第三話 地上に向かって
探索拠点に向かって歩き出した僕たちは、先程のロボットの傍を通り過ぎる。
最早動く気配はなく、“肉”も消し炭のようになり、無機質な残骸が転がるだけになっていた。
「こいつは何?」
「これは【鉄棺種】、この迷宮に存在する怪物ね。探索者の間では、“墓守”と言う呼び名で定着しているわ」」
「墓守……この迷宮はお墓なのか?」
「墓守自体が墓よ」
「えっ!?」
随分とアクティブな墓があったもんだ……。まさか僕を追いかけていたのは、中に入れる人間を捕らえようとしていたなんてことは……ないと思いたい。
「カイトを追いかけていたこれは“労働者”。背中に“棺”があるわ」
「……本当だ」
“労働者”と呼ばれた墓守はうつ伏せに倒れ、その背中には棺があった。
棺と言っても長方形なだけで、見ただけではウェポンラックだと思ったかも知れない。
「この中には……」
「詳細不明の“遺骸”が納められているらしいわ。だからこれ自体が墓とされ、その守護者でもあるとされているの。実際にこれが何なのかは、わからないそうね」
「なるほど……追いかけられた理由は、墓荒らしとでも思われたのか」
「どうかしら、極稀に地上に出て来て戦闘になるとも聞くけれど、それ以上の詳しい話を私は知らないの。ごめんなさい」
「い、いや、ありがとう。充分にわかったよ」
うーん、墓か……確かにこいつは、僕を捕まえようとしていたんだよな……。
人を捕まえる理由、良くあるゲームや創作の中では、人そのものが演算拡張や燃料のためだったりもするけど……実際は何の目的があるんだろうか。こんなものが自然発生するわけもないし、確実に作った存在がいるはずなんだ。
何にしても、推測するにも今はまだ情報が足りない。考えるよりも、まずはこの世界を知らないと、僕は身ひとつで足がかりもないんだから。
「それにしても寒いな」
「第一界層は夜間に固定されているから特にね。大丈夫?」
「うん、大丈夫。マントも借りているし」
「カイトさん、毛布もありますです!」
「ありがとう、テュルケ。我慢が出来なくなったら貸して」
「はいですです!」
日本では春先だったこともあり、僕の格好はパーカーにジーンズ。後はテュルケが貸してくれた、丈の短いマントだ。持ち物はポケットに入れていたスマートフォンだけで、今のところは電源を落としてある。役に立つとしてもライトくらいだろう。
一番困った靴は、テュルケの背嚢に入っていた革を、布を緩衝材にして紐で巻いて自作した。工作は得意。
中天に懸かる月の方角を目指す彼女たちに、僕は黙って後をついていく。
不安――そんな感情も、今はまだ好奇心のほうが勝っていた。
―――
青白く揺れる炎の街灯に照らされた街の廃墟。
歩き出して大分経ったけど、代わり映えのしない景観はここまで長く続いていた。大きな月も位置を変えず空に浮かび、ここが地下迷宮だと言うのなら、あの月も実際にそこにあるものではないのかも知れない。
体感では既に二時間は歩いていて、疲労から目の前で揺れる尻尾が眠気を誘うようになっていた。硬質な尖った三角が連なる長い尻尾のようなものが、僕の前を歩くリシィの腰の辺りから伸びているんだ。
ベルトかも知れない、尻尾かも知れない、気になるけど、これって無闇矢鱈に聞いても大丈夫な類だろうか。
「リシィ、変な質問をしても良い?」
「構わないわよ? カイトにとってここは異世界なのだから、私が知っていることなら答えるわ」
「じゃ、じゃあ……リシィの腰から出ているのは尻尾?」
ロングコートのスリットの合間で揺れる、それを指で差して聞いた。
「ええ、何かおかしいかしら?」
リシィがお尻を突き出すと、鎌首をもたげるようにひょいと尻尾も上がった。
動くんだ。自分で聞いておいて何だけど、女性的なしなを作った彼女に、僕は顔が熱くなるのを感じる。
「あ、いや、僕の世界では尻尾が生えた人はいないから、ちょっとした興味だったんだ」
「そうなのね。来訪者を見分ける時は、『特徴のないことが特徴』と教えられたけれど、実際カイトを見るまでは半信半疑だったわ。本当に角も尻尾もないのね」
「ああ、僕もリシィたちを見て驚いたよ」
「あのあの! カイトさん、私にも尻尾ありますです!」
そう言って、僕の後ろを歩いていたテュルケが体をクルリと回す。
腰の大きなリボンの下になって、正面からは見えなかったけど、確かにふわふわとした短い尻尾があった。これは是非もふもふしたい。だけど、大抵尻尾は敏感なところだから、迂闊に触れてはダメな部分だろう。
「尻尾と言っても色々とあるんだな」
