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第七十二話 歪み あふれ 世界は塗り替わる

「まだ、わたしたちの前に立ち塞がるのね……」



 僕たちが踏み入った場所には、あの大迷宮と同じ広い世界があった。


 封牢結界は外観が数キロほどの構造体にもかかわらず、内部は一辺がおよそ数十キロもあるような世界だったから、物理的な連続性は期待できないだろう。


 ここもまた【惑星地球化用龍型始原体テラフォーマー】の力で創生された、地球とはどこか別の場所、別の空間にある世界なんだ。



「広いですが、端は見えていますね。一日もあれば往復できるほどの距離です。ただ、何事もなく通してくれなさそうではあります」



 サクラが警戒しながら、この世界の有様を端的に表した。

 確かに広いけど、彼女の言う通り端は歩いてでも行ける距離にある。


 遠くに見える外郭はここまでと同じ柱状の構造物が組み合わさり、見上げる天井はその青黒い鋼柱がまるで鍾乳石のように迫り出しぶら下がっているんだ。

 高さはかなりあり、驚くことに中央付近の鋼柱に至ってはすべての面に“空”が映し出され、不完全ながら惑星の在り方を模倣しているのだろう。


 映し出された太陽からは熱まで感じられ、この空間自体がもはや人の認識の範囲では説明することすらできない領域の現象だ。



「リ、リシィ様、この木は見た目が鋼材にもかかわらず手触りが木材そのものです! な、なんなのだこの世界は……私は何を見せられているのか……」



 混乱するルシェが触れているのは、まるで鋼鉄(・・)でできているかのような()だ。


 一見すると鋼柱と同じ材質の青黒い鋼だけど、触れると紛うことなく木に触れた感触で、やはり青黒い色の葉は吹く風で揺れているほど実際に柔らかい。


 視線を巡らすと、この鋼鉄のような木は大地ともなっている鋼柱がそのまま変化してなったものらしく、眼下にはそれによってできた青黒い森が遠く広がっていた。



「我も珍妙なものには慣れたつもりでいたが……ここはあの大迷宮以上に不可思議な世界よ……。主様、あの建造物もこの珍妙な植物で形成されているようだぞ」



 ノウェムが指し示す森の合間には、一見するとなんてことのないビルだけど、よく見ると植物がより集まってビルの形(・・・・)をなしている建造物が存在した。


 なんてことだ……ここでは有機物も無機物もまるで区別がない……。

 ラトレイアの深層にもあった鉱石の花と同じもので植生が成り立っているんだ……。


 この様は、正しいのか正しくないのか、僕には歪なものにしか見えない……。



「カイト、あそこで竜騎士隊と墓守がたたかっているわ。墓守は見たこともないすがたをしているけれど……あれは、竜……?」



 そして、リシィが視線を向ける先には、墓守、かつては【鉄棺種】と分類された異形の機械生命体が存在していた。


 ただ、これまで対してきたものとは外見が異なってしまっている。


 それは爬虫類の頭部を持ち、二脚や四脚にそれ以上の多脚と姿は様々だけど、その大きな体躯を鱗と装甲で堅固に覆われた、かつての地球の支配者……。


 ……そう、“恐竜”だ。


 その数は数えきれない。木々の合間に見えるだけで数十は存在し、小型から大型までが広大な森に潜んでいるとなると、その総数はどれほどになってしまうのか。



「ここはおそらく、有機物も無機物もまったくの区別なく、無作為に古生物の森を再現しようとした世界だ。どう例えようとも、こんなのはただ歪でしかない」



 それでも、こんなものですら、神力の青光が煌めくこの青色の世界が幻想的に思えてしまうほどに、僕の感性は無様だ。


 こんな無情な世界があっていいはずはない……。



「とめないと……」

「リシィ……?」


「神龍テレイーズの嘆きがきこえるわ……。自身の暴走する力をとめられず……ただ『いたい、いたい』と泣きさけんで……はやくとめてあげないと、いずれは……」


「そうだな……助けを求める少女はこのどこかにいる。竜騎士隊より先に、墓守の妨害を退け、この歪な世界からも僕たちの手で救い出すんだ」


「ええ、すすみましょう」

「墓守の相手は私にお任せください」

「居場所さえわかれば、我が転移で送り届けようぞ」

「やってやるですですっ! 怖い顔の墓守にも負けませんですっ!」

「……命令待機。……おと、カイトの指示を待つ」

「にゃにゃにゃっ! にゃんにゃーっ!」



 皆は自らに意気を込め、改めてこの未知の世界を進む覚悟をした。


