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第八十九話 龍血の姫 デレる

「姫……様……?」

「間違いない……姫殿下だ……」

「リシィティアレルナ姫殿下……だと……!?」

「龍血の姫神子様……!」

「姫様が……お戻りになられた……!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」



 騎士たちの驚愕が、静かに凪いだ湖にさざ波を立てる歓声にまで変わった。


 【時揺りの翼笛(エルニート)】が、リシィを元の大人の姿に戻したからだ。


  艷やかな金糸の髪、美しく煌めく白金の竜角、憂いを帯びた長い睫毛と花の蕾のように慎ましく色づく唇、白い肌は月光に照らされいっそう白く、闇と焦燥に沈んでいた湖畔に新時代の到来さえ予感させる明けの光が光臨する。

 何より、彼女を彼女たらしめる虹色の瞳は少し呆けてこちらを見るも、ようやくあどけないばかりでない高潔な眼差しを取り戻した。


 あまりにも美しい人の形……そうして、視線を彼女の首筋から鎖骨のなだらかな曲線に沿わせ下ろしていくと、幼女では決してありえなかった形のいい乳房が……。



「……あっ」



 僕はジャケットを脱ぐ!


 翻し、彼女を包み込んでその姿を隠す!


 さらに衆目からも隠すため、背後に回り込んで抱きしめる!



「んっ!? な、なにっ……!?」


「ルシェ!」

「は、はっ! 全隊、回れ右! こちらを見るな!」


「テュルケ!」

「ふぇっ……あっはいですっ! 今すぐお持ちしますですーっ!!」



 やってしまった……。


 事前に気づきそうなものの、僕はリシィを元に戻すことだけに思考を捕らわれてしまい、明らかにこうなるだろうことを欠片ほども考えなかった……。


 小さい体が元の大きさに戻るということは、今まで着ていた子ども服が小さくなるというわけで……つ、つまり当然の帰結として、裸身が衆目に……。


 言い訳にしかならないけど、断じて故意ではない。



 はっきりと言おう、今のリシィは真っ裸だ!



 今のリシィは! 真っ裸だっ!



 真っ裸なんだーっ!





 目の当たりにした現実を心の中でリフレインしたところで、リシィが恥ずかしそうに耳まで赤く染めながら肩越しに見上げてきた。



「ん……カイト、何をしたの……? 急に人前で抱きしめられたら……私……」



 この状態も非常にまずい。


 まだ当の本人が元の姿に戻ったことに気がついていないようだけど、真っ裸で男に背後から抱きしめられているわけだから。それも人前で。


 ひとまずは、僕の必死の訴えを察したルシェが騎士たちの視線を湖へと追いやり、テュルケが預けたままのリシィの服と装備を宿まで取りにいった。

 だけど、すでに見られてしまったものは撤回できるわけもなく、ここは言い訳をしないで潔く華麗に謝罪をするのが最適解だ。



「リシィ、ごめんなさい」

「ん、なぁに……? 何か、体に違和感が……」



 そして、リシィはようやく視線を自分の体に下ろした。

 ジャケットの隙間からは谷間・・が見え、すぐに気がついたようだ。



「んにゅっ……!? え、え、え……? カッ、カイトッ、わわ私っ……姿がっ!?」


「えーと、その……今なら、ノウェムとアサギの協力があればできるかなと思いまして……【時揺りの翼笛(エルニート)】を作り上げてみたんだ……。結果は成功だったけど、服がね……。その、本当にごめんなさい……」


「んっ……。そ、それなら私……は、は、は、裸を皆の前で……?」


「そういうことになります」



 リシィはさらに赤面し、瞳色を信号機にしながら再びこちらを見上げる。

 体温も上昇し、尖った耳も白磁の肌も全身が赤く赤くまるで茹でダコのよう。



「わっ、私っ……カイトに裸でっ、抱きしめられているのっ……!?」


「咄嗟に……隠そうとして……なんと言いますか、申し訳ないです……」


「私たちも迂闊でしたね。どこかカイトさんを信頼しすぎていたようです」

「やれやれ、衆目に晒されたのは背だ、正面より多少はマシよの」

「……お父様は露出趣味?」

「にゃにゃっ!」



 目隠しになるべく、皆が僕たちの周りを囲って覆いとなってくれた。



 かくして、【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】が動き出す前に、僕は自力でリシィを元の姿に戻すことに成功し、騎士たちにも予想だにしなかった士気高揚をもたらすことができた。


