第三十二話 二度あることは三度ある
◇◇◇
「それでは、こちらが“上層探索許可証”となります。これで晴れてカイトさんも探索者です。おめでとうございます」
「祝福するわ。おめでとう、カイト」
「ですです! おめでとうございますです!」
「みんな、ありがとう。だけど、こんな簡単に探索証をもらっても良いものなのか?」
カイトが『探索者になる』と私たちに告げた翌日、サクラが昨日の内に手続きを済ませていた探索証を彼に渡した。
少し照れたようなカイトは可愛いけれど、それ以上に首を傾げてもいるわね。
「はい、異例ではありますが、カイトさんの場合はベルクさんの指導を受けていたことと、座学以上にご自身で勉強していましたよね?」
「うん、怪我が治るまでは、暇で暇で読書しかすることがなかったし」
「ふふ、そうですね。本来は“見習い”として現役探索者の教導のもと、実際に迷宮を進んで実戦も経験してから、初めて探索証の発行となります。ですがカイトさんの場合は、先日の砲狼戦での活躍が、それに該当すると判断されたようです」
「あー、あれで本当に良いのかな……」
「良いんですです! カイトさんがいなかったら、きっと、もっと……」
「おおお? ヨーシヨシヨシヨシヨシ、もう終わったんだ、大丈夫だよー?」
むー……カイトったら! カイトったら!
主の私の目の前で、テュルケの頭を撫でるなんてっ!
許せないわ! これはもっときつい……。
あ……と、いけない。そうね、みだりに主の頭を撫でる従者もおかしいわね。
平常心よ、取り乱さないように……。けれど、それなら私はずっと、彼に頭を撫でてもらうこともないじゃない……。
違う! そうじゃない! そうじゃないわ!
「ふぅー……」
「リシィ、どうしたんだ?」
「えっ? あっ、い、いいいえ! これで晴れて迷宮に向かえるとなると、『武者震い』を少しね! カイトには関係ないわ、ふんっ!」
あああ……違う、そうじゃないの!
「……あの、えと、そう! カイトに聞きたいことがあったの。『武者』と言うのは何かしら?」
「また日本語を習ったのか? 武者と言うのは、日本の騎士みたいな存在のことだよ。ああ、日本人でリシィの騎士の僕みたいなものかな」
「そうだったのね。けれど、カイトを見ていても判然としないわね」
「とほー、弱そうでごめん」
あ、あああ……違うの! そう言う意味じゃなくて……!
うー……カイトを騎士に叙任したあの日から、変な壁を作ってしまったようで、何か落ち着かないわ。本当は、カイトと対等でいたかったのに……私は、何故あんなことを言ってしまったのかしら……。今更取り消すのも変よね……。
今のだって、“黒騎士”が思い浮かんでしまうから、と言う意味だったのに……。
「お二人とも、迷宮に向かうのは構いませんが、第一界層以降は五人以上のパーティか、それ相応の実力でなければ立ち入る許可も下りませんよ」
「何だって!?」
「忘れていたわ……」
本当に忘れていたわ。
だから、第一拠点から引き返して、カイトと出会えたんだもの。
確か日本語では、『雨降って血固まる』と言ったかしら……何か違うわね。
「サクラ、その辺りの話を詳しく頼む」
「はい、迷宮に挑むとなると、戦闘に従事する者が最低五人は必要です。大抵のパーティは、他に荷物を持つ専属の方も雇っていますね」
「そうか、五人で荷物を分担するとしたら、墓守に遭遇した際の初動がどうしても一歩遅れがちになる。だからこその、専属の荷物持ちも必要と言うわけか」
「はい」
最近は、カイトが『能力に頼り過ぎないように』と言う意味が、何となくだけれど少しずつわかってきたわ。カイトはいつも、今だって一手先を……ううん、何手も先を考えて行動している。だから、私は“将棋”も相手にならなかったのね。
それでも、荷物持ちの話を聞いただけで、戦闘の初動に影響を与えるまで考えが及ぶなんて、普通はないわ。
やはり、カイトは私の“黒騎士”ね……。
やだ、頬に熱を感じる。顔に出ていないかしら。
「うーん、荷物持ちは僕で良いとして……。後はベルク教官を誘えないかな? メイン盾がいると頼もしいんだけど」
「めいん盾……ですか?」