 今も所々で竜騎士隊と墓守による戦闘音が響き、ここからでは視線が通らない森の中でも木々が薙ぎ倒され、視認できる以上に戦闘が行われているらしい。


 そんな状況で、まずは僕たちがいるどうやら建物の屋上のような場所から、神龍テレイーズの居場所の目星をつけなくてはならない。



「リシィ、その共感は神龍テレイーズの居場所までわかるか?」


「えと……カイト、わたしを抱き上げて縁に立たせて。すこしでも近くにいられるのなら、かのじょの声をもっと全身で感じられるかもしれないの」


「わかった」



 僕はリシィを抱き上げ、腰の高さまでせり上がった建物の縁に立たせると、彼女はすぐに目をつむって祈るような姿勢を取った。


 リシィが落ちないように、僕は少し熱っぽい小さな体を抱いて支える。



「いたい……からだがいたい……たすけて……くらい、くらい、なにもないへや……さむい……あかいち……あふれるくろ……とまらない……せかいがこわれる……」



 “赤い血”はそのままの意味として、“あふれる黒”……?


 神龍テレイーズは傷ついたまま、体を蝕む何かは今もというわけか……。



「壊れる……。カイトさん、もしもこの世界の外壁が崩壊でもしたら……」



 サクラも近づき、リシィのお腹にそっと手を添えて懸念を口にした。



「ああ、事態は思った以上に深刻みたいだ。この世界が、外の世界を侵蝕でもするようなことになれば、今の環境は激変してしまうだろう」


「いざとなれば我が転移陣に飲み込む。狭間に隔離し、決して外界には出さぬ」

「ノウェム!? そんな無茶をすれば君は……!」



 ノウェムもリシィの隣に立ち、自らを犠牲にする覚悟まで告げた。



「くふふ、そうならないためにも行動する。そうであろう?」

「……ああ、そうだ。誰一人、犠牲になんてするものか」


「ええ、誰一人として、そのとおりよ。ノウェムだって、今はもうわたしの大切な家族なんだから、自己犠牲は口に出すのもやめてほしいわ」


「ふぬっ!?」



 リシィは祈る姿勢を解き、隣に立つノウェムの手を取った。

 建物の縁に立つ二人が、手を握り合ってお互いに視線を向けている。



「すまぬ……。主様やリシィにばかり負担をかけさせたくなかったのだ……」

「わかっているわ、いっしょに家に帰りましょう。あの、ルテリアの宿処に……」



 そうして、ノウェムは恥ずかしそうに顔を背けてしまったけど、それでもリシィは手を離そうとせず握り締めたまま肩越しに僕を見る。



「それでカイト、おおよその位置しかわからないけれど……」

「ああ、構わないよ。近づけばより強く存在を感じるだろうしね」


「場所は、正面のひときわたかい塔……」

「やはりか、目立つから竜騎士隊もあれを目指しているんだろう」

「ではなく」

「違うんだ!?」


「その奥に大樹が見えるわよね、あのあたりから感じるわ」


「あっちか……」



 確かに、ひとつだけ目立つように突き出た塔のさらに先には大樹があった。


 青黒い幹、青黒い葉、他の木々よりも三倍は高く突き出て、幹では血管のような神力の流れが濃く太く遠目にわかるほど青光を煌めかせている。


 距離にするとここから二十から三十キロ、遠いけど歩いていけない距離ではない。



「主様、まずは我が空から……」


「いや、翼竜型の墓守もいるようだから安全が確保できない。僕たちは森を右方向に迂回し、右手に見える崖の際を進もうと考えている」


「崖際は危険ではありませんか?」

「危険だけど、未知の墓守に遭遇したら落としてしまえば(・・・・・・・・)いい」

「それは名案ですね……」



 そうして進路を定めていると、呆然としていたルシェがようやくこちらを見た。



「これが、リシィさまが直々にお選びになった騎士の思考……。まだ認めたくはありませんが、恐れ慄くでなく冷静に見極めようとする姿勢は驚嘆せざるをえません」


「よりよい結末にたどり着きたいだけさ。騎士であり、人として、リシィや皆を守るために必死に考えているだけ、だからルシェも協力して欲しい」


「頼られるまでもなく、リシィさまと人々をお守りするのが私の役目です」



 少し離れた眼下では、竜騎士隊と恐竜型墓守との戦闘が激化していた。

 彼らに加勢したくもあるけど、僕たちは僕たちにしかできないことをまずやる。


 目指すは神龍テレイーズが隔離される牢獄、この世界の中心にそびえる大樹だ。

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