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第八十四話 終焉を願う絶望

「どうして……こんなことに……」



 リシィは神龍テレイーズの姿を目の当たりにしてよろめき、僕は彼女を支える。


 唯一その姿を見たのは“青炎の太陽(ヴォイドチャンバー)”に落とされた時。テレイーズは胴体の肉をむしり取られ、半ばまで白骨を剥き出しにされた生き地獄の中にあった。

 神龍だからと痛みがないわけではないだろう。あの時、彼女は何かを言おうとして伝わらず、だけどおそらくは『たすけて』と言っていたんだ。


 そして今、痛みに嘆き苦しみ助けを求める少女が目の前にいる。


 誰もが息を飲み、その有様に目を背けたくとも背けられず、龍と、そして人とが起こしてしまった悲劇の犠牲者に表情を歪ませた。




『イたイ……い……タイ……タすけっ……ゴボッ……イタい……イヤ……』




 どうしようもない少女の姿に、リシィは大粒の涙をこぼす。




『コロ……しテッ……』




 その言葉は何もかもをすべてに絶望した者の哀願だ。



「カイトさん」

「ああ、彼女の願いは聞き入れない。救おう」


「カイト……おねがい……。テレイーズを、少しでもはやく……」

「わかった。リシィは神器の顕現を、アサギも協力してもらえるか」


「……了解」

「けれど、あの状態をどうやって……今のわたしでは……」

「一度だけ、たった一度だけ力を振り絞って欲しい。癒やしの力(・・・・・)を」


「【翠翊の杖皇グルニギスリヴォーツェ】……」


「そうだ。僕たちは“黒泥”を削ぐ、絶対に彼女を傷つけないように」


「はい、お任せください!」

「難儀な話だが、異存はない!」

「絶対の絶対ににお助けしますです!」

「にゃ、にゃーにゃにゃんにゃ!」



 僕たちが武器を構えると同時に、リシィと同様に衝撃を受けていたルシェもアラドラム将軍も騎士たちも剣を構えた。


 今の神龍テレイーズは、近しい者ほど見るだけでも辛いはずだ。


 その姿は、見た目が十歳前後のリシィ。

 リシィよりもさらに長い金糸の髪と白金色の竜角は変わらず、だけど空を虚ろに見上げる瞳には色がなかった。

 酷く痛ましい姿だ。左目には意思の光がなく、右目は眼球そのものがないため、空の眼窩がまるで“死の虚”を覗かせているよう。


 体に至ってはもっと酷く、顔の右半分、上体は右肩から袈裟斬りにでもされたかのように、半身どころから全身の三分の二が骨となってしまっている。

 

 そして、剥き出しになった骨と内蔵の隙間から溢れ出ているのが、“黒泥”。


 正直な気持ちは僕も泣きそうだ。リシィによく似た彼女の痛ましい姿を目の当たりにし、見ているだけでも痛みを感じてただただ心が締めつけられる。


 だから助ける、死を救いにさせてなるものか。



「テレイーズ、聞こえるか? 今すぐにそこから解放して治療するから、痛いかもしれないけど少しの間だけ我慢して欲しい。決して見捨てないよ、リヴィルザルにだって君を助けるように頼まれたんだから」



 だけど反応は返らない。


 視線は虚空を見つめたまま、半開きの口からは血と黒泥が溢れて胸元を汚し、ただひたすらに「いたい、いたい」と呟くだけでこちらにも気がついていないようだ。


 このままでは、遅かれ早かれ彼女は死んでしまうだろう。

 そして、リヴィルザルと同じ、だけどリヴィルザルとは真逆の性質を持った“世界”の苗床となり、今ある世界を変容させてしまうのかもしれない。


 そんな痛ましい少女に向かい、僕は、僕たちは一歩を踏み出した。



「サクラ、触れずに焼けるか?」


「はい、神龍テレイーズを苦しめる黒泥にこそ罪がある(・・・・)と認識すれば、それだけを焼くことは可能だと思い……いえ、可能です」


「よし、まずはテレイーズまでの道を切り開く。みんな、頼む!」



 黒泥はすでに青い花園を黒く染め上げ、一辺十三メートルはあるという構造物を五、六棟は飲み込めるほどに範囲を広げてしまっている。

 その内で、黒泥に触れて萎れた青い花が次に泥の合間に姿を現すと、まるで魔界にでも咲いているかのような禍々しい黒い鋼鉄の花に変貌してしまっていた。


 あれでは人が触れてしまえばどうなるかわからず、僕たちはジリジリと後退しながらすでに相当な距離が開いてしまっている。



「はああああああっ!」



 ――ゴドンッ! ボッゴオオォォオオオオォォォォォォォォッ!!



