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第八十二話 根源の底の底

「んぅーーーーっ」

「大丈夫。そのまま目をつむっていて」



 リシィは僕の首に手を回してしがみつき、僕はそんな彼女をしっかりと抱きかかえながら無限とも思える空中落下の最中だ。


 大樹洞の底に空いた穴はさらに下層へと続く縦穴になっていて、またすぐに墓守を生み出し始めたので、閉じてしまう前に飛び込んだんだ。


 底が見えない目の眩むような高さだから、高所が苦手なリシィはきついだろう。



「それにしても、みんな深いところが好きだよね」


「主様よ、それはエウロヴェのことも言っておるのだろうが、好き嫌いの問題ではないと思うぞ」



 ノウェムが“飛翔”能力を使い、皆の落下速度と姿勢を制御しながら答えた。



「まあそうだけど、この下があの時と同じ水面・・でないことを願うよ」


「あの時は【ダモクレスの剣】の放射構造体でしたね。この下は暗闇ではないようですが、濃密な神力のせいで深海に潜っていくような感覚です」



 サクラの言う通り、大樹洞では下層ほど神力が薄くなっていったけど、その底のさらに下は吸われた濃い粒子が舞う神力溜まりになっていたんだ。


 『深海』と言うのもよくわかる。縦穴は全体が亀裂のような形で、形をなしている壁は墓守を生み出す根源物質が繊維状になったもの。

 それが下方から大樹の底まで伸び上がり、そのゆらゆらと蠢く様が海の中で揺れる海藻類を思わすため、視覚的にも海の中にいるように見える。


 そうして、僕たちは縦穴の中ほどまで下りただろうか、青灰色だった根源物質は徐々に色を変え、白金色・・・にまで変わっていた。



「この下に【虚空薬室ヴォイドチャンバー】があるわけでもなさそうだ……」



 だいぶ近づいた底には、【重積層迷宮都市ラトレイア】の裂け目で何度となく見下ろした、神力の青色の光も輝いている。



「原理は似たものだと思いますが、あそこまで塊となったものではなさそうです。大気中に粒子と見えるほどの濃い神力が満ちているだけですね」


「このまま下りても大丈夫か。ノウェム、もう少し落下速度を速められる?」

「あい、わかっ……」


「やーーーーっ! ゆっくりっ! ゆっくりおろしてぇーーーーっ!」


「「「……」」」



 僕たちはいいとして、アラドラム将軍や騎士たちは、 僕の胸に額をぐりぐりと押しつけて怖がるリシィをどんな感情で見るのだろうか……。


 いや、将軍は相変わらずの巌で表情に変わりはないけど、どうも騎士たちは微笑ましく見ているようで問題なさそうだ……。


 かわいいはこの時代でも正義だった……。



「姫さま、大丈夫です。何かあっても私の“金光の柔壁(やわらかクッション)”で受け止めますです!」

「ううぅぅ……なにもないでほしいわ……。んにゃっ、たかいぃっ!」

「ま、まだ高いから下は見ないで……」


「リシィさま、いざとなれば私が身命を賭しお守りします!」

「にゃにゃっ! にゃにゃーんにゃにゃるっ!」



 皆も怖がるリシィを慮り、ポムは『この毛でモフーンする』と言っているようだ。



「ふむ、我も高さを怖がるような可愛げを持つべきか……」

「ノウェム、自分の個性を放棄したらただの可愛いだけの女の子だよ?」

「ぐぬっ!? 我が主様だけの可愛い女の子……だと……!?」


「おわああああっ!? ノウェムッ、力を抜くなああああああっ!」

「きゃああああああああああああああああああっ!!」



 そんなこんなもあり、僕たちはノウェムのおかげで縦穴を下りることができた。


 落下速度を抑えられていたとはいえ一時間はかかったから、この間がすべて根源物質だとすると生み出される墓守の数は……あまり考えたくないな……。




 ―――




「ほらリシィ、着いたよ。地面だ」

「うー、うぅー、たかいところはいやぁ……」

「う、うん……まだしばらくは抱っこしているから、安心して」



 僕は一目でこの場所こそが本当の底なんだと理解した。


 縦穴の亀裂は途中で曲がって天井を形成し、神力の粒子が輝いて端までは見通せないけど、地下にかなり広く明るい空間が存在していることだけはわかる。


 所々で根源物質の繊維がより集まって太い柱になったものが天井を支え、この地下空間を言い表すのなら、“白化した巨大樹の立ち並ぶ地下世界”だろうか。


 それ以外には何もない、神代の遺構以上にただ寂しく思える場所だ。



「こんなところにテレイーズはいるのか……」


