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第八十話 姿なき最後の神龍

「リシィさん、皆さんも反省しておられるようです。そろそろ先を急ぎましょう」



 怒れる幼女はサクラの静止でようやく止まった。


 時間にすると十分程度だと思うけど、その間は取り囲んだサクラたちの迫力もあり、僕もアラドラム将軍もただ首を縦に振ることしかできずにいたんだ。



「んぅ、まだ足りないけれど……そうね、時間がおしいわ。カイトとヴォルドールはすべてが終わったらまだお説教よ。覚悟しておきなさい!」


「「……」」


「返事はっ!?」

「はいっ!」

「御意」



 そうして僕たちは正座から解放されるも、立ち上がったあとも将軍の厳しい視線は変わらずにこちらを向いている。


 リシィを龍血の継承のためだけにあると言われ、頭に血が上ってしまった。

 おかげで、これまで失っていた“青炎”の力をもう一度引き出せたけど、彼女の言う通りもっとやりようはあったと反省している。


 僕に人らしい感情をくれるのは、いつだってリシィだ。



「今は剣を収める。おまえが特殊な存在であることも理解した。姫殿下の御前、決断は後回しにせねばならぬようだ。見定めさせてもらう」


「それで構わない。だけど、次にまた龍血の継承のためだけに人が存在すると言うのなら、誰だろうと、国が相手だろうと、今一度この拳で殴りつける」



 僕は右腕を掲げ、青炎を燃やして見せた。


 だけど、将軍はそんな僕に対し変わらず巌の視線を向けてくる。

 その理由は、この人がまだ本気を出していないからなのはわかる。固有能力も使わず、振るった剣技もほんの一端だろうから、次は青炎の空間干渉力でさえ安易に使えば覆される、そんな意味の込められた眼差しだ。


 ヴォルドール アラドラム将軍、この人こそ容易くはないのだろう……。



「んうぅぅ、なかよくしろとは言わないけれど……ほんとうに、すこしの間だけでも足並みをそろえなさいよね。でなければ、元の姿にもどってから容赦しないんだから」



 そんな僕たちを、リシィは頬を膨らませて睨んでいる。


 幼女の姿ではどうしたところでかわいい仕草でしかないのだけど、それでもルシェや騎士たちは畏れ敬う相手からの叱咤にずいぶんと応えたようだ。


 僕も反省して、まずはこの暗闇の中から神龍テレイーズを探さなければ。



「アサギ、全体の構造は見えるか?」

「……最底部の直径九キロ。……中央付近、唯一あるのがあれ(・・)



