第九十九話 神代遺構【重霊子力衛星軌道掃討射砲】
単独で飛行可能なアサギとアシュリーンの力を借り、僕たちはいくつかのエレベーターシャフトを経由してかなりの地下深くまで降下した。
今はより暗くなった通路をアシュリーンのあとを追って進んでいるけど、何度も右折左折を繰り返しすでに帰り道はわからない。
「管制室はずいぶんと下層にあるんだな」
「上部構造物はほとんどが砲身なのよ。もとは全長千五百メートルの超長砲身霊子力収束砲だったけど、現在は砲先端が三百メートルほど損失してるのよ」
「撃てるのか……?」
「撃てるのよ。施設が稼働できるかどうかのほうが問題なのよ~」
「アシュリンが言うのなら砲身は大丈夫として……残る懸念はこの地の神力をどれほど消費してしまうかだけど……」
「その問題は解決済みなのよ。来る途中で通信ポッドを撒いたから、ルテリアのヘルムヴィーゲとも繋がっていて【虚空薬室】との接続を確保できるのよ」
「な、なるほど……。アシュリンは頼りになるな……」
「ふふり、もっと褒め称えるがいいのよ~!」
アシュリーンは今となっては柔らかい生体の胸を張り、器用に上体だけをひねって得意満面の表情だ。
人工の美貌とはいえ、切り揃えられた揺れる黒髪と豊かな感情を見せる流し目に、僕は思わずドキリと心臓を跳ねさせてしまう。
ただ、彼女はコアシステムと接続していないと結構やらかすから、その辺りは充分に注意して穴を埋めることとしよう。
「アシュリンとの話はいつも難しいけれど、どうにかできると言うことかしら……?」
話が一区切りついたところで、僕の袖を握ったままのリシィがぽつりと呟いた。
逆隣ではテュルケが右腕にしがみついているから、ひとけの途絶えた暗がりが苦手な彼女たちの様子に、第九深界層の廃墟にいた頃を思い出してしまう。
「砲身と燃料は大丈夫そうだけど、肝心の動力設備が稼働しなければ……という状態らしい。長い年月を形だけでも維持されていたことがまず驚きだ」
「だからこそ聖域とされたのかしら、今の私たちの技術や知識では維持することすらできないもの。内部の様子は、想像していたものとはずいぶんと違うけれど……」
「まあもとが兵器だから、本来は聖域とは真逆にあるものだ」
「これでは子ども心に見る夢も台無しにされてしまうわ」
「私はもっとキラキラしてると思ってましたぁ~」
そんなことを話しているうちに、今度はエレベーターシャフトではなく広間に出て、アシュリンがライトで照らす先にひときわ頑丈そうな扉を確認できた。
「あそこなのよ」
「防衛設備は大丈夫か?」
「データベースによると、百二十年前の保全ログが最後の稼働なのよ」
「割と最近まで動いてはいたんだな……」
確かに、アシュリーンがシステムに介入するまでもなく、ここまで稼働する防衛設備に遭遇することはなかった。
おかげで安全に進むことはでき、隔壁なんかはアサギが強化外骨格でこじ開けたけど、たどり着いた管制室の扉はさすがに頑丈そうだ。
「よし、時間もない中に入ろう」
「アサギさん、今度は一緒にやるのよ! タイプヴァルキリーの底力を見せつけて、さらにカイトしゃんをアシュリンの虜にするのよ!」
「……」
「……」
息巻くアシュリーンに対し、僕とリシィは無言だ。
たぶん考えていることは違く、僕は人力だったことに言葉が出なかっただけで、リシィは……なんだかチラチラと横目で見上げてくることから、アシュリーンの言動に対する僕の反応を窺っているのかもしれない。
「リシィ、僕はアシュリンの虜にはならないよ?」
「んっ!? な、ななにを突然……わ、わかっているわ!」
「おにぃちゃんは姫さまの虜ですから、姫さまも安心ですぅ~」
「んんっ!? テュ、テュルケまでこんな場所でからかわないでっ!」
「別にからかってはいないけど……」
「わかりきったことですです! ねー、おにぃちゃんっ!」
「ねー」
僕はとりあえずテュルケに相槌を打ったけど、リシィはそれでも不満な様子だ。
