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第八十七話 黒泥の龍皇

 意見した僕に対し、アラドラム将軍は巌の表情をいっそう厳しくし見据える。

 だけど、たとえ対立することになろうと協力を諦めるわけにはいかない。


 そうして怯まずにいると、将軍は視線を外して騎士たちを見た。



「アルドヴァリ副長、ここの指揮を任せる」


「はっ! えっ!?」

「アラドラム将軍!?」


「おまえの言う通りだ、カイト クサカ。姫殿下が戻られた今、何より優先すべきは事態の沈静化。黒泥を驚異だと認識できずにいれば、国が滅びる様をむざむざ見せつけられるよりない。俺は城に戻り、全騎士大隊の展開を直訴する」


「ヴォルドール……お兄様に頭を下げることは……」

「心得ている。殿下はいまだに外から新たな血を取り入れ、龍血と神器を受け継ぐテレイーズの宿命を破綻させようとしている」


「リシィの実兄が革新派の筆頭……? どういうことだ……?」

「お兄様は……権威の象徴をわたしではなく自分にしたいのよ……。ヴォルドールがいなければ、わたしはもう暗殺されていたほどに……」

「そんなことが……いや、いつの時代もなくならない人の業か……」



 つまり今この場にいるのは、龍血を受け継がせるというよりは、リシィを守ろうとする側の人々というわけか……。

 ルシェはもちろんのこと、アラドラム将軍も騎士たちも苦虫を噛み潰したような表情で、僕の知らない事情に憤りを抱えているようだ。


 根が深い……権力闘争はどこでもいつの時代だろうとなくならない……。


 だけど、リシィが笑わない理由はわかった、国にも帰りたくないはずだ。

 竜角を取り戻すため国を出ることになったのは切っ掛けに過ぎず、本当の病巣はこの国の、それも彼女のもっとも傍にあったんだ。


 なら僕は、かけがえのない彼女の笑顔を取り戻すため、この黄金の拳をただリシィのためだけに捧げよう。


 最初からそうだったように、これからだって変わらない意志で……。



「リシィを守るよ」


「え……」



 さらに、僕の呟きに呼応するようにノウェムもソファから立ち上がり、悲しげに表情を歪ますリシィを背後から抱きしめた。


 続いてサクラもテュルケも、二人を包み込むように皆で支え合う。



「リシィ、すまなかった。我が竜角を断つよりも先に、おぬしは思い詰めておったのだな。謝罪は幾度でもするが許せとは言わぬ、我にもリシィとこの国を守らせてくれ」


「最初はカイトさんのためでした。いつだって、カイトさんのために私は行動してきました。ですが、リシィさんも私にとってはかけがえのない友人です。大切な友人が悲しむのなら、私は抱きしめてこぼれ落ちる涙を止めてあげたい。大丈夫ですよ」


「姫さま、頼りなくて、ごめんなさいですっ。でもでもっ、いっぱいがんばってっ、今度こそお守りできるようにっ、まだまだいっぱいがんばりますですっ!」



 互いに抱きしめ合う彼女たちを見ていると、まったく対処を思いつかない状況でもどうにかなると、実体のない思いが込み上げてくる。


 震える心に冷たい炎が灯り、希望の熱が全身を巡り始めるんだ。


 しばらくすると、リシィがもみくちゃにされた中心から顔だけを出し、少しだけ涙の滲んだ黄金色の瞳を僕に向けた。



「カイト、わたしの騎士。困難はわかっているけれど、皆と、竜騎士隊とも手を取り合ってこの事態をなんとかしなさい。ルテリアでもあなたの意志が多くの人々を繋いだんだもの、これまでも、これからも……わたしの手も離さないでいてね……」



 僕はリシィの伸ばされた手を生身のままの左手で取った。


 常に僕の左隣にいようとしたリシィ、常に自身の左手でリシィに触れようとした僕。

 今ならわかる、彼女は僕が気づきもしなかった頃から求めてくれていたんだと。


 そうして僕は、手を繋いだリシィに元の彼女の姿を重ねて幻視し、小さな可能性の中でやってみる(・・・・・)価値・・があることを思い起こした。



「……今なら、なぜお父様があれほどまでにお母様を想っていたのか……私にもわかるわ。……そして今、何を考えているのかも。……協力させて、お父様」


「アサギ……」


「えっ、お父様……?」

「あの、どういうことですか……?」

「前々から解せぬとは思っていたが……まさか……」

「ふぇぇっ!? おにぃちゃんがお父さんだと、お母さんが……えとえとっ!?」 



 ――ズズンッ! ドオオォォオオオオォォォォォォォォォォォォォォッ!!