 それは“龍血の姫が戻った”事実だけでもなせたはずだけど、思考が至らなかったばかりにそれ以上の副産物を与える結果となってしまった。


 美人の、姫さまの裸身とか、これ以上は絶対にない最高のご褒美だよな……。




 ―――




「……」


「本当にごめんなさい」



 逼迫している状況にも関わらずまったくもって締まらなかったけど、しばらくしてテュルケが服を持ってきたところでなんとか事態は落ち着いた。


 今は急遽借りた大聖堂の一室で、椅子に座ったリシィが頬を膨らませて腕と脚を組んで非常にお冠の状態だ。

 とはいえ、彼女の格好はこれまで待ち望んだ黒のワンピースに鮮やかな青の革鎧と、かつての“龍血の姫”そのままの姿を取り戻している。


 これはどう落とし前をつけたらいいのか……。女性を公衆の面前で脱がした事実だけでも大問題なのに、あまつさえ一国の姫君を敬愛する騎士たちの前でとなると、罰で首を刎ねられても文句は言えないやらかしだよな……。


 おまわりさん、犯人は僕です……。



「んっ、んんっ……いいわ。【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】がいつ動き出すかもわからない状況で、いつまでもカイトを責めているわけにもいかないもの」



 リシィは同じ姿勢で顔を背けながらも、視線だけはこちらに向けて告げた。


 皆は表で警戒しているため、今は頼れる者もなく彼女と二人きり。

 なんにしても、謝罪するようにと念を押されたので無様に頼ることもできず、心情的にも誠心誠意の謝罪をしてどんな罰でも受ける心構えだ。



「本当にごめん。この責任はしっかりと取ってどんな罰だろうと受けるから、今は【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】討滅のために“龍血の姫”として騎士たちを鼓舞してもらえないか」


「罰……罰ね……。神器を見事に顕現し、幼女になってしまっていた私を元の姿に戻したの。私の、は、だ、か、を衆目に晒すことを引き換えにしても、褒美を与えられるだけの功績を残したのよ、あなたは。与えられるのは罰では決してないわ」


「え、許してもらえるのか……?」



 リシィはギシリと椅子を軋ませ、こちらに体を向けて姿勢を正した。


 日が落ちた暗い室内で、反省して直立不動の僕を見上げる瞳色は緑と黄。

 ランタンの明かりが照らしているせいか、すでに落ち着いている彼女の頬はまだ赤く染まっているように見えるけど、その表情はやはり怒っている。



「許す、とは言っていないわ」


「もし許されるのならどんなことでもする。遺恨は残したくない」


「責任を取るのよね。なら今すぐにでも責任を取りなさい」



 リシィはさらにそう告げるとおもむろに両腕を広げた。



「うん? えーと、立たせればいいのか……?」


「んっ! これまでも旅の間は散々やってくれたわよね。せ、責任を取ると言うのなら、これからも態度を変えないで私を大切にしなさいっ!」


「……えっ!?」


「んーっ! だからっ、抱っこっ!」


「!?!!?」



 僕は困惑しながらも、腕を広げて「んーんー」とせがむリシィを抱きしめた。


 あれ、精神は幼女の姿に引っ張られたまま……失敗したかな……。

 それでも外見だけは元の大人の姿なので、彼女の甘くもいい匂いと押しつけられた双房の柔らかさに、これではむしろ僕のほうがご褒美だ……。


 それだけのことをした……? そ、そうか……。


 リシィの手が僕の背に周り、僕もまた返すように彼女の頭と腰を抱き、この時になってようやく幼女の姿ではなかった確かな存在感を感じ取れた。



「リシィ、あの……」


「責任を取りなさい、これからが大変なんだから。【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】だけでなく、お兄様やヴォルドールを納得させて私の傍から離れないで。ずっと、ギュッとして」


「あ、ああ、それは望むところだ。元より離れるつもりなんてない」

「ん……」



 そうしてリシィは僕の胸から頭だけを離し、宿処のベッドで長い昏睡から目覚めた時と同様に、唇に触れるか触れないかの口付けをしてきた。


 柔らかく瑞々しい感触が頬に伝わり、僕は体を硬直させてしまう。



「今の私から精一杯の褒美よ。だから……尽くしても、死なないで」



 リシィは潤んだ黄金の瞳で見上げ、最後にそう言った。


 僕はそんなリシィの髪と頬を撫で、彼女は少し困り眉でくすぐったそうに肩を震わせ、それでも僕の行為を止めようとはせずにただ受け入れてくれている。


 決戦を前に、心に灯る火としては極上のものをもらってしまったな……。



「約束する。僕は死なない、リシィの傍を離れない。それに、道筋も見えた(・・・・・・)


「ん、さすがね、私の“銀灰の騎士”」



「届けよう、人の想い(・・)を。そして、未来へと繋がる願い(・・)を」

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