そんなことをしている間にも、アサギとアシュリーンは管制室の扉に近寄って力任せにこじ開けようとしている。
遺構とはいえ神代の隔壁、それも重要施設の管制室だから耐圧耐爆の仕様くらいはあると思うけど、やはりアシュリーンはどこか抜けている。
「ふんぬーっ! なんなのよかったいのよっ! 開けなのよーっ!」
「……無理」
「カイト、お願い」
「ああ、二人とも僕が開けるよ」
二人には退いてもらい、僕は【星宿の炉皇】を顕現し扉に干渉する。
無から有を生み出す“創物”の力。当然それは有を無に還元することも可能で、鋼鉄の隔壁は光槍に触れて間もなく砂鉄となり崩すことに成功した。
「さすがはカイトしゃんなのよ……。データベースにない未確認の神器の使い手……アシュリンは改めてホの字なのよ……」
「う、うん。無駄に時間がかかってしまったから急ごう……」
―――
――【重霊子力衛星軌道掃討射砲】、中央管制室。
そこは今となってはもう珍しくもない光景で、構造的には陸上母艦の管制室に似て三層になった横長の大部屋だ。
地球規模の統合政府が樹立してから規格統一が図られたという話だから、単一の部品から設計まである程度の部分が共通なのは当然だろう。
すぐにアシュリーンが操作卓に触れ、明かりが灯った大小様々なディスプレイの数は簡単に数えても百を超える大規模な司令室だ。
「少し待つのよ。システムチェック、エラー。設備状況は多くがコンディションレッド。これはすぐにどうにかできるレベルじゃないのよ~」
「なんだって……。フザンを発ってから、かれこれもう一時間は過ぎてしまっている。 【黒泥の龍皇】が大龍穴湖を渡り切る前にどうにかできないのか……?」
「現在、システムの迂回路を設定中、幸いにも施設維持防衛用“対亜種汎用機兵”の三割が稼働可能なのよ。今再起動して修理に向かわせてるのよ」
アシュリーンの言葉を証明するように、最初はすべてが砂嵐だったディスプレイは次々と正常な画面表示を取り戻していく。
とはいえその数はまだ一割にも満たず、正面のメインディスプレイは変わらず砂嵐のまま何も映していない。
「めんどうなのよ! システムに直結して演算領域を共有するのよ!」
それまで忙しなく操作卓を叩いていたアシュリーンは、そう言うと動きを止めた。
「アシュリン、大丈夫なのか!?」
「アシュリンは元々【天上の揺籃】のマザーオペレーティングシステムなのよ! 共通規格の、それも下位のOSに後れを取るつもりはないのよ!」
そうして、管制室内の稼働状況は目で見てわかるほどに加速した。
ただ彼女をもってしても完全ではない。耐用年数を遥かに超過したハードは突然の通電で火を噴き、僕たちやすぐに駆けつけたボロボロの忌人が消火に当たる。
それでもアシュリーンは至って真剣な表情でシステムに干渉し続け、やがてディスプレイの六割が復旧したところで、正面の壁一面に備えられた大きなメインディスプレイにも情報が表示されるようになった。
そこには各種データの他に施設内カメラの様子も映し出されていて、停止から動き出した忌人が駆けずり回っている様子を確認することができる。
まさに今、施設全体を突貫工事で整備中。直せるものは直し、直せないものは配線を変えて迂回し、彼女は【重霊子力衛星軌道掃討射砲】を稼働させるために相当な無理をしてくれているんだ。
「もうひとつ重要なことが確認できたけど、現在の状態で地上射は不可能なのよ」
「えっ!? それだと意味がないじゃないか……!?」
「そもそもが衛星軌道に地対宙超長射程攻撃をするための砲なのよ。地上にまで侵攻した邪龍に対し十二基の反射衛星が用意されたけど、撃墜十、行方不明ニ、今はもう一基も残されてないのよ。射角も上方三十度が限界、無茶を言うななのよ」
くっ、よく考えずともわかりきったことだ……。
「だけど、それでも可能性があるからとここまで来たんだよな……!?」
「ふふり当然、このアシュリンを見くびったらいやんなのよ! ただし、それにはお姫さまの協力が必要なのよ!」
「私……?」