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第三十四話 誘われる者たち

「それで、表にまで連れ出して何ですか?」

「や~んつれない~、少しお姉さんとしっぽりしない~?」



 あの後、皆が腰を下ろしたのを見計らってか、突然思い出したかのようなアケノさんに僕だけ座敷から連れ出された。


 今いる場所は『鳳翔』の中庭だ。雅な雰囲気を醸し出す日本庭園、隣にいたのがリシィだったのなら様になっていただろう。



「帰っても良いですか?」

「やだ~、怒らないで~?」


「サクラを呼びましょうか?」

「ここで話すことはオフレコにして欲しいのよ」



 ちょろい!?



「……と、言うと?」

「焦れったいのは恋愛だけで良いから、単刀直入に聞くけど……カイトくんさ、あの日に“声”を聞いたでしょ?」



 ……っ!?


 “声”と言ったら、奴ら(・・)のことしか思い浮かばない。そして、僕はまだそのことを誰にも告げていない。その内、話す必要はあると思っていたけど、何と伝えたら良いのかわからなかったからだ。


 “三位一体の偽神”……あんな良くない存在には、少しでも関わって欲しくない。



「僕からも単刀直入に聞きます。それは、どこの情報ですか?」


「はっはーん、やっぱり聞いてるんだ。私としては確認が取りたかっただけだから、特に何かあるわけじゃないよ? 今年になって保護された来訪者四人の内、先に調書を取った二人が同じこと(・・・・)を証言しただけ」


「つまり……」

「その二人も、あの日に“声”を聞いた」



 まさか、僕以外にも“三位一体の偽神”の声を聞いた人がいる!?

 衝撃、急激に全身を駆け巡る悪寒に鳥肌が立ち、背後から三つの目玉と唇だけの化物が覗き見ている錯覚に陥る。


 最悪を想定しても、更なる最悪が超えてくる……。文字通りの最悪だ……。



「カイトく~ん? どうしたの~?」

「いえ、大丈夫です。残りのもう一人は?」

「もう一人はこれからだから、今は何とも言えないけど~、まあ十中八九は聞いてるだろうね。お姉さんの女の勘ってヤツ!」



 だろうな……ここまで来ると、今年に保護された来訪者は、僕以外にも全員が全員“招き寄せられた”と想定しておくべきだ。

 “三位一体の偽神”の正体がわからない以上は、目的については憶測することも出来ないけど、与えられた情報以上の可能性を想定しないとダメか……。



「ふぅん……カイトくんさ、君はその“声”にあまり良い印象がないみたいね?」

「その話し振りだと、他の来訪者は良い印象を持っているようですが……」


「私が直接会って話したわけじゃないけど、すんごい恍惚の表情で祈りを捧げてたらしいよ? 『おお、我が神よ~』って」



 それは不味い。あんな得体の知れないモノを信仰するなんて、最悪は同じ地球人が敵に回る(・・・・)可能性まで出てきた……。

 だけど何故、そこまで認識の違いがあるんだ……信仰の差……いや、奴らなら人の認識さえ操ったとしても……僕に影響がないのは何故だ……?



「アケノさん、アレは“良くないモノ”です。他の来訪者の言い分がどうであれ、この腕の神器を僕に与えるために、多くの犠牲を積み上げたんです」



 右腕の篭手を、リシィの神器を、胸の前に掲げる。

 流石にこれには、アケノさんも眉根をひそめて真面目に観察している。


 “三位一体の偽神”は、決して祈りを捧げるような存在じゃない。



「アレは人に寄り添わない存在です。もしそれが“神”を名乗るなら、僕は“神”を否定します」


「ふぅん……貴重な意見をありがとう、カイトくん」



 アケノさんは口をへの字にして、顎に手を当てて何かを深く考え始めた。

 やはり、伊達に行政府に勤めているわけじゃないんだ。おちゃらけた態度も恐らくは演じている部分が大きい、彼女のペースに飲み込まれないようにしないと。


 要するに、“曲者”なんだろうな。



「アケノさん、他の二人も神器を?」

「それはないよ? 神器なんてそう転がってないから、固有能力は得たみたい」



 神器はリシィが偶然・・傍にいたから……?

 いや、偶然・・出会ったのが僕だった(・・・・)が正しいのか……?

