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第九十ニ話 月明かりの贈り物

 ――キュバッ!! ドオオォォォォオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!



「っ!?」



 だけど次の瞬間、騎士たちの歓声はかき消されてしまった。


 【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】が自らの足元に火線を放ったからだ。


 その一撃で対岸は火の海となり、足元から遠い山並みまで首を振ったことで、その間にあったすべてのものが炎渦の中に沈む。


 そして、【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】は口腔を赤熱させたままこちらにも龍頭を向けた。



「リシィッ!!」


「金光よ炎熱を阻む盾をなせ!!」



 光翼をさらに大きく広げるように、リシィから放たれた金光の粒子は湖岸全域を包み込み、翼盾が形成されると同時に【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】からも火線が放たれる。



 ――キュバッ! ジュアアァァアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!



 それは、まるで太陽の収束光だ。


 直接触れていないにもかかわらず湖は蒸発し割れ、自らが生み出した墓守だろうと区別なく合間に存在したものはすべてが融解する。


 間を置かずに、痛むほどの発光と衝撃音。


 それでもリシィの翼盾に守られた僕たちは、なすすべなく跡形もなくこの世から消え去ってしまうことだけは免れた。



「なんという威力なの……」

「リシィ、大丈夫か!?」


「え、ええ……大丈夫よ……。カイトが元の姿に戻してくれなかったら、今ので終わっていたわね……。まだ余力はあるわ……」



 リシィは気丈に答えるも、表情は苦しく歪んで火線の威力を物語っている。


 騎士たちの反応はさまざまだ。再び恐れを抱く者、凌いだリシィを称える者、立ち向かう意気を露わにする者、混乱の中でも逃げる者だけはいない。


 対する【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】は、エウロヴェを模した頭部から火焔を吐き出しながら、さらに大きな一歩をこちらに向かって踏み出した。


 濃い宵闇の中、地獄の業火が照らすかのように世界が緋色に燃えている。



「カイトさま、黒泥を堰き止めるためフザンに陣を構えましたが、あれほどの高威力長射程攻撃は想定していません。ここでは対するに不利、陣を後退させましょう」



 ルシェの進言ももっともだ、ここには掩体壕もなければろくな遮蔽もない。

 撃たれ放題になればいずれリシィの消耗が限界を超え、全員を守れるだけの防御結界を築ける能力者も他に代わりはいない。


 だからとて、下がれば下がったぶんだけ王都まで射程に収まってしまう。

 進むにも退くにも犠牲を覚悟しなければならない状況で、いったい何を選択する。


 僕は、どうすれば……。



『グルル……グゴオオォォオオオオォォォォォォォォォォッ!!』



 さらには、水際から新手が現れた。


 赤黒い装甲に牙の生え揃う大アギトを持つ恐竜、ティラノサウルス型墓守。


 体高はおよそ十メートル、全長は尻尾の先まで二十メートル弱と、【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】と比べてしまえばだいぶ小さい。

 だけど、大アギトは人一人を軽々と丸呑みにしてしまうほどで、上陸の際に運悪く正面にいた騎士がその牙に捕らえられてしまっていた。



「アサギ、ポム!」


「……撃つ!」

「にゃっ!」



 ――キュウゥシュガッ! キュバッ!



 咄嗟に霊子力加速砲と“にゃ”を撃ち込ませ騎士を救うも、遠目に噴き出した血の量が決して浅くない重傷だと知らせていた。



「リシ……」

「私が行きますです! 装甲に隙間があればらっくしょうですですっ!」

「テュルケ!?」



 テュルケはそう言い残して仮設指揮所を飛び出す。


 湖岸を跳ねるように、いや実際に“金光の柔壁(やわらかクッション)”を自らの足場に加速し、数十メートルは離れたティラノサウルス型墓守まであっという間に接近してしまったんだ。


 ティラノサウルス型墓守が噛みつこうとする騎士を“金光の柔壁(やわらかクッション)”で守り、“極刀 白大蛇”を抜いて首の装甲の隙間を斬りつける。

 テュルケの目と勘のよさ、そしてどんなに狭い隙間だろうと入り込む白大蛇により、ティラノサウルス型墓守は交差の一瞬で頭部を斬り飛ばされてしまった。



「テュルケ……凄いわ……」

「いや、まだだ! リシィ、追撃を!」

「ええ!」



 ティラノサウルス型墓守は頭部を失ってもまだ動いていたけど、すぐにリシィが光線を放って胴を貫いたことでようやく動きが止まる。


 【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】が生み出した墓守は半生体半機械、それはこれまでもそうだったけど、意味合いはだいぶ異なるものだ。