 ランタンと神脈の明かりが届く範囲以外は真っ暗闇の中で、アサギがバイザーの暗視装置を使って周囲を確認する。

 彼女が指差す場所も当然真っ暗だけど、僕も双眼鏡の同様の機能で確認すると、確かにそこだけなんらかの構造物が存在していた。



「墓守……いや、識別が出ない……?」

「……動体なし。……敵性なし」



 それはうず高く積み上がった墓守の塊(・・・・)とでも言えばいいか、こんなものが傍にあったとは……周囲の様子から、特に戦闘があったわけでもなさそうだ。



「カイト、なにがあるの?」

「墓守の塊だ」

「えっ!?」



 僕の答えにリシィは身構えるも、アサギが告げた通り動きはない。



「大丈夫。おそらくは製造途中……生まれる前(・・・・・)と言うべきか、この場所で繭に包まれたものから上に運ばれていくんだ。それ以外は他に見当たらない」



 僕はそう伝え、リシィにも双眼鏡を覗かせる。


 この大樹洞の底では、無数の恐竜型墓守が不完全な形で塊になり、繭に包まれたものから根で上方に運ばれるシステムができあがっていた。


 おぞましい光景だ。有機物でも無機物でもない、生体と機械の境界がなくなった未知の生命体が今まさにこの場所で誕生しているのだから。



「まるで……床から生えているようだわ……」


「……」



 リシィの言葉を受けて皆の視線が自分たちの足元に向く。

 一見すると鋼鉄製、だけど触れる感触が柔らかい青灰色の床だ。


 サクラが膝をつき今一度手で触れて確かめるも、結局は首を傾げてしまう。



「この床自体が神龍テレイーズではなさそうですね……」


「考えられるとしたら、彼女の“創物”の力で作られた墓守を生み出す根源物質……。上でいくら墓守を討滅しようとも、ここが存在する限りすべては無駄骨だ」


「なるほど、姫殿下のお怒りもごもっとも。人同士が争っていては、いずれこの根源物質とやらが外にあふれ出し最悪の事態を招く……。対処せねばならん」

「ええ……。おそらく、神龍テレイーズはみずからの力を制御できない状態にあるの。とめるためには、かのじょをまず見つけ出さないといけないわ」


「でもでも、どこにいらっしゃるのでしょうかぁ……?」

「テュルケの疑問ももっともだな……。リシィ、感じられないか?」



 僕の問いに、リシィは目を閉じて集中する。


 暗闇の中でもっとも遠くを見通せるバイザー越しのアサギでも、これ以上は何もないと首を振るばかりで、ただ考えようによってはひとつしか(・・・・・)ない。


 そうして、リシィはひとしきり周囲に注意を向けたところで目を開いた。



「ダメ……逆に気配がつよすぎて、ここよりも下としか……」

「さらに下か……。とりあえず、あそこから調べよう」

「カイトさん、あそことはつまり……」


「母体の中心となるはずの、“墓守の塊”」


「見ずしてはわからぬが、最悪はその墓守どもを相手にすることとなる。我らの行く道は常に難儀よな」

「【天上の揺籃(アルスガル)】ではあれ以上の墓守を相手にしたし、今さらだろう?」

「それもそうだ。くふふふふ」


「あの、皆様はこのような場所で恐れを抱かないのですか……?」



 当然と言う僕たちにルシェはどこか不満そうだ。



「ルシェ、わたしたちだって怖いわ。けれど、それ以上のものを守りたいがために進みつづけたの。失ったものも多いけれど……だから終わらせないといけないわ」


「それ以上のもの……」


「大切な、守りたい人々よ」



 リシィの答えに、ルシェは少し間をおいて「そうですね」と呟いた。

 巌の将軍はともかく、四人の騎士たちも同様に兜の奥で頷いている。


 なればこそ進もう、まずはこの暗い大樹洞の中心へと。




 ◇◇◇




 んぅ……どうにかいさかいを後回しにできたけれど、進もうとして私に差し出されたカイトの手を引っ叩いてしまったわ……。


 ヴォルドールは外から交わる血をよしとしないから、カイトの存在はなんとしてでも排除しようとするのはわかっていた。

 カイトもカイトで、わ、私のことに関しては頑固だから、言葉でわからないのなら力尽くで押し通ろうとするのもわかっていた。


 けれど、二人とも今後は私にとっても国にとっても必要となる人だから、どうにかお互いを認め合ってもらいたいの。



「こいつは……遠目で見るよりも大きいな……」



 カイトの手を一度は振り払ったものの、結局私は墓守の塊に到着するまで彼の裾を掴んで寄り添うように歩いた。

 私のものではない耐え難い感情が心に流れ込んできて、居ても立ってもいられずに頼るべき支えが欲しかったんだもの。


 カイトは何も言わないけれど、そんな私の背をそっと支えてくれたわ。



「……全高五十六メートル、最大幅百二十三メートル、推定個体数五百超」



 そうして私たちは墓守の塊にたどり着き、その様相に生唾を飲み込んでしまった。


 カイトの言う“きょうりゅう”がどのようなものかはわからないけれど、私の知識の中では竜種に近い姿形をした墓守が数多く塊となっているの。

 ランタンの明かりでテラテラと光る様は不気味で、機械部品が生物の骨のようにそそり立ち、その合間で纏わりつく生体組織が蠢いているから、カイトの言う通り今まさに生まれようと(・・・・・・)しているんだわ。


 動き出さないといいけれど……ここに来ても、あまりにも濃い気配のせいで神龍テレイーズの居場所を特定することはできない……。



「カイトさん、どうしますか? 床を掘るか、墓守を崩すしかありませんが……」



 サクラの問いに、カイトはいつもの調子で考え込んているわ。


 ここを調べるにしても広大すぎて、それこそ竜騎士隊をすべて投入したところでどれほど時間がかかるかはわからない。


 心が痛む。私が私でなくなってしまいそうな悲哀に今は耐えることができているけれど、時間が経てば自身の心との境界が曖昧になってしまいそうで、怖い。


 こんな時に、カイトはどんな答えを出すのかしら……。



「うん、一体も残さずに薙ぎ払ってしまおうか」


「「「!?!!?」」」

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