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第九十話 共にあらんことを

 リシィから【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】を与えられ、それが彼女自身を元に戻す力となった。


 ノウェムはともかく、並行世界の境界線を超えてまでアサギがいたのは奇跡だ。


 これは本当に人の意志が成し得たことか……もし神龍に類する上位次元存在が他にいるのだとしたら、今の世界の有様は果たして誰の都合によるものか……。




 ―――




 リシィとのほんの数分にも満たない逢瀬が終わって部屋から出ると、廊下ではテュルケが白いコートを手にして待っていた。



「姫さま、お帰りなさいですっ、ずっとお待ちしてましたですっ! あれあれ、お帰りなさいでいいです……?」


「ええ、それで構わないわ。ちょうどいい大きさでテュルケに抱きしめてもらえなくはなってしまったけれど、甘えさせてもらえたぶん今度は私の番ね」


「えへへ、姫様が元に戻っても、ずっとずっとギュッとしますですっ!」



 テュルケは幼女リシィを抱き枕にでもしていたのだろうか……うらやまだ。



「姫さま、コートもお持ちしましたです!」

「ありがとう、ようやく落ち着いたわ。あんな醜態、すべてはカイトの責任ね」


「うっ……。ごめんなさい……」



 僕たちは厳かな大聖堂の廊下を進み再び仮設指揮所を目指す。


 時間にすると、リシィが元の姿に戻ってから二十分と経っていないけど、状況の変化が心配だ。

 大聖堂内は静まり返ってひとけがなく、残っている聖職者は全員が礼拝堂で祈りを捧げていると聞いた。最悪は、騎士たちが担いで脱出させるとのこと。


 裏口から表に出ると、水際では迎撃に当たる竜騎士隊と上陸しようとする墓守の戦闘が始まっていて、すぐ傍にノウェムが待機していた。



「ノウェム、状況は?」


「上陸する墓守の数が徐々に増しておるぞ、【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】は依然として脚部形成中。西部迎撃陣地でも戦闘中のようだが、詳細は確認中だ」



 ここは大聖堂の裏手、湖岸からは一段高くなったテラス上だ。


 湖までの距離は三百メートルほどと、合間で植林が防波堤の役割を果たしているけど防壁はなく、即席の防塞を突破されてしまえば町への被害は免れない。



「そうか、【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】が動き出す前には間に合ったけど、あれ(・・)を使う猶予は果たして残されているか……」


「ふむ? まあよい、主様のことだから何か策があってのことだろうな。それよりも、リシィお姉ちゃん(・・・・・)は何やらさっぱりした顔をしておるな……まさか……」


「んっ!? な、何を勘違いしているのかしらっ。あんな醜態を晒してしまったんだもの、服を着れたことで安心したのよ!」


「ふーむ……?」



 何かあったのかと問われれば確かにあったけど、少し狼狽えるリシィは余計なことは言わないようにと視線だけで僕に訴えかけていた。



「サクラたちは?」

「手薄な場所を駆け回っておる。アサギは見張り台だ」


「よし、僕たちも急ごう。リシィは戻ったばかりで戦闘は大丈夫か?」

「ええ、むしろ以前よりも調子がいいくらいだわ。カイトの作り出した【時揺りの翼笛(エルニート)】には、しっかりと“活性”効果も付与されていたようね」



 確かに、そこまでは考えていなかったけど……リシィは何か、以前にも増して髪の艶も肌の潤いもきめ細かにいっそう輝いている気がする……。



「それなら、合流と同時に墓守を撃滅するくらいはやってしまおう」

「え、ええ……私としては、国を離れた謝罪からしたかったのだけれど……」

「それは、すべてを終わらせてから僕も一緒に頭を下げるから、今は士気高揚のために“龍血の姫”が健在であることを皆に知らしめて欲しい」


「わかったわ。騎士たちを鼓舞するのも私の役目よね」

「ああ、“龍血の姫”の誇り高き姿を今一度ここで」


「ん、少し恥ずかしいけれど……」



 僕たちは戦場のただ中に向かって確かな足取りで進んでいく。


 【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】は月を背に巨大な影となるものの、まだ動き出す気配はない。



 ――ザッ……ザザッ……ジィー……ザザザッ……



 そして、先ほどから聞こえ始めたこのノイズ(・・・)


 間違いない、彼方からの呼び声(・・・)だ。




 ―――




「にゃぱんちっ!」



 ――ガッゴオオォォォォォォォォォォッ!!



