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第八十六話 術はなく それでも彼は剣を捧ぐ

 ――大龍穴湖を西に望む町、フザン。



「はふぅ……さすがに疲れたぞ……」

「今お茶を淹れて……」

「二人とも今は休んで、お茶は僕が淹れるから」

「おにぃちゃんも休んでくださいです! 私がお淹れしますです!」



 テュルケはそう言うと返事も待たずに大部屋から出ていった。


 ノウェムは封牢結界からの脱出と、このフザンまでの移動で再三に渡って“転移”能力を駆使してくれた。

 視線が届くところまでは繋げられるため、地下の根源物質世界から上った時ほどは連続使用するまでもなく、湖を飛び越えられたんだ。


 今は、二階建ての宿を丸々借り受けていると聞いた、竜騎士隊仮設本部の会議室で消耗したノウェムとサクラをソファに座らせたばかり。



「出血はないようだけど顔色は悪い、体調が悪かったら言ってな」


「まだまだ役に立てるぞ。サクラも消耗したのだ、治療はもうよいから休め」

「私もまだまだ大丈夫ですよ。【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】の力で他の方ほどの消耗はないですから。今でも充分に休ませていただいています」


「うん、まだ頼らせてもらうから、少しでも万全にな」

「はい、わかりました。黒泥の襲来に備えますね」

「あい、ならば少し横になるとしよう」



 サクラもノウェムも疲労が濃いにもかかわらず、朗らかに微笑んでくれる。


 退避に大活躍だったノウェムはともかく、サクラの消耗の理由……今のところは充分に時間を稼ぐことができているようだ。


 その理由とは、封牢結界を物理的に封鎖してもらったことにある。


 封牢結界の入口は狭い通路だ。まず内部にいる全員が脱出したことを確認し、そのあとで通路を内部寄りから溶かして詰める(・・・・・・・)封鎖を実行してもらったんだ。

 これにより、サクラを含めた“炎熱”系能力者は力を酷使し、それでもどうにか封牢結界から墓守があふれ出ることだけはひとまず防ぐことができた。


 とはいえ黒泥が到達するまでの暫定処置で、完全な封じ込めは無理だろう。



「すごいわ……。あらためて確認すると、とてもつよくてわたしとも親和性のある神力のをしているのね……。どうしてかしら、ふしぎと馴染みもあるわ……」


「……長い時間の中……どこかで繋がりがあるのかもしれない」

「そうかもしれないわ……。また力を借りるわね、アサギ」

「……この際……構わない」



 すぐ傍では、リシィがアサギとの連携を確認していた。


 アサギはあくまでも曖昧にするようだけど、馴染みがあるのは僕とリシィと同等存在の娘なわけだから当然だ。



「神力が親と子ほどに似通うなんて……本当にふしぎだわ……」



 リシィの核心を突いた言葉に、僕もアサギも思わず目を合わせてしまうけど、さすがに突拍子もない真実にそれ以上つっこまれることはなかった。


 今はひとまずアサギの意向に従い、必要なら話を合わせるだけでいい。


 そうして、ふと会議室の窓から視線を湖畔へ向けると、騎士たちに混じって岸辺に防塞を築き上げているポムが目に入る。

 これはやがて襲来するだろう恐竜型墓守に対するもので、黒泥を抑えることは想定されていないけど、この非常事態に騎士たちともよく協力してくれているようだ。



 ――ガチャ



 僕がそんな状況把握に努めていると会議室の扉が開き、アラドラム将軍とルシェ、他にも数名の騎士たちが室内に入ってきた。


 もう情報伝達は済んでいるのか、騎士たちはまずリシィに恭しく頭を下げ、続いて奥から整列していく。

 人数は僕たちを含めても十六人、部屋の元は団体客用の大部屋となるため、中心に大机を置かれても余裕を残して立ち並んでいる。


 そして、ここでも変わらず巌の気配を纏わせた将軍が口を開いた。



「アルドヴァリ副長、状況報告を」


「はっ! 現在、神代遺構【封牢結界】より西五キロ地点の被災地に迎撃陣地を敷設。これはあくまで偵察の役割もあるため、第四小隊のみを配置しております」


「ひとつ質問、残さられた被災者はどうなっていますか?」

「はっ、被災地には復興支援に訪れている人々、探索者も多くがいるため、彼らの協力を得て近隣の町村に取り急ぎ避難させています」


「なるほど……。すみません、続けてください」



 ルシェによる報告は続く。


 とはいえ、竜騎士隊がこの地を訪れている理由は復興支援のため。当然、ルテリアのような潤沢な近代防衛設備も携行装備もなく、武器のほとんどは手持ちの剣などのあくまで魔物を相手にする普通のものでしかない。