「くっ、来たか……!? 事態は急を要する、詳しい話はあとだ! アラドラム将軍、持てる以上の戦力の集結を! 黒泥を止め、神龍テレイーズを救うために、対立勢力だろうと引き入れるだけの行動を見せてくれ!」


「臆さずによく言う……。だが悪くはない、おまえこそ持ち堪えてみせろ」


「言われるまでもない!」



 封牢結界から、大龍穴湖を挟んで離れたここまで衝撃が伝わった。


 アラドラム将軍は、廊下を行くのも時間が惜しいと二階の窓から飛び出し、僕たちも話をあとにしてまずは事態の確認のために建物から出る。


 だけど外に出た時点で、その威容はどこからでも見ることができたんだ。



「黒泥……ではない!?」

「大きい……カイト、あの姿は……!」


「墓守……いや、黒泥・・神龍をなした(・・・・・・)のか……!!」



 封牢結界の外郭を突き破り、遠く離れた大龍穴湖の対岸に姿を現した威容はあまりにも巨大だった。


 その姿はもはや不定形の泥ではなく、三首を有す神龍の似姿だ。


 三つの龍の頭部、四足歩行動物の胴体、六枚の翼は山と見紛うほどに空を覆い隠し、実際に周囲の山並みよりも巨大なその様は威容にして異様。

 さらには、鱗状に連なる無数の装甲板が全身を包み込み、その隙間で見え隠れするのは機械と肉。あまつさえ黒泥までが流れ出しているのだから、より凶悪な姿となって襲いくることは何をもってしても止められない。


 そしてその三首が形をなすのは、“緋焚の剣皇エウロヴェ”、“黄倫の鏡皇ヤラウェス”、“蒼淵の虚皇ザナルオン”、三位一体の神龍……!



「……計測、頭頂高およそ四百四十メートル、翼幅千二百六十メートル、尾部は推定二千メートルを超える。……異常、人が太刀打ちできる限界を超過」


「そ、そんなに大きいの……!?」



 遠く離れてもなお見上げるその威容に、辛うじて立ち向かう意志を見せているのは僕たちだけで、多くの騎士たちは誰もが絶望の色を表情に浮かべていた。


 やはり、こんな時こそ必要なのは旗印だ……。


 圧倒されるこの状況でも、人の心に火を灯すだけの旗印が。

 唯一あるとしたら、僕の傍らに立つ彼女……“龍血の姫”、リシィ。


 だけど、まだ足りない……。



「ルシェ、今の状況で騎士たちをまとめることはできるか?」


「や、やらなければ……。あんなものが王都に到達したら、本当に国が滅んでしまう……。ですが、私に……カイトさまは、なぜそうも平然としておられるのですか……?」


「平然じゃないさ。恐れよりも大切なものがあるだけだ」


「……っ!!」



 ルシェだけでなく、周囲の迎撃準備を整えていた騎士たちも表情に焦燥を滲ませ、恐慌状態に陥らないだけでも幾分かましという状態だった。


 だけど、一見すると三柱の神龍が復活したかのようで、その実は中身が空っぽで慌てる必要すらないのではと推測する。


 神龍の似姿でありながら、いまだにヤラウェスの“精神干渉”がないからだ。


 僕たちが【天上の揺籃(アルスガル)】で対した三神龍は、その程度ではなかった。



「みんな、いいか?」


「大きさには驚いたけれど、神龍にはおよばないわね」

「そうですね。宇宙そらに上がった時に比べたらなんでもありません」

「威圧感がな、本物・・とは一段も二段も差がある。問題ないぞ」

「ですです! あのくらいへいちゃらですです!」

「……私は……お父様に従う」


「皆さままで……私は……私も……」



 臆さない姿を見せたところで、騎士たちにまだ希望は灯らない。

 周囲にいる全員がこちらを見て何かを感じてはいるようだけど、やはり足りない。


 ならやるしかない、明けの光を灯すべく自らの意志で行動するんだ。



「よし、あれを【黒泥の龍皇(ウシュムガル)】と呼称する。まずは増援が来るまでの足止めと観測、やってやれないことはない! 全員、『いのちをだいじに』だ!」



 何も無理をして平静を装っているわけでもない。

 ここにきて、思いもしなかった可能性が浮上を始めたのだから。


 そう、ひょっとしたら、彼ら(・・)が……。

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