「ええ、私たちは竜種だけれど、テュルケは獣種の血が濃いせいね。それに、尻尾のない人も多いわ。代わりに翼や、それこそ人型でなかったりもするわね」
「僕のような人種は、来訪者しかいないと思っても良い?」
「ええ、街まで戻れば実感すると思うわ」
なるほど、僕の認識の中にある、ファンタジー世界の人種が大部分を占めるのか。“人”は存在せずに“亜人”……いや、この世界では僕のような地球人が“亜人”とされるのかも知れない。
「ついでに聞くけど、僕の他に来訪者はどのくらいいるんだ?」
「詳しくは知らないわ。二ヶ月程前にも保護された人がいるとは聞いたけれど、その辺りの話は地上に出た後で、専門家から教えてもらえるはずよ」
「そうか、何にしてもまずは地上に出てからだね」
「ええ、カイトに出会った場所は第一界層の端に近かったから、後は外周路に出て一本道よ。もう少し頑張って」
励まされてしまった。
確かに若干ふらついていて、まともな靴ではない足が痛い。頑張ろう。
それにしても『専門家』か。来訪者保護が厳命されているとも言っていたけど、その理由は何だろうか? 地球からもたらされる知識や技術……心象を伝える翻訳器のある世界で、それが本当に役に立つものかはまだわからない。
迷宮の専門家か、来訪者保護の専門家か、出来れば後者であって欲しい。
今も、これからも、しばらくはお世話になるばかりになってしまうけど、まずは地盤を固めたい。それから何が出来るか考えるんだ、気になることもあるし……。
「見えてきたわ。あそこが外周路の入口よ」
そんなことを考えているうちに到着してしまったようだ。
だけど、ここから見た感じでは、リシィが指し示したそこは普通の家。
そこは、あれだけなかった脇道が増えてきた辺りで、人一人がやっと通れるほどの家と家の合間を抜けた先の行き止まり。闇夜の空は家の向こうにも続いていて、外周路の存在を教えてくれるものは何もない。
「どこに?」
「中に入ればわかるわ」
「そ、そうだね……」
リシィに続いて建物の中に入る、どう見ても石造りのリビングだ。
だけど、驚いたのはリビングの奥、そこには家の中にあるとは思えない大きな門があった。建物の二階分がくり抜かれた空間に門があり、倒れた扉の先にやはり石造りの通路が見えている。
とりあえず、ここで一度休憩をしてから、僕たちは外周路に進むことになった。
―――
外周路――そこは、戦車二台が擦れ違えるほどの幅の広い廊下だ。
その無骨さから砦を思わせ、床や壁は切り揃えられた石材が交互に積み重なり、天井まで少なく見積もっても二十メートルはある。
少し高い位置に、大きな開口部が一定の間隔で配され光を差し入れていて、常に闇夜だった第一界層よりは比較的明るい。開口部の奥は青白く揺らめいているので、あの向こうは外ではなく街灯と同じ青白い炎があるんだろう。
「隠れて……!」
突然リシィが小さく声を上げ、腕で僕たちを制して門の陰に追いやった。
頭だけを少し門から出して警戒している様子から、廊下の先に何かが存在することだけは伝わってくる。
彼女が警戒するとしたら、門の先に存在するのは……。
「墓守か……?」
「ええ、あれは“砲兵”ね。労働者と違って、遠距離攻撃をする戦闘用の墓守よ」
リシィはこちらに視線だけを向けて告げた。
彼女の瞳の色が赤い。燃えるように、それでいてルビーのように透き通り、強い意志を感じる力強い赤だ。つい先程まで、緑色だったことははっきり覚えている。
やはり見間違いではなかった、リシィの瞳は明らかに色を変えているんだ。
そして恐らく、これは“警戒”の赤色。
危険を前にして、感情が瞳の色として現れたもの。きっとそうだ。
「……避けられないのか?」
「どうかしら。私たちもまだこの迷宮に入って日が浅いから、地理に明るくはないわ。ここで回り道をしたとしても、迷うことも別の墓守に遭遇する可能性もある。内部拠点に帰ろうにも食料が心配だわ」
「そうか、僕一人分が増えたから……!」
「気にしないで。ここはもう地上に近いの、どの道放ってはおけない」
覚悟を決めたリシィの瞳が赤く、ただ純粋な赤色に強い輝きを放った。
これは立ち向かう意志の色だ。その赤に、僕はただ魅了されることしか出来ない。
「テュルケ、行くわよ! ここを押し通るわ!」
「はいですです! お嬢さま!」
僕も、僕にも何か、彼女たちの支えになることは出来ないのか。
まだ再編集版では未登場ですが、活動報告にサクラのイラストを上げてあります。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1375429/blogkey/2099530/