「あ、あーと、パーティの盾に従事する人がいると頼もしいなと……いや、書き留めなくても良いから!」
稀に、私たちでは意味のわからない単語が出て来るけれど、今のもカイトの世界の知識よね。
地球の日本と言う国……興味があるわ、どんなところなのかしら。以前、少し話を聞いた時は、日本人は『黒髪ばかり』と言っていたわね。
私の憧れた“黒騎士”は、もしかしらたカイトと同じところから……。
「ベルクさんは……どうでしょうか……。あの方は元々探索者で、随分前に引退されたそうなので、交渉次第としか今は言えませんね」
「そうか、今度会う時に直接頼んでみよう」
私もルテリアにはサクラ以外で知人もいないから、探す当てもないわ。
カイトと出会わなければ、私たちは本当に初動で躓いていたのね……。
「あっ、そろそろお時間になります。出かけましょうか」
「お、もうこんな時間か。はは、初めての同胞に会うのは緊張するな」
「ふふ、皆さん気の良い方ばかりですから、ご安心ください」
今日は、これから他の日本人に会う約束をしているわ。
何故か私たちにも招待状が届いていたけれど、カイトだったらこんな時は、『うーん、もう調べはついているわけか……』とでも思うのかしら。
彼の言う『先を考えて行動する』こと、何となくコツを掴めそうね。
本当に、出会ってくれてありがとう、カイト。
◆◆◆
うーん、どうするべきか……。
今の僕の悩みは、ノウェムのことをリシィに話す機会についてだ。
鉢合わせするのは確実だし、変な誤解を与える前に明かしておくのは、フラグ対策としては必須だよな。やましいことは何もないんだから、後はいつ話すか。
とりあえず……。
「じゃあ行こうか、みんな準備は良い?」
「ええ、いつでもいいわ」
「はい、戸締まりは確認しました」
「ですです! うふふ~♪ 久しぶりの外食ですです~♪」
鼻歌交じりのテュルケが可愛い。娘に欲しい。
それはともかくとして、今日は日本人の同胞三人に会えるそうだ。
まず、僕たちを食事に誘ってくれた行政府に勤めている人と、今から行く料理屋を営んでいるご夫婦の三人。
夫婦と言うことで両親と重なったけど、苗字が違うらしい。
僕たちは宿処から出て階段を下りる。
そう言えば、サクラが日本料理を習っているのは、このご夫婦からとのこと。
なるほど、日本人仕込みだから、あんな違和感のない日本料理を作って――。
――ムニュ
「アーッ!?」
――ゴッ! ガッ! ドンッ! ゴシャーーーーンッ!!
「カイトさーーーーーーん!?」
「カイトーーーーーーーーっ!!?」
「あわわわわわわ……救急箱ーっ!!」
うぐぅ……昨日の今日でこれとは、僕は注意力散漫なのか?
何だか既視感も感じるけど……階段を下りていたら何か柔らかいものを踏んづけて、驚いてそのまま下まで転がり落ちたんだ……。
テュルケの角が刺さった額が、今度は大きなたんこぶになってしまった……。
「カイト、大丈夫?」
「今直ぐに治療しますね」
リシィとサクラが階段を飛び下りて駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫。あまり高くない階段で良かった……よ……お?」
そう言いながら階段を見ると、中ほどに誰かが倒れている。
踏んづけたはずなのにピクリともしない。どこかで見たことのある紫色のパーカーに、力なく投げ出されているのは薄い褐色の生脚。
……おや?
「アディーテ……?」
「アウー……お腹……空いた……」
僕が踏んづけたのは、前に一度だけ会ったアディーテだった。
彼女は一瞬顔だけ上げたものの、一言だけ発してまた倒れてしまう。
始めて会った時も、確かお腹を空かせていたよな……。
「救急箱ーっ! 持って来ましたですーっ!!」
救急箱を抱えたテュルケが、勢い良く階段の上に躍り出た。
はっ!? これはまずい! 間違いなく、やらかす!
「ま、待てテュルケ! 飛び降りるな――」
――ゴシャァアアアアァァアアァァァァァァッ!!
「カイトさーーーーーーん!?」
「カイトーーーーーーーーっ!?」
「あわわわわわわ……ごめんなさいですーっ!!」
デジャヴュ!!