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第九十五話 王城への帰還

 ◇◇◇



「そうだな……アサギは、僕とリシィの娘だ」



 ……


 …………


 ………………


 カイトは……何を言っているのかしら……。


 アサギはどう見ても私たちと同年代、一目瞭然であるはずがない……。

 それに私には、け、経験だってないもの……さすがにこれでは動揺しないわ……。


 ひょっとして、これから王城に向かうことを気にして、冗談で緊張を解そうとしてくれたのかしら……。そうね、そうに違いないわ……。

 多くの臣下だけではない、お兄様とも顔を合わせることになるのは確かだから、きっとカイトは私を気遣ってくれたのね……。


 他にもっとましな冗談はあったと思うけれど、その心遣いだけは嬉しいわ。



「カイト、ありがとう」


「えっ!? なんでお礼を……」


「王城に向かうのに緊張する私を気遣ってくれたのよね。少し驚かされたけれど、カイトの気遣いには嬉しく思うわ。そのお礼よ、ありがとう」


「ふぇっ!? ビックリしましたですぅ……そうだったんですかぁ」

「え、あ……はは、そうだね、普通はそうなるよなあ……ぶつぶつ」



 むしろ驚いていたのはテュルケね。彼女は困惑して私とカイトを交互に見ていたけれど、今はなぜか残念そうに胸を撫で下ろしている。


 ……ん。けれど、いつかそうなれたら……や、やだ、今はそんな余計なことを考えている場合ではないわよね! わっ、私たちにはまだ早いわっ!


 そ、そう、これからお兄様と顔を合わせることになるのだから……。



「おかげで緊張も解れたから、アサギがどうして私の金光を増幅することができるのか、今は正確なことだけを教えて? ね、カイト」


「あ、ああ……。要するに、僕と似た存在と認識してもらえれば……」

「それは、神代から過去に飛んだ龍血を受けし者の末裔、ということかしら」


「そんなところかな……。僕と違うのは、グランディータではなくテレイーズの龍血を受け継ぐということだ。神器を顕現することはできないけど、そんな理由からリシィの神力とも親和性がある。まあ、実際に身内のようなものなんだ」


「不思議とアサギにはずっと親しみを感じていたけれど、ようやく合点がいったわ。けれど、それなら姉妹のほうがまだ騙されたかもしれないわ! む、娘だなんて……荒唐無稽もいいところよっ! やぶさかではないけれど……」


「え? 最後はなんて?」

「なんでもないわっ!」

「はいっ!?」



 いけない、少し油断すると彼との幸せな未来を想像して表情にも出てしまうわ……カ、カイトが冗談でも変なことを言うから……。


 けれど、今は夢を見るよりも、目の前の脅威をなんとかすることが先よね。


 【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】……神龍テレイーズから生じた邪龍の残滓……。

 今はもう彼女の存在を感じることはできない……。黒泥の中に溶け込み、完全に一体化してしまっているのなら……助けるためには……。



「カイト、神龍テレイーズをどうやって黒泥の中から救い出すの……?」


「……リシィは、僕を『愛している』と言ってくれた。その想いは変わらないか?」


「んっ!? んんっ!? なっ、なにを急に言い出すのっ!」

「いや、試すようでごめん。これでも真剣な話だ、正直に答えて欲しい」



 カイトは茶化すわけでもなく、本当に真剣な表情で私を見詰める。


 貨物室には私たちの他にテュルケしかいないから、答えても大丈夫よね。

 彼女は固唾を飲んで見守っているけれど、も、もう知られているもの。



「ん……変わらないわ。先ほどだって、思いもせずについ口付けを……」


「リシィ、ごめん。その想いを利用させてもらうことになる」

「え……それは、どう言う……」


「人の心にとって、“愛情”とはもっとも強い感情の発露だ。だからその想いを繋ぎ(・・・・・)、我を失った神龍テレイーズの自我を浮上させて(・・・・・)救い上げる(・・・・・)