「神力が濃いため、気配も紛れてしまって特定はできませんね」

「それこそリシィ頼みとなる。ほれ、いつまでも主様に頼らず先を示すのだ」


「う、ううぅ……すこしまってぇ……」



 リシィはノウェムに急かされてようやく顔を上げるも、その瞳は真っ青で頬は涙で濡れていた。

 ラトレイアの縦穴を落ちた時はこうまでならなかったけど、精神が外見に引っ張られているのならしかたないのかもしれない。


 僕はそんなリシィの涙を指で拭い、彼女は戸惑いながらも周りに注意を向ける。



「ん、すぐそこ……」

「柱しか見当たらないけど……」



 地面はまだ繊維状になる前の白金色の塊で、立ち並ぶ白化した大樹の幹にも見える柱は直径が数十メートルもありそうなものだ。


 それ以外は、周辺をぐるりと見回したところで他に何もない。



「えと……かなしい……さみしい……いたい……声が聞こえるわ……」

「方角だけでもわかるか?」

「ん……」



 リシィはどこか虚ろに、それでも腕を上げて指し示した。



「柱ですね、この裏でしょうか?」

「もしくは中、とりあえず回り込んでみよう」



 そうして僕たちは、今も神龍テレイーズが生み出していると考えられる根源物質の底で、その中心を探し求めて歩き始めた。


 正直に言うと恐ろしい。僕は巨大物恐怖症メガロフォビアではないけど、やはり桁の違う巨大な物体に囲まれている状況は、心にぞわりとくるものがあるんだ。


 動物はもちろん昆虫ですら、僕たち以外には何も動く存在のない世界。


 創星のただ中にある、止めなければならない始まりの場所。



「ようやく見つけたな……」



 しばらくして、僕は誰に言うでもなくぽつりと呟いた。


 柱を回り込むために数十分を要したけど、その裏に、リシィの指差した先に、確かにひとつだけ他とは違う構造物があったんだ。



「お豆腐……ですね」

「う、うん、そうとも見える」



 サクラは口数も少なく見たままを告げた。


 それは白い真四角、いわゆる“豆腐建築”だからそのままを言い表しただけ。

 豆腐を知らない皆は首を傾げているけど、それ以外に表現しようもない。



「あの中にいるわ。こんどこそはっきりとわかるの」



 リシィの言葉で確信を得た僕たちはさらに近づくも、その構造物の周囲だけこの世界で唯一の色があった。



「このお花、廃城ラトレイアの庭園にあったものと同じですぅ」

八岐大蛇やまたのおろちとの戦闘で踏み荒らしてしまった花だね。僕も覚えている」



 忘れようがない。青い花が咲き乱れた庭園は、あの驚異的な再生力を持った八岐大蛇とともに、僕の記憶に鮮烈な色を残している。


 その花が、豆腐建築の周囲にだけわずかな範囲で咲いているんだ。


 無遠慮にまた踏み荒らすのもどうかと思ったけど、すでにアラドラム将軍と騎士たちが内部に踏み入ってしまっている。


 僕たちもあとを追い、見上げるほどになった構造物の傍までたどり着いた。



「アサギ、周辺の精査で何かわかるか?」

「……一辺十三メートル、正六面体。……入口はない」

「完全に閉ざされているのか……。あまり刺激したくないけど……」


「カイト、おろして」

「ああ、どうにかできるか?」

「わたしから語りかけてみるわ」

「頼む」



 そうして僕はリシィを下ろし、彼女は構造物の壁に額をつけて内部にいるだろう神龍テレイーズに語りかけ始めた。



「そこにいるのよね……? あなたの声を聞いてここまできたわ……。聞こえているのならここを開いて、お願い……。それとも、じぶんでは開けないの……?」



 端の見えない広大な空間、風音さえ聞こえない静かな世界、そんな寂しい場所にリシィの優しく語りかける声音だけが心地好く染み渡っていく。


 だけど動きはない、返事すらない、静寂は変わらず寂寥だけが支配する。


 やがて、リシィは額を離してこちらに振り向いた。



「ダメ……なにも反応がないわ……。すぐそばにいるのに……」



 想定はしていた。自分から出られるのなら、そもそも助けを呼ぶこともない。


 リシィは悲しげに、それでも希望の黄金色を瞳に宿して僕を見る。


 ならば、彼女の“剣”であることを願った僕が道を切り開こう。



「みんな、下がって。【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】を使う」

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