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第八十一話 闇底の太陽

 『薙ぎ払う』と告げたカイトの一言に私たちは慌てた。



「カイト、へたに刺激すると!」

「大丈夫、ここに積み重なる墓守は言わば“骨格”だ」



 カイトは山と重なり合う墓守に近づき、あまつさえ不用意に触れた。



「なるほど、間違いないな……。まず床から迫り上がるのは墓守の形を構成する基幹フレームで、駆動、制御、動力系なんかは繭に包まれてから配されるんだ」


「カイトさん、それは……この底部に存在するものは……」


「ああ、不完全な墓守でしかない。この大樹そのものが上昇するにつれて墓守を構築する工場で、ここまで進入できて何もないなら防衛機構も存在しない」



 カイトはそう言いながらも墓守の観察を続けているわ。


 彼の言う通り、目の前に存在する墓守はほとんどが生物でいうところの“骨”で、私は内部構造まで詳しくはないけれど、不完全であることだけはわかった。

 生体組織も今はまだ繊維状の物体が蠢いているだけで、私たちがこれほど近づいても明確な敵対行動を示す個体はひとつとして存在しない。


 だからカイトは、今のうちなら破壊も容易だと判断したのね。

 皆も納得したようで、墓守の様子を同様に観察しながら頷いている。



「いちおう納得はしたわ。おどろいたけれど、カイトの言う通りね」

「主様もお人が悪い。やるならやるで先に説明が欲しかったところだぞ」


「ご、ごめん。この数だから変に刺激はしたくないよなあ……」

「いいわ。カイトのやることだもの、大樹を根本からへし折るでなかった分はましよ」

「ふぇ、おにぃちゃんならそのうちやりそうだと思ってましたですぅ……」


「え、テレイーズを救出したあとならいいよね……?」


「「「……」」」



 皆は困った顔をするも、誰もが『しかたがない』と言いたげな表情ね。


 思えば、カイトはどんなものでも自分たちの有利になるよう利用してしまうから、大樹どころか遺構の天井を落とすくらいはすでに考えていそうだわ……。



「姫殿下、お力添えを願えるか」

「ヴォルドール? なにをするの?」


「我が固有能力“鏡鱗”を使用し、事を成そう」



 “鏡鱗”……ヴォルドールの固有能力……。


 彼はどんな相手だろうと剣の一本で対峙し、実際に打ち勝ってしまうそうだから、その固有能力を目の当たりにした者はあまり多くないと聞くわ。


 私も、彼の言う“鏡鱗”がどういったものかは一切を知らないの。



「えと……この墓守のかたまりをなぎはらうのよね?」

「無論。だが“鏡鱗”は攻撃能力でないがゆえに、お力添えを必要とする」

「わかったわ。わたしは力が衰えているけれど、それでもできるかしら?」

「姫殿下の力を増幅する、多少は無理を強いるやもしれないが……」


「カイト、と言うことだけれど……」

「ああ、成せると言うなら協力しよう。リシィは大丈夫か?」

「ええ、やるわ」



 ヴォルドールの申し出にはカイトも頷いてくれた。


 ヴォルドールは神代起源種“輝竜アラドラム”の末裔で、その存在意義は神龍テレイーズのためにあると語り継がれ、そんな彼が自ら成せると言うのならそれは絶対。

 かなり融通が利かないところはあるけれど、私にとっては大切な“じいや”でもあるから、こんなところで裏切るような真似は決してしない。信じるわ。



「よし、僕たちは万が一に備えて迎撃態勢を整える。サクラ、テュルケ、ポムは周囲に展開、ノウェムは何かあった時には頼むな」


「万が一を凌ぎ、次に皆をこの場から退避させる。任せておくがよい」



 そうして、カイトの指示で皆が行動を始めたあとで、私は彼がアサギにだけ耳打ちをしていることに気がついた。


 私に聞こえないように内緒話だなんて……気になってしまうわ……。


 けれどそれも一言二言のようで、カイトはアサギと共にすぐ私の傍に来る。

 テュルケとノウェム、それにヴォルドールは私を守って前方に立ち、サクラとルシェとポム、騎士たちは左右で等間隔に離れて配置についた。


 カイトは隣、アサギは背後……二人は何を企んでいるのかしら……。



「なにを……アサギとないしょ話していたの……?」


「え、ああ……見ていたのか……。隠してもしかたないから話してしまうけど、アサギの神力はちょっと特殊で、傍にいるとリシィの力を増幅できるんだ」


「……え、えと、それはどういうことなのかしら?」

