第七十三話 進化の果てに迫るもの
封牢結界に入り、僕たちが最初にいたのは成長途中の建物の屋上だった。
言い得て妙だけど、屋上で生えていた木も建物の一部であとから一体化したわけでもなく、最初から区別なく建造物であり植物でもあったんだ。
僕たちは建物の階段を下り、開けた鋼柱の大地を進んで青黒い森にたどり着いたあとは、その際を右方向に見えた亀裂へと向かい始めた。
「主様よ、大樹は見えておるから転移で一息ぞ? 構わぬのか?」
「うん、転移が必要なのは行きよりも帰りだ。ここが崩壊することも想定し、場合によっては竜騎士隊の退避にも手を貸すことになる。今は力を温存して欲しい」
「うむ、やはり主様よな……。念には念を入れ先のことまでよう考えておる」
「わたし、知っているわ。こういうのを、日本語で『いしばしをたたいてわたる』と言うのよね」
「どちらかと言うと、『危ない橋を渡る』かな……。それも事前にできるだけ補修して無理やりだから、あまりお手本にはして欲しくないね……」
「でもでも、それでもやっぱりおにぃちゃんはすごいですぅ~」
「はい、カイトさんが無理やりだとおっしゃっても、私たちが今もこうしてお傍にいられるのは、間違いなくカイトさんのおかげです」
「支えてくれた皆のおかげでもある。運がよかったとも思うし、慢心はしないよ」
「リシィさまが騎士と選んだ者は伊達ではない、さすがです。リシィさまが」
「はは、僕もいちおうは褒められているのかな……?」
僕たちが踏み締める大地には、六角の鋼柱が敷き詰められ大きな段差も存在し、人のサイズ、特にリシィやノウェムではつまづいてしまうほど歩き難い。
そうして、墓守がひしめく青黒い森を左手に、切り立った崖を視界に収めたあとは左折し、森と崖の合間に存在するわずかに開けた場所を大樹へと向かう。
森の際から崖までは十数メートル。いちおう確認のために崖下を覗き込むと遥か下方に青光の流れが見え、墓守を落としてしまえば這い上がることはないだろう。
相手によっては、早い段階でノウェムの力を頼ることになるか……。
「カイト、そんな端にいくとあぶないわふにゅっ!?」
「リシィッ!?」
「姫さまっ!?」
「リシィさまっ!?」
リシィは僕に気を取られたことで、高い段差に足を引っかけ転んでしまった。
「大丈夫か!?」
「だ、だいじょぶ、あるきにくいだけよ……」
すぐに駆け寄って助け起こしたけど、大丈夫と言う割には涙目だ。
どうやら受け身を取りそこねたようで、彼女の額は赤く擦れてしまっている。
「んにゅっ!? カイトッ!?」
リシィの驚いた顔が近い、僕が有無を言わさずに抱き上げたからだ。
見開いた瞳の色は緑と黄に煌めき、「はわわ」とでも言いたげな口はそれでも反論せず、少しの困惑のあとで僕の首に手を回して落ち着いた。
「ごめん。小さな体でこの段差は厳しいよな、始めからこうしておけばよかった。安全な場所を探して額の手当てを……」
「ひ、ひたいはすこし擦っただけだからだいじょうぶよ! いまは先をいそぎましょう! けれど、支えてくれるとたすかるわ……。ありがと……」
「う、うん、わかった。みんなも地面の段差には気をつけて!」
「ぐんぬぬ……その手があったか……」
「ノウェム、二人は無理だよ……」
「わかっておる!」
そうして僕たちは、より地面の段差に気をつけて進むようになった。
敷き詰められた鋼柱の高さは、低くてもくるぶし、高いと僕の身長を超えるくらいに迫り上がり、それが人の頭部ほどの太さでどこまでも敷き詰められているから、平地にもかかわらず登山をしているかのように体力を消耗してしまうんだ。
これでは満足に急ぐこともできないけど、今の僕たちには一歩一歩を確かに踏み締めることこそが大切だと思う。
「にゃっ!」
だけどあらためて進み始めると、ポムが少し離れた森に警戒の視線を向けた。
「何か来ます……。間違いありません、墓守です!」
続いてサクラも気がつき、森の中で木々が倒され近づいていることから、間もなくその何かが目の前に現れることを僕たちも認識する。
――ズンッ、ズンッ、バキッズズンッズズンッ、メキメキッ、ドッドドドッドドッ!!