 生物的か、兵器的か、どちらに寄っているかで与しやすさがまるで違う。


 つまり、恐竜型はそのほとんどが生物的・・・。装甲化も不十分で、ものによっては駆動部が機械から筋繊維に置き換わっているものまであり、これまでもっとも討滅を困難とさせた【イージスの盾】もろくに機能していない。


 気づき、弱点を突く、なら【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】にも生物的欠陥がどこかに……。



「カイトさん!」

「主様、墓守が!」



 絶えず水蒸気爆発を起こしていたサクラとノウェムが声を上げた。

 詳しく知らされるまでもなく、視線を巡らせるだけで状況は確認できる。


 懸念した大型墓守の上陸だ、それも大量に。


 中でも目立つのはティラノサウルス型の大型墓守。

 先ほどの中型の個体とはまるで違う。全高が二十メートルを超えるほどに至り、背には戦艦主砲にも匹敵する長砲身大口径砲を二門も背負っている。

 口径は確実に三十八センチはあり、あまつさえ一体だけでなく三体もだ。


 どれだけ討滅しようと墓守は続々と押し寄せ、その数はすでに三桁を下らない。



「なんて数だ……このままでは……」

「まだよ! 私たちが一人でも残る限り、上陸は決して許さない!!」



 リシィが叫んだ、叫んだと同時に光翼から幾筋もの光線が放たれる。

 光線は一度上空に撃ち上がり、篠突く雨となって大量の墓守に降り注ぐ。


 そうだ、守るべき人が背後にいるのなら、ここで諦めてなるものか……!





『ザッ……ザザー……』



『ジジッ、ザー……あ、プツッ……ザー……しっ……よ!』



『ジー……ザザッ……こち、ザザザッ……来た……ザザッ……しゃん……』



 そして、少し前から聞こえていたノイズ(・・・)が、ようやく明確な言葉に聞こえ始めた。


 出所はひとつしかない。僕にはまだ、【天上の揺籃(アルスガル)】突入の際に埋め込まれた通信機・・・が取り除かれずに首元に存在している。


 なら、その発信主は一人・・しかいないじゃないか。



『ザザザッ、プッ……カイトしゃん! 愛しのアシュリンが来たのよーっ!』



 夜空を見上げると、月明かりの中に何かが飛んでいる。



『全員降下降下! 怖がるんじゃないのよ! カイトしゃんを助けるのよーっ!』


『ハッ、くダラん! アの小僧どもハよくも毎回面倒に巻き込マれヤガる!』

『やめてなノンッ! 押さないでなノンッ! ぴぇっ!? 高いノンッ!?』


『タイプヴァルキリーブリュンヒルデ、降下。これより戦闘行動を開始します』



 通信機から雑音に混じって聞こえるのは、懐かしい彼ら(・・)の声だ。

 見上げる高空には、確かに降下用舟艇ドロップシップによく似た機影を確認できる。


 そうだ間違いようがない、彼らを間違えようがあるものか。



「カイト……まさか、あれは……」

「ああ、来てくれた。神にさえも立ち向かう彼らが……」



 この窮地に、迷宮探索拠点都市ルテリアの英雄たちが駆けつけてくれたんだ!



「アーーーーウーーーーーーッ!!」



 そうして、落下傘パラシュートは開いているものの、空から降ってきた褐色肌のパーカー少女(・・・・・・・・・・)が落下する勢いのまま湖に飛び込んだ。

 途端に湖上には巨大な渦が巻き、大量に存在する墓守は渦に巻き込まれるだけでなく、その生体と機械の体をねじ切られ水中に沈んでいく。


 それでも影響を受けずに上陸しようとするのが、ティラノサウルス型大型墓守。


 だけどそれもまた、眼前に降り立った黒鋼の竜(・・・・)が水際で侵攻を阻んだ。



「カカッ! 得体の知れぬ墓守よ、相手にとって不足なし!」


「ベルク師匠……!」

「カイト殿、空の旅は些か肝が冷えたぞ!」


「アウー? なんだこいつら、おいしいかー?」

「アディーテさん!?」

「アウーッ! サクラ、ひっさしぶりー!」



 そうして、黒鋼の竜……竜化したベルク師匠はティラノサウルス型大型墓守に対し、號と息巻いて赤熱するヒートランスを突き入れる。



『荷物も投下したのよー! お届け物は、強化外骨格パワードエクソスケルトン“神威三式改アシュリンスペシャル”なのよ! アサギさんに投下座標を送ったのよー!』


「……座標確認、回収に向かう」



 僕は、ノイズが聞こえ始めた段階からこの時ばかりを待ち望んでいた。

 頼もしい仲間たち、何よりもお茶目な彼女の存在がこの窮地を覆す。


 アシュリーンがいるのなら、あれ(・・)を動かせる可能性があるのだから。

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