながらに痛感する……。


 それでも……それでも、信じずにはいられないのも確かなんだ……。



「……私の力も使って」

「……アサギ?」



 逡巡するリシィに、アサギが強化外骨格パワードエクソスケルトンの頭部装甲を開いて顔を見せ告げた。



「……種の固有能力による事象干渉は……個人が思い描く心象の他に、他人の観測によってもさらに強く現界するとお父様に教えられた。……なおさら、一人では不可能なこともより多くを束ねれば可能となるかもしれないわ」


「……アサギは……時折、驚くほど饒舌になるわよね」

「……別に……元から無口だったわけではない」



 先日、リシィのことが嫌いだと告げたアサギ。


 だけどそれは、僕がリシィに縛られていたからだけでなく、自分の前からいなくなってしまった母親に対する思慕の念が、子ども心に思い煩ううちに反転してしまったからではないだろうか。

 アサギは何も言わないけど、一緒に旅を続けたことでわだかまりも少しは薄れたのかもしれないな……。



「姫さま、私にもほんのちょびっとですが、姫さまと同じ血が流れてますです。お役に立てるかわかりませんが、私も一緒にがんばりますです……!」


「テュルケ……」



 そうして、リシィの瞳の色が変わった。


 世界の根源に通じ、無からも創世をもたらす始まりの色、黄金の光――極光。


 彼女の芽生えた強い意志に反応したのか、空の彼方に浮かぶ巨大樹も黄金の光を放ち、今なら地上からでもその目映い様子が観測できるかもしれない。



「【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】を止めるためには、ここで力を振り絞らないと何ひとつ改善しないまま多くが蹂躙されてしまうわよね……。いいわ、やりましょう。力の限りを尽くし、神代より続いた怨嗟の呪いを今ここですべて断ち切るの」


「ああ、“龍血の姫”の騎士として、僕も君と世界のために槍を振るう」



 僕の伸ばした左手をリシィは右手で取った。



「ん、跪かなくてもいいわ、あなたは私と並び立つ大切な存在ひとだもの。ずっとこの手を離さないでいてね、カイト」


「もちろん、死が二人を分かつまで決して離さないよ」


「……」

「……?」


「んーっ! 縁起でもないことを言わないでっ!」

「えっ、おわっ!? そ、そう言うつもりじゃないんだけど、ごめんなさいっ!?」

「いつか、ほんの少し離れることになっても、次代の生でも一緒がいいんだからっ!」



 そ、そうだよな。この時代には輪廻転生というか、失われた命は神脈に還り巡り巡って新たな生を授かるという概念がある。


 たとえ今の僕という存在が消えてなくなったとしても、新たな僕が新たなリシィと巡り合い永劫に続いていくのなら、これ以上に幸せなことはない。


 ならば、そうであることを心より望もうじゃないか。



「うん、どんな生を授かっても僕はリシィを探し出す。いつまでも、大切な君と共に」


「ん……さ、最初からそれでいいのよっ!」



 リシィは頬を赤く染めそっぽを向いてしまったけど、それでも口を引き攣らせて思わず微笑んでしまうのを我慢しているようだ。


 ――笑わない龍血の姫。


 僕の願いは最初から最後まで、彼女が笑っていられるようにと、ただそれだけ。



「はいは~い、隙を許すとす~ぐにイチャコラするのはいい加減にしやがれなのよ~。お姫さまはこっち、構成物質の概要と大まかな形状を教えるから覚えるのよ~」


「あっ……ご、ごめんなさい……」


「カイトしゃんは少し黙っとけなのよ」


「あっはい……」



 そうして、手持ち無沙汰な僕を放置し、反射衛星を神器で形成するための講義がアシュリーンによって始まった。


 リシィはディスプレイを真剣な表情で覗き込み、情報を頭に叩き込んでいる。


 僕とテュルケとアサギは、ただただ終わるのを待つだけだ。




 ―――




「それじゃ、あとはよろしくなのよ。現在、【重霊子力衛星軌道(アメノムラクモ)掃討射砲(ノツルギ)】の修復率は六十パーセントまで到達。アシュリンは引き続きここで稼働を押し進めるのよ」



 もう少し時間がかかるかと思ったけど、情報伝達は五分ほどで終わった。


 リシィはアシュリーンから腕時計のような、三次元立体映像ホログラフ投影機能を持つ通信機を受け取り、あとは現地で微調整しながら【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】に対する。


 奴を止めるためには、何もかもを塗り替える“黒泥”に同様の力で干渉し続け、その間に“核”となる神龍テレイーズを救い出さなければならないだろう。


 その方策は、やはり人が人に向ける“想い”こそが鍵だ。



「アシュリン、何から何までありがとう。エウロヴェに対した時も、今回だって君がいてくれなかったら……」


「カイトしゃん、これはアシュリンたち神代に生きた存在が残したツケなのよ。それを託されたのは、まずこの【天上の揺籃(アルスガル)】マザーオペレーティングシステムたる“アシュリーン”だから、謝る必要はないのよ」


「それでも、私からもお礼を言わせて。アシュリン、ありがとう」

「ですです! アシュリンさん、終わったら極上のお茶をご馳走しますです!」

「……ん、お父様を支えてくれて感謝している」


「寄ってたかってそんなに言われると、なんか胸の辺りがむずむずと……エモーションプラグインの実装当時を思い出すようなのよ……。み、皆しゃんのことは随時モニターするから、精々アシュリンのことを頼りにするがいいのよ!」


「ええ、頼りにするわ。終わらせましょう」


「ああ、行こう」

「はいですです!」

「……了解」


「コアシステム“アシュリーン”起動、本機はこれより最高度戦闘管制に移行します」



 管制室から出る僕たちの背後で、アシュリン(・・・・・)アシュリーン(・・・・・・)に切り替わった。


 もはや、僕たちがこれから進む道に世界崩壊の可能性は微塵たりとて存在しない。

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