「加速した!? こちらを捕捉しているのか!?」
「正面、来ます! 大型墓守です!!」
――ドガアアァァアアァァァァァァァァァァァァッ!!
砲撃でもしたのか森の縁が爆発で吹き飛び、火と煙の中から巨体が姿を現す。
こいつは……大きい……。
全長は尻尾があるぶん戦車よりもさらに長く、二十メートルに迫る。
木の幹のような太い四脚、ずんぐりと山のように盛り上がる胴体とその背には大口径三連装砲が一基、首元は盾のような大きく広がったフリルで保護され、その際立った特徴から何を模された恐竜なのかはすぐにわかった。
「“三本角を持つ顔”……」
誰もが一度は見たことのあるその姿を間違えようもない。
灰色の装甲に包まれ、その下は肥大した“肉”の体でまさに“生体機甲”。
その巨体で僕たちの進路を阻み、視線は確実にこちらを捉えている。
「カ、カイト……」
リシィが驚愕し、僕に視線を向けたと同時にトリケラトプスの肋骨が開いた。
「リシィ! テュルケ! 防御!!」
バシュシュッと断続的な発射音と遅れて瞬く金光、僕たちの周囲に光結界と金光の柔壁が張り巡らされ、一瞬あとで弧を描いたそれが弾着する。
――ドゴッゴガァァアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!
「きゃああああああああああああっ!!」
爆発音と悲鳴が重なり、辺りは一瞬で赤い猛火に包まれたものの、火はサクラがすぐに【烙く深焔の鉄鎚】を振るって消し止めた。
立ち込める白煙は濃く、墓守によるこれほどの強襲にもかかわらず、リシィとテュルケの防御結界はなんとか衝撃を受け流してくれたようだ。
「みんな、無事か!?」
「今の……なに……。え、ええ、だいじょうぶよ」
「砲弾ではありませんでした……今のは、日本で学んだ……」
「ああ、装備する個体が存在してもおかしくはないと思っていた……」
ここに来て、あって然るべきと想定していたものがついに出てきた。
肋骨と思ったものの先端に装備されていたのは、“ロケットランチャー”。
だけど今となっては、その背の三連装霊子力砲のほうがよほど脅威だ。
「これ……が墓守……。私たちに、勝ち目はあるのですか……?」
ルシェは戦慄するも、墓守との実戦経験がないならしかたない。
僕たちでさえ恐竜型は未知の相手なんだ、確立された戦法もない。
だけど、それでも……。
「狼狽えるな! 如何に強固な装甲と【イージスの盾】を備えようとも、段取り通りに追い込み、誘い、落としてしまえばなんてことはない!」
「くっ、私としたことが敵を目の前に狼狽えるとは……! リシィさまの一の騎士を名乗る者として、恐ろしき相手だろうとも立ち向かいます! カイトさま、指示を!」
「ああ、その意気だ」
さすがに皆はもう慣れたものでルシェ以外は戦闘態勢を取り、彼女もまた騎士剣を抜いて僕も同様にリシィを抱えたまま剣を抜く。
そして右腕に力を込め、騎士剣を包み込んだ金光が【星宿の炉皇】を形成する。
「アサギ、三連装砲が向いた瞬間」
「……問題ない」
「リシィ、テュルケ、防御に専念」
「ええ、いまの姿では頼りないけれど、それでもみなを守るわ」
「姫さまと一緒にみんなをお守りしますですですっ!」
「サクラ、ポム、ルシェ、陽動と最後のひと押しを頼む」
「はい、段取り通りにですね。お任せください!」
「にゃーっ! にゃっにゃにゃんっ、にゃあっ!」
「テレイーズの竜騎士たる誇り、今ここに!」
「ノウェム、神器を容易に顕現できない今、それと同等だと信じる君の力を頼りにする。“飛翔”だけで何よりも優位に立てると僕は知っているから」
「くふふ、嬉しいな。我は主様と家族皆の役に立てることが何よりも嬉しいのだ。あの程度の墓守ごとき、我の力をもって奈落へと突き落としてくれるわ」
「ここからが正念場だ。僕も……終わるまで多少の無理は許容して欲しい」
皆は眉をひそめながら、それでも僕の言い分に頷いてくれた。
「よし、如何な無理だろうと押し通し、この世界の不条理はこの手をもって覆す!」