「うーん……事情が複雑で、落ち着いたら話すでいいかな?」

「むぅ……いいわ、神龍テレイーズの救出がさきだものね」

「リシィに隠し事はしない。機会を作って必ず」

「ええ、信頼するわ」



 カイトはいつだってそう。“三位一体の偽神”の時だって、一人で抱え込むにはあまりに重すぎるようなことも、私たちを慮って機会が訪れるまで胸にしまうの。


 今回もきっとそう、アサギについて私たちの知らない秘密を知っている。


 そうして背後を肩越しに見ると、難しそうな表情をしたアサギと目が合った。

 思えば、彼女は積極的に関わろうとしないから、言葉を交わすことですらこれまで大してなかったけれど、なぜか不思議と親近感を覚える存在なのよね。


 私は伝わるかもわからない小さな声で、一言だけ「お願いね」と呟いた。




 ◆◆◆




 アサギに金光を増幅するよう耳打ちしたのがリシィに気づかれてしまった。


 今は優先順位を考え、アサギの特性以上のことは伝えなかったけど……今後の処遇を考えれば、これが落ち着いたあとにでも真実を話すべきだろう。


 その辺りは本人の意向とも向き合い、追って考えていきたいところだ。



「みんな、準備はいいか?」


「わたしはいつでもかまわないわ」

「我も構わぬぞ。主様の頼み、しかと心得ておる」

「姫さまには指一本触れさせませんですです!」


「はい、こちらも配置完了しました!」

「にゃー! にゃっにゃんにゃっ!」

「竜騎士隊、問題ありません!」


「姫殿下、参る」

「ええ!」



 アラドラム将軍が力を込めて両腕を前に突き出すと、リシィのものとは違った荒々しい金光の粒子が暗闇の中で渦を巻いた。

 そうして金光は墓守の塊を中心とした周囲を取り囲み、やがて粒子は人の頭部ほどの無数の塊に寄り集まっていく。


 その一つひとつはまるで反射板……つまり“鏡面の鱗”なんだ。


 これはひょっとして……SF創作物なんかでよく目にする、反射ビーム砲……。

 要は“鏡鱗”が偏光板の役目を果たすのだろうけど、テュルケの“金光の柔壁(やわらかクッション)”の反射が物質以外は不得手とするために再現できなかった部分だ。


 “鏡鱗”はあっという間に墓守の塊を取り囲み、リシィの金光ほどではないにしろ、新たな光源となって周囲を明るく照らしている。



「リシィ、アサギが増幅する。思う存分に!」


「ええ! 金光よ、根源より放たれる光の奔流となれ!!」



 リシィが重そうな黒杖を力いっぱい振るうと同時に、形を成さない金光の粒子がさらに目映い光を放って僕たちの周囲で煌めいた。


 リシィの背後では、アサギの体からも金光が漏れ出している。


 そうして金光はリシィの懸命な黒杖の動きで鏡鱗に向かい、鏡鱗に触れた傍からより定まった指向性と収束を伴い自我を持ったかのように偏光する。

 それが二放射、三放射と続き、金光は鏡鱗以外のどこにも接することなく、墓守の塊の周囲で勢いを増してぐるぐると回り始めた。


 その様は、闇底に突如として現れた熱く目映い“黄金色の太陽”。



「なんて熱量だ……」



 熱風が逆巻き上昇気流となり、繭のぶら下がる根を大きく揺らしている。


 その内部がどうなっているのかは見るまでもなく明らかで、この内部では生物、非生物を問わずにすべてが焼かれ、いや融解してしまうのではないだろうか。


 やがて放出される金光が止まると、リシィは倒れ込んで僕に寄りかかってきた。



「ふぅ、ふぅ、これで……いいかしら……」

「リシィ、大丈夫か!?」

「ん、すこしつかれたわ……。カイト、抱っこ……」



 僕はすぐにリシィを抱きかかえ、彼女の汗ばんだ肌から相当な力を振り絞っていたことを感じ取り、お疲れさまと優しく髪を撫でた。


 その間にも、闇底の太陽は少しずつ形を崩し粒子と消えていく。



「姫殿下、お見事。これ以上の言葉もない」



 アラドラム将軍は振り向きながら感嘆を述べるも、表情は巌のままだ。


 結果は予想以上だった。墓守の素体は溶け落ち、その大部分が元は何であったのかもわからないただの鋼鉄の塊に変容してしまっている。


 確信があったわけではない。だけど、可能性としては大樹洞を当てもなく探し回るよりはど真ん中を穿ったほうがいいと考え、結果としては正解だった。


 太陽が消えたそこには、さらに地底へと続く大穴がぽっかりと口を開けていた。

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