第九十四話 にゃんにゃにゃ~っ!
湖岸防衛線はさらに勢いを増す墓守の群れに押されて混戦となった。
至るところで神力のさまざまな色が煌めき、ベルク師匠が指揮を引き継いだ探索者たちも、ルシェが指揮する竜騎士隊も、皆が息巻いて迎撃に当たる。
だけど、水際は順調に残骸が増えるものの、墓守の数は増え続けるばかりだ。
「ノウェム、上!」
そんな最中、リシィが滞空中のノウェムを見上げながら声を張り上げた。
「ぬっ!?」
弾丸の雨とともに彼女と交差したのは、巨大な翼を広げた影。
ノウェムよりもさらに上空からの強襲に肝を冷やしたものの、“転移”能力を持つ彼女に空戦機動力で勝るものは早々にいない。
今の交差も難なく避け、そいつが身を翻し再び舞い上がる様を見送った。
「カイトしゃん、あいつら光学迷彩機能があって直近まで感知できないのよ! ついでに高度な消音器まで実装されてるとか、やばやばなのよ~!」
「今、あいつらと言ったか!?」
アシュリーンの見上げる先で悠々と飛ぶのは、プテラノ……いや、ケツァルコアトルスを模した翼竜型墓守だ。
大きさは巨鷲よりも小さく体長六メートル程度、翼開長が二十メートル弱はあるけど、今は一切の音どころか攻撃されるまで姿が見えなかった。
そしてアシュリーンが、『あいつら』と複数系で告げたということは……。
「リシィッ、上空に弾幕を!」
「金光よ収束し幾百幾千の流星雨となれ!」
リシィの光翼から上空に向かって数えきれない光線が放たれる。
そうして、金光の流星雨は避けることも困難な高密度の弾幕を形成し、音もなく空に潜んだ存在を月明かりのもとに晒し出した。
「この数がいつの間に……!?」
「目視は不可、アシュリンでも識別に時間がかかるほどなのよ~!」
夜空には幾度となく月光を横切るケツァルコアトルス型墓守が数十体。
「よくこの空を降下できたな……!?」
「それよりも、この状況ではここを離れることもできないわ!」
「間一髪、入れ違いだったのよ~! 対応はブリュンヒルデと、もう一人……」
「私も推して参った甲斐がありましたわ」
聞こえた声に視線を向けると、そこにはいつの間にか女性が佇んでいた。
「え、エリッセさん……?」
「お久しぶりですわ、リシィ様、カイト様。対空でしたら私の出番ですわね」
戦場にいてもなお涼やかな双眸は変わらず、今となっては懐かしさを感じてしまうギルドの礼服に身を包んで微笑むのは、確かにエリッセさんだ。
「エリッセも来てくれたのね!」
「ええ、グランドマスターの席をルニに譲りましたけれど、ギルド職員として、個人としても皆様の旅を見届けたいと思いましたの」
「エリッセさん、助かります……!」
「お礼は必要ありませんわ」
エリッセさんはそう言うと腰に下げたレイピアを抜き、右腕を限界まで引いて突きの体勢を取った。
彼女の超長距離遠距離攻撃技、じかに見るのは始めてだ。
「にゃんにゃにゃ~~~~~~っ!!」
だけど、続いて放たれたのはエリッセさんの技ではなく、ポムの雄叫びだった。
雄叫びは大気を震わせ、木霊を返しながら樹海の彼方にまで響き渡っていく。
いや、木霊ではない……どうも別の存在の鳴き声が返ってきているようだ。
「これなら充分ですわ! 絶技【火守の戴嵐】!!」
何が充分なのかはわからないけど、エリッセさんは渾身の突きを放った。
その動きは極限まで洗練されたものとはいえ、どう見ても近接攻撃でしかない。
にもかかわらず、レイピアを通して神力を放出したのか、剣先から粒子砲にも似た緑色の閃光が放たれ、翼竜型が複数体重なる瞬間を貫いてしまった。
さらには、樹海からも青色の閃光が幾筋も打ち上がる。
「……なっ、なんだ!?」
エリッセさんの【火守の戴嵐】に続き、予想だにしなかった対空攻撃は夜空に網の目を張り、無数に存在したケツァルコアトルス型墓守は湖に残骸を降らす。
「お姫さま、ひょっとしてこの地にはあれのあれが存在するのよ?」
「え、ええ、樹海の中にぽむぽむうさぎの集会場があると聞いているわ……」
「ぽむっ……えっ……!?」
――ズズンッ! バキバキバキッズズズンッ!