 僕たちが仮設指揮所に戻ると、少し離れた水際で迎撃に当たるポムが、鰐型墓守を剛腕による普通のパンチで粉砕しているところだった。


 いや、普通のパンチではないか。


 どうもぽむぽむうさぎは、あのふわっふわの毛自体が神力を増幅する“神脈炉”の役割を担っているらしく、それを利用してただのパンチですら装甲を貫徹する神力によるモンロー効果を引き起こすらしいんだ。

 意味がわからないけど、実際に目の当たりにするとその威力は絶大で、墓守の装甲をやすやすと穿つ様は誰の目にも頼もしく見えていることだろう。



 ――ゴンッ! ゴガアアァァアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!



 その傍らでは、サクラと手に持つ【烙く深炎の鉄鎚(アグニール)】が、月明かりと篝火に照らされる湖岸をよりいっそう赤く染めている。

 上陸する墓守はまだ中型以上が存在しないため、多くの経験を積んだ彼女にとってはもはや苦戦を強いられるような相手ではない。



 ――キュウゥシュガッ! キュウゥシュガッ! キュウゥシュガッ!



 さらに傍の見張り台からは、アサギがライフルの霊子力加速砲(レールガン(E))形態で、奥の手ともなる数の少ない特殊弾頭を惜しみなく発砲していた。


 銃身が基部から四方に分割解放され、青白い電光が墓守を次々と粉砕しているものの、発砲に耐えられる特殊弾頭がなくなればそれでおしまい。

 それでも、確実に一射ごとに墓守を一体討滅している様は、常に戦場を俯瞰して要所を制圧するスナイパーとして超一流だ。


 竜騎士隊もルシェの指揮を受け善戦しているものの、まだ墓守に対する戦闘経験が浅く、瓦解する戦列もすでに出てしまっていた。


 今は辛うじて拮抗しているけど、減るどころか増加の一途をたどる墓守に対し、こちらはあまりにも不利だ……。



「カイト、このままでは……」

「ああ、だからこそ“龍血の姫”が彼らには必要なんだ」


「そうね。顕現せよ、【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】!!」



 湖畔に二度目の黄金色が目映く放たれた。


 そうだ、【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】は何も槍の形状をしている必要はない。

 彼女が創星の神器を、“龍血の姫”が形作るのならやはりこうでなくては。


 リシィの背から生えるのは十二枚の黄金色の光翼。

 かつてエウロヴェの緋剣を凌ぎ、人々を守り抜いた彼女の翼。


 光翼は展開すると同時に幾筋もの光線を放ち、今もまさに数を増やして水際に殺到する墓守の群れを目掛けて弧を描いた。



 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!



 誰も彼もがこの場にいたものは皆、戦闘そっちのけで振り返ってしまう。

 だけど問題はない、今の一撃で目につく墓守はすべてを掃滅したのだから。



「これ……は……!? リシィさま!!」



 ルシェが振り返り、目映い光翼の中心にいるリシィに気がついた。



「ルシェ、待たせたわね。よく持ち堪えてくれたわ」

「リシィ……さま……。お戻りを今か今かとお待ちしておりました!」



 リシィが敬礼するルシェに応え、黒杖を【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】に向けた。



「我が騎士たちよ、刮目せよ! かつて世界を滅ぼさんとした邪龍エウロヴェが残せし遺物、かの【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】を撃滅せんがため、リシィティアレルナ ルン テレイーズが長い旅を終え祖国に戻った!」



 “龍血の姫”の黄金色が照らすのは、いつだって絶望に瀕した人々の顔。 


 希望を与える者――それは決してリシィのすべてを現すものではないけど、彼女がそうあろうとするから、人は皆、笑わない龍血の姫の代わりに笑顔を返すんだ。



「……ん、国を離れてごめんなさい! 言い訳はしない、どんな罰だろうと受け入れるけれど、私は【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】に飲み込まれた神龍テレイーズを救い出し、今度こそ大切なこの国を平定に導きたい……。だから、お願い……今は皆の力を貸して……!」



 結局、リシィは騎士たちの前で頭を下げてしまった。

 他に言いようがあったと思うけど、それでこそ誰もが慕う姫さまだ。


 むしろそれがいい、そんな飾らないリシィが僕は好きなんだ。



「おお……!」

「龍血の姫神子様に……!」

「リシィティアレルナ ルン テレイーズ姫殿下に……!」

「我らテレイーズの竜騎士……この剣と、我らが誇り“竜角”を捧ぐ……!」


「全隊! 姫殿下と共にあらんことを!!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」



そして、騎士たちは主の言葉を受け自らの剣を黄金色《希望》に掲げた。

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