 そうして、サクラがまだ侵蝕されていない地面を【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】で叩きつけ、叩きつけられた地面からは燃え上がる炎が黒泥に向かって拡散した。


 因果に干渉する神器【緋焚の剣皇レーヴァティエヴォルツォ】の試製神器として作られ、使い手が“罪”を認識する対象だけを焼くのがサクラの持つ【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】。


 炎は黒泥と衝突し確かに退けるも、途端に広がった腐臭は耐え難く鼻を突く。




『キャアアァァアアアアァァァァァァアアァァァァァァァァァァッ!! イタいイタイいたイイダいイヒャッ……イダアアアアァァアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!』




「なっ!?」


「そんなっ、カイトさん!?」

「黒泥と痛覚が繋がっているのか!!」

「カイトッ、避けてっ!!」

「くっ!?」



 泣き叫んだテレイーズに気を取られた瞬間、黒泥が地面を這うように触手を伸ばして僕とサクラを攻撃する。



 ――ドチュッ! ジュッ!



「ぐあっ!?」



 リシィの声で、僕は咄嗟に触手の先端を【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】で押さえるも、貫かれて飛び散った泥が右脚に触れてしまい、耐え難い焼けつく痛みが全身に走った。


 サクラは迎撃ではなく回避を選択し、被弾することなく触手を焼いて切断する。




『イダイイダイイダイイダイッイヤアアアアァァアアァァァァァァァァァァァッ!!』




 だけどそれがまずかった。


 テレイーズの痛みに呼応し、黒泥から数百本も触手が打ち上がったんだ。


 雨あられと降り注ぐ黒泥は、神器の右脚に少し触れただけでも膝をついてしまうような痛みを誘発する物体だ。

 もし、 生身の人体に触れでもしたらどうなるかはわからない。明らかにろくでもないことになるのは、立ち上がれずにいる僕自身が証明してしまっている。



「カイトさん!」

「金光よまもって!」

「やああああああああっ!」


「避けろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」



 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!



 サクラは直前の攻防のあとで、自分が避けるだけでも精一杯だった。

 僕もまた、全身を貫いた痛みからその場に縫い止められ動けなかった。


 リシィとテュルケが光盾と“金光の柔壁(やわらかクッション)”を展開して僕を守ろうとするも、あまりにも早く増殖した触手は、あっという間に二人の固有能力まで侵蝕して貫いた。


 そして終わりが脳裏をよぎった瞬間、僕は地面に沈んだ(・・・)――。




 ―――




 ……


 …………


 ………………



「ふぅ、肝を冷やしたぞ……」



 気がつくと、倒れた僕の頭をノウェムが胸元で抱え込んでいた。



「ノウェ……」


「全員を柱の裏まで退避させた。そのための我であろう?」


「え……あ、そうか……いや、助かったよ……。ノウェム、ありがとう」

「くふふ、有能な者は緊急時こそ冷静に次の行動を見定めておるものだ。主様よ、事を最善に導いたあとは然と褒めてもらうからな」

「あ、ああ……」



 ノウェムの“転移”により一瞬で変わった光景は、目の前に存在する太く壁のような柱の裏で、周囲には現状を確認しようと辺りを見回す皆の姿があった。



「カイトさん、申し訳ありません。私の攻撃が……」

「いや、指示を出したのは僕だ、黒泥まで痛覚が繋がっているとは……」



 傍にいたサクラが頭を下げるも、間違いなく彼女のせいではない。



「カイト! 怪我は!?」


「大丈夫、黒泥に触れたのは神器の右脚だから……。ただこの痛み、生身では絶対に触れられない……。反撃も苛烈すぎてあれでは近づくことすら……」



 リシィの問いに僕は大丈夫と答えるも歪む表情を隠せず、気がついたサクラがすぐに神力による活性治療を始めてくれた。

 それでも痛みは引かない。神器の表面は大した変化がないにもかかわらず、内側から焼かれるような痛みがしだいに強くなっているんだ。


 さらには……。



「なんたることか、我らの祖があのような痛ましき姿とは……」

「近づくことすらできず、私たちはどう対処すれば……」


「どうすれば……」

「我々は……」

「どうにか……」

「しかし……」



 一瞬の攻防で、アラドラム将軍や皆にも動揺が広まってしまっていた。


 リシィによく似た少女、自らの命脈の祖があんな凄惨な様で反撃してくるんだ、たとえ本人に意思があろうとなかろうと、対した者は戸惑いもするだろう。


 そして、この痛みは記憶にある……。

 最終決戦の時、袈裟斬りにされた傷と同じ……。


 あの黒泥は、間違いなく因果にまで干渉する力を持つ……。



 黒泥……いや、緋焚の剣皇 エウロヴェの遺志……!

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