「そ、そんなことが……できるの……?」

「やるさ。だから、利用することになって本当にごめん」


「ううん、いいの。私の想いが力になるのなら、いくらでもカイトを想うわ!」



 つ、ついカイトの息遣いが聞こえるような距離にまで詰め寄ってしまったけれど、その途端に彼は真剣な表情のまま視線だけを泳がせた。

 私も、自分でも驚くほど素直に返していることに気がつき、無意識に触れていた彼の体からすぐ身を離して視線を床に向けてしまう。


 幼女化していたのをいいことに、ずいぶんと長いこと彼に甘えてばかりだったから、なんだか今でも私が私でないような心の在り方だわ。


 は、恥ずかしい……。



「えへ、なんだか姫さまとってもとっても嬉しそうですです!」

「そ、そんなことっ、あるわけ……いえ、素直になれるのは嬉しく思えるわね」

「えへへっ、お二人ともお顔が真っ赤ですですぅ~」


『あのぉ~、お取り込み中のところ失礼するのよ~。着陸態勢に入るから姿勢を安定させて欲しいのよ~。警戒されてるから強行になるのよ?』


「えっ!? それはそうだ!」



 はっ、そ、そうよね。私たちはもう馴染みがあるけれど、こんな得体の知れないものが空から下りてきたら王城は臨戦態勢になるわ。


 すぐに降りて私がいることを皆に知らしめないと……大丈夫かしら……。



『強行突入なのよ~っ!』




 ―――




 急降下の揺れが収まり、最後にひときわ大きな着陸の衝撃が伝わると、輸送機の後部が上下に分かたれて大きく開いた。



「カイト、私から出るわ」

「ああ、ここはさすがに任せるよ。ただし……」

「ええ、何かあれば守ってくれるのよね。信じているわ」



 そうして私は、カイトとテュルケを連れ立って表に出る。


 そこは、昔は当たり前に通り過ぎた王城の外門から入った前庭。

 周囲には見栄えばかりを良くしようと豪奢な彫刻が飾られ、色とりどりの花園が一面を覆い尽くし、高い壁に囲まれた様子は今となっては狭い箱庭にしか思えない。


 外門から内門の間は無駄に広くて三キロはあるけれど、世界の広さを知ってしまった私には、ここがただ偽りの豊かさを主張する張りぼてにしか見えないの。



「姫……様……!?」

「ま、間違いない……姫様だ……!」

「鋼鉄の箱から姫様が……!?」



 私たちが下りたのは前庭のちょうど中央辺り、やはり幅広く無駄に飾り立てられた大通りのただ中に花びらを巻き上げて着陸していた。


 周囲はすでに騎士たちが取り囲み武器を構えていたけれど、私が姿を見せるとすぐに切っ先を逸らして隊列を整える。


 そう、今でも私は、彼らにとって“龍血の姫”のままだったのね……。



「皆、出迎えに感謝するわ。これはそうね……“飛翔船”、人を乗せて空を旅することのできる神代遺物だから警戒しなくとも大丈夫よ。今、帰還したわ」


「リシィティアレルナ姫殿下に、礼!」



 私の半ば誤魔化すような挨拶に、騎士たちは一糸乱れない敬礼で返した。

 さらに周囲には、騎士だけでなく侍従たちも続々と集まってきて、私を認識すると皆一様に驚きながらもその場で跪く。


 私は対外的には病床に伏せっていたと聞いていたけれど、そのことが城内でどう広まっていたのか彼らからは伺い知れない。


 少なくとも放逐されたわけではないのは、強行にならずに済んだわね。



「ええと……あなたがここの部隊長かしら?」

「はっ! 第一城門守備隊隊長、ゼラハ ウォーンド上等騎曹長であります!」

「覚えておくわ。それで、ヴォルドールはもう戻ったかしら?」



 私は緊張で震える手をそうと見せないように、それらしく(・・・・・)振る舞う。



「はっ、ありがたき幸せ! アラドラム将軍でありますと、ほんの少し前に驚くべき速度で通り過ぎて行かれました。あのお方があのように急ぐとは……」


「変わらずの健脚のようね……。ありがとう、私たちはすぐ玉座に向かうわ。この飛翔船はまだ使うから、誰も近づかないように警備を任せるわ」


「なんと勿体ないお言葉……! 姫殿下直々の勅命とあらば、第一城門守備隊の総力をもって警備に当たらせていただきます!」



 ウォーンド上等騎曹長は見事な敬礼を返し、他の騎士たちも彼に追従する。


 久しぶりに姿を見せてどうしても後ろめたい気持ちはあるけれど、今はアマ……アメムラ……“白樹城カンナラギ”を目指さないと。


 聖域ともなる白樹城に入るための入口はただひとつ、玉座の真後ろ。

 そう、どうしたところでお兄様と顔を合わせることになる……。


 私は今、短くも長い年月を経て王城に帰還した。

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