驚く間もなく、大龍穴湖とフザンを取り囲む辺り一帯の樹海から、もふもふで真っ白な毛に覆われたまん丸い巨体が姿を現した。
「にゃにゃ~~~~っ!」
「にゃにゃ? にゃ~~っ!」
「にゃんっ、にゃ~~~~~~っ!!」
「「「にゃにゃにゃ~~~~~~~~っ!!」」」
これは、夢でも見ているようだ……。
ポムの呼びかけで、湖畔になんとも緊張感のない鳴き声が木霊する。
だけどその実、姿を現したのは大小さまざまな大きさのぽむぽむうさぎの群れ。
その数は数十体に及び、ポムと同じ数メートルのものから、中にはひときわ巨大な個体まで存在し、その大きさは三十メートルを超えるほど。
つまり、先ほどの対空攻撃はすべてが“にゃ”ということか……!
「くぅ~、アシュリンたちよりもおいしいところを持ってかれた気がするのよ~! だけど、ぽむぽむうさぎはかつての十二神獣“百獣ランガスタ”の末裔なのよ! これ以上の頼りになる増援はいないのよ~!」
「神代由来種だとは聞いていたけど、サクラと同じ十二神獣の……!」
「カイト、ぽむぽむうさぎたちが墓守と戦闘を始めたわ!」
「ポムが繋いでくれたのか……。足りない戦力もこれでしばらくは……」
見ると、ポムはこちらにサムズアップしながら笑っている。たぶん。
そうして呼び寄せられたぽむぽむうさぎたちは墓守と戦闘を始め、近接してはぶん殴り、組み合っては放り投げ、フザンの湖岸だけでなく大龍穴湖を取り囲むありとあらゆる場所が怪獣大決戦の様相となってしまった。
ポムを連れてきたからこその幸運と受け取ってもいいのか、少なくとも敵に回せば非常に厄介なぽむぽむうさぎが味方なのは、仲間たちと同じくらい心強い。
「カイトさん!」
「主様!」
「サクラ、ノウェム!」
「行ってください! 今なら凌ぎきれます!」
「そうだ! 我がいる限り【黒泥の龍皇】の火線は通さぬ!」
「カイト!」
「カイトしゃん!」
「私は一緒に行きますです!」
「わかった! エリッセさん、ルシェ、ここは頼みます!」
「任されましたわ。お兄様と共に、皆様のゆく道の礎とならんことを」
「リシィさま、カイトさま、竜騎士隊一同は犠牲なくこの地を死守します!」
「アシュリン、輸送機は!?」
「大聖堂の正面広場に着陸したのよ!」
「よし、行こう!」
そうして僕とリシィ、それにアシュリーンとテュルケは防衛陣地を離れた。
大聖堂の中を通り抜け、正面広場を陣取る輸送機に乗り込んですぐ離陸する。
輸送機は鈍重そうな見た目で、内部は突貫工事で継ぎ接ぎされたものだけど、この時代にはまずない降下用舟艇だ。馬車でとろとろと進んだ距離も、空を飛んでしまえばテレイーズの王都まではニ十分とかからない距離でしかない。
【黒泥の龍皇】が大龍穴湖を渡りきるにはアシュリーンの計算で一晩はかかり、だとしてもノウェムの神力が尽きれば火線を防げなくなると、実際の猶予はあまりない。
『……護衛につく』
「カイトしゃん、輸送機の後方にアサギさんがついたのよ」
「わかった。アサギ、迎撃だけでいい深追いはなしだ」
『……了解』
外部を映したディスプレイを見ると、強化外骨格に乗り込んだアサギが輸送機の真後ろを追従していた。
黒色を基調に青色の装甲の機体。奇しくもリシィと同じ配色なのはやはり母親とその娘だからか、似通った嗜好まで今となってはよく似ている。
そして、僕が見るディスプレイをリシィもまた横から覗き込んできた。
「カイト、私をもとの姿に戻した時……ううん、これまでも何度か、アサギはあなたのことを『お父様』と呼んだわ。彼女はいったい何者なの?」
「そ、それは……」
「知っているのよね?」
アサギはテレイーズの龍血に干渉し増幅する力を持つ。
それが知られた今となっては、そろそろ先延ばしにはできないだろう。
繊細な事柄だけど、疑念を感じてしまったのなら伝えたほうがいい。
「そうだな……アサギは、僕とリシィの娘だ」