 戦闘力に長けた竜種が多いのは唯一の幸いだけど、現状の戦力ではどうしたところで墓守を相手にするだけでも手一杯となるだろう。



「我々、第二竜騎大隊の本隊はここフザンに第一防衛線を敷設。すでに町民の避難も進めており、同時に翼種を飛ばし本国に伝達、増援の到着を待てるか、我々の撤退が先かと戦況予測のできない状況ではあります」


「増援は……来ないわね……」

「リシィ……?」


「お兄様なら、自身の安全を第一にかんがえるもの……。わたしがいない間に心根が変わっていないかぎりは、首都防衛に人員を割くはず。そうよね?」


「不敬ながら、リシィさまのおっしゃる通りです……」



 リシィの半ば諦観も含まれた言葉にルシェは頷き、将軍は黙してただ瞑目し、騎士たちに至っては無念そうにうつむいてしまった。


 聞くところによると、“龍血の姫”はあくまでも国の顔(・・・)。実際の執政に関しては元老院が執り行い、その中でもリシィの血縁となる実兄が最高権限を持つとのこと。


 皆がこうまでして諦観する存在は、聞くまでもなく器の程度が推し量れるな……。

 リシィが率先して帰ろうとしなかった理由の一端が、ここにあるんだ……。



「“氷結”系の、不定形物質を停止させることのできる、または囲い込める能力を持つ人はどのくらい集まりました?」


「竜騎士隊に六名。探索者にも当たってみましたが、現在この地にいるのはこの六名をもってすべてとなります……」


「少ない……」

「本国からの増援さえあれば……」



 氷結させたいのには理由があり、単に動きを止めるだけでなく、表面に氷の膜を張ることができれば黒泥の干渉を一瞬でも弱められるのではと考えたからだ。


 あとは無茶だろうとなんだろうと駆ける。だけど、確実に足りない。



「やむをえん、我々はこの地の防衛に従事する。できうる限り観測を続け、最悪はフザンを放棄し最終防衛線を王都西サグナ大峡谷に移す。姫殿下、構わんな?」


「ええ、黒泥がフザンにたどり着くまえになんとかしたいけれど、会議室で椅子をあたためる元老院だけでもうごかせなければ、元より国は存続しないの。王都を危険にさらすことにもなるけれど、迎撃にあたる皆の命だってたいせつなんだから……」



 保存状態・・・・しだいではアレ(・・)を使うことも視野に入るけど、想定すらできない状況に置かれてどうにかする道筋が見えない。

 このままでは諦観がいずれ絶望に変わり、宇宙そらに上がった時以上に、人では決して抗うこともままならない事態に飲み込まれてしまうだろう。


 迷宮探索拠点都市ルテリアの、頼もしい皆の顔が次々と思い浮かぶ。

 もし彼らがここにいれば、迷うこともなく状況を覆すことが……。


 いや、これは弱音だ。僕は、僕たちはどんな時も抗ってきた。


 突破口を見出だすため絶対に思考を止めるな。



「カイト……」



 先行きの見えない防衛戦になることを危惧して沈黙に支配された会議室で、リシィが縋るように僕の左手に触れた。



「……考えよう。今ここにあるすべてを尽くし、黒泥を止め、神龍テレイーズを救い、国を、世界までを救う方法を。僕は二度も引き金を引いてしまった、なら自らの手で終わらせるために、決して諦めずに最善を導き出すんだ」


「ちがうわ。カイトは巻き込まれただけ、平穏に過ごせるはずだったあなたは、ただ偶然に選ばれてしまっただけなの。今からでも、元の世界に、戻ってもいいのよ……?」



 リシィはそうはっきりと告げながらも、黄金色の瞳は涙で滲んでいる。


 サクラも、ノウェムも、アサギも、いつの間にか戻ってきていたテュルケも意見は同じようで、皆一様に困った表情をしながらこちらを見て頷いた。



「戻らないよ、リシィの傍からは離れるものか。グランディータに選ばれた理由は僕が僕であったから、最後まで諦めずに成し遂げることを願えるからだ……!」


「カイト……あなたは……」


「アラドラム将軍、僕は皆と、何よりもリシィの安寧を願う。人と人とが対立している暇があるのなら、その持てる力の万全をもって彼女のために尽くしてくれ!」


「……っ!!」




「覆すんだ……。こんな不条理に満ちた世界は、何度だろうと……!!」

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