 それとも、僕だけ“神”の認識に差があることに理由があって……。


 わからない……現状では手詰まりだけど、少なくとも偶然・・だとは思えない。



「カイトく~ん」

「はい?」

「お姉さん、急用を思い出したから帰るね~」

「はっ!?」


「あ、大丈夫。ここのお代は行政府が持つから、好きなだけ注文してって」

「いえ、そう言うことじゃなくて……」


「あれあれもしかして~、お姉さんと離れたくなくなっちゃった~?」


「お疲れさまです!」



 僕は変に状況が悪化する前に、全力でお辞儀を返した。



「ま、カイトくんさ、その“声”は私も“良くないモノ”だと思うんだよね。人の意思の向かう先を、勝手に弄られるのは嫌っしょ!」



 アケノさんは二本指で空を切って、妙なオーバーリアクションをした。

 何故かテヘペロ顔でウィンクまでしているので、話の内容の割には軽い。



「じゃね~。ちゅっ」



 更にアケノさんは、去り際に投げキッスまで放ってきた。

 打ち返したい心境だけど、これは反応したらダメな予感がする。

 颯爽と歩き去る後ろ姿なら、キャリアウーマンに見えないこともないのに。



「おうっ、アケノォッ! 何だもう帰るのか? 久しぶりに顔出したと思ったら、飯ぐらい食ってけば良いのによ!」

「やだあ、ゼンジおぢさまったら~。私だって忙しいのよっ、ごめん遊ばせっ!」



 まずい、全力で逃げた方が……あ、目が合った。手遅れだ。


 アケノさんの去り際に言葉を交わしていた男性が、僕を目聡く見つけてこちらに向かってきた。

 歳は四十代くらいだろうか、大柄で体格はかなりの筋肉質、角刈りで板前の風体はどう見ても日本人だ。この人が、ユキコさんの旦那さんで間違いないだろう。ねじり鉢巻がベタだけど、とても似合っている。



「おうっ! お前が久坂 灰人か! で、何が好きだ?」



 脈絡ー!? いきなり脈絡が行方不明なんだけど!!

 突然肩を組まれて抵抗を封じられ、日本語なのに話もわからない。


 こ、これは、少し強烈な人が多すぎやしませんか……。



「あの、貴方は……ユキコさんの旦那さんで、よろしいですか?」


「お、おお……おお! 俺は早川ハヤカワ 善治ゼンジだ! いつもサクラから聞いてたから、どうも他人と思えなくてな! すまんすまん!」


「はあ、よろしくお願いします。久坂 灰人です。それで、『何が好きだ?』とは?」

「おお、好きな食い物は何かって聞きたかったんだ。いつもユキコに『主語がない』って怒られるからよ、すまんすまん!」



 料理人の性分かな……しかも、答えるまでは離してくれそうにない。



「卵料理は何でも好きですね。好物は親子丼です」

「おう、わかった! サクラたちの注文はもう聞いたからよ、好きなだけお代わりして行ってくれ! お代の請求はアケノだぁっ!」


「おうっふっ!? そそ、それは勘弁してください! だってあの人、そんなことしたら絶対に殴り込んできますよね!?」



 宿処に嵐が吹き荒れるのは勘弁して欲しい。

 ああ……でも、サクラが満面の笑みで追い返しそうだ……。

 何にしても、行政府が持つと言っていたのだから、それでお願いしたい。


 うーん……異世界に来ると、強烈な個性になってしまうのかな……。




 ―――




「カイト、お帰り」

「カイトさん、お帰りなさい」

「お帰りなさいですです!」

「フグー!? モグモグガツガツウマウマ」



 座敷に戻ると、既にサクラたちが注文した料理が机に並べられていたけど、まだ誰も手をつけてはいなかった。


 若干一名を除いて……。



「ごめん、先に食べてもらって良かったのに」

「いえ、今運ばれて来たばかりですから、大丈夫ですよ」



 その割には、アディーテの周りに空き皿が積み重なっているけど……。


 座敷は、どこからどう見ても日本そのものだ。畳からはまだい草の香りがして、料理から漂う良い匂いとともに、穏やかな空間を提供してくれている。

 机の上に並べられているのは、とりあえず頼んだと見られる刺し身や天ぷらの大皿ばかりだ。天ぷらはテュルケの達ての願いか、宿処で始めて口にしてからとても気に入ったみたいだから。



「それで、先ほどの女性は?」

「急に用事を思い出したらしく、先に帰ったよ」



 リシィが何やら、少しツンとして横目に聞いてきた。



「その……何か、彼女と話したの……?」

「ああ、この前の墓守襲撃時のことを聞かれたんだ。慌ただしく帰っていったから、それくらいしか話せなかったけどね」

「そ……そう……」



 “三位一体の偽神”のことは隠したくない。だけど、まだその時期でもない。

 リシィにはまず、竜角を取り戻すことに専念して欲しい。話すとしたらその後だ。


 とりあえず今は、一時の食事風景に水を差すのは無粋だよな。

 穏やかな時間は、穏やかなままに過ごして欲しいんだ。

 どうせ直ぐに、僕たちは迷宮に向かうことになるんだから。


 なら今は、この時間を精一杯に堪能しよう。



「みんな、それじゃ食べようか」


「ええ、そうしましょう」

「はい、ご飯をよそいますね」

「えへへ~、お腹ぺっこぺこですです~」



 くっ、テュルケをお持ち帰りしたい気持ちがわかってしまう! 悔しい!

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