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第七十一話 創られる世界

 僕たちの隠れ潜む北側とは逆、竜騎士隊野営地の南側で火の手が上がった。


 四方を巨木で囲まれたこのような樹海での火災は、中にいる者にとっては逃げ場を失ってしまう非常に危機的な事態だ。

 野営地には怒号が飛び交い、それでも騎士たちは規律だった動きでさまざまな手段を用い、ほぼ全員が消火のために南へ移動していく。


 だけど、あの火はサクラによるもの。制御可能な“炎熱”による火災は、できるだけ自然環境に配慮した陽動となるように最小限のものだ。



「ルシェと言ったか、あの者は本当に信用してもよいのか?」


「わたしは信頼しているわ、おさないころから人となりを知っているもの。もし、まんがいちがあったとしても強行突破してでもすすむ。そうよね、カイト」


「ああ、ここまで来たんだ。なんとしてでも神龍テレイーズを助け出す」



 ルシェは茂みに隠れ潜む僕たちを背後に、ひとけが数えるほどになった野営地をズンズンと早足で歩いていく。


 彼女の役割は、封牢結界の開口部から見張りを遠ざけること。

 そして今、ルシェは入口を守って微動だにしない三人の騎士に話しかけた。


 信頼ができたとしても懸念はある。竜騎士隊副隊長とはいえ、彼女はフザンに駐留する部隊の指揮を任せられていることから、ここにいる人物ではない。

 それでもその立場を利用し、少しの間だけでも入り込む隙ができれば無駄な争いや混乱を避けられるんだ。


 僕たちは茂みに身を潜め、騎士たちと話をするルシェの様子を見守る。

 まずはお互いの敬礼から始まり、二言三言の会話のあとで、騎士たちは火の手を指差す彼女の指示に従ってその場から立ち去った。



「よし。ノウェム、頼む!」

「あい!」



 合図と同時に封牢結界の入口とを繋ぐ転移陣が目の前に展開し、僕たちは全員で空間の裂け目に飛び込んだ。


 一瞬で移動すると、まず真っ先に驚いたルシェが視界に入る。



「本当にセーラムのお方なんですね……!」

「事前に伝えたであろう、何を今さら驚いておるのか」


「二人とも話はあとだ、見つかる前に内部へ!」


「はっ、ただちに!」



 そうして僕たちは、竜騎士隊の目を盗んで封牢結界の内部への潜入に成功した。


 ノウェムの力はできるだけ温存しておきたかったけど、見つかって行動を封じられる可能性を考え、野営地を横切る行程をまるごとなくしてしまったんだ。

 距離にすると、大きく太い根や凹凸のある地形でおよそ一キロはあったから、この間をわずか一歩にできる転移能力はやはり驚嘆せざるをえない。



「あとはサクラね。見つからないといいのだけれど……」

「大丈夫だ。この場所なら立体機動しやすい、すぐに……ほら来た」


「お待たせしました!」



 内部に入ってすぐの場所で待機していると、それほど待たずに松明の明かりが差し込む入口からサクラが戻ってきた。


 巨木を使って高所を伝い、葉で姿を隠しながら騎士たちを跳び越えたんだ。



「ありがとう、サクラ。火は?」

「できるだけ火勢を弱めました。心苦しいですが、焼失は最小限です」

「うん、無理を押しつけてごめん。終わるまでは頼む」

「はい、私からの申し出ですから。ですが……また尾を梳いてくださいね」

「ああ、満足するまでいくらでも」


「ノウェムも、全員を陣に通して調子はどうだ?」

「子細ない。今はまだ自身で気がつくような変調もないぞ」

「それならよかった。また合図するまで、しばらくは温存していて欲しい」

「心得た。主様の妻となる試練ならば乗り越えてみせようぞ」


「よし、ポムとルシェは前衛、リシィを中心にサクラとテュルケは左右警戒、僕とノウェムとアサギは後衛で追従する。行こう!」



 僕たちは隊列を組み、相変わらずの青光に照らされる内部を進み始めた。


 この施設は、エウロヴェを封じ込めた封牢結界の一部で、元々が十二神獣も封じ込めるために建造された独房区画らしい。

 アシュリーンによると、僕たちが【天上の揺籃(アルスガル)】の内部を進んでいる間に、神龍テレイーズは区画ごと地上に投棄されていたとのことだ。


 内部は見慣れた青光の溝が薄暗い通路を照らし、壁や床、天井のすべてが青黒い鋼柱が複雑に交差する一本道。

 巨大な寄木細工と言えばいいか、人工物にもかかわらずどこか天然の洞窟のようでもあり、ずいぶんと長い直線の先には青光でも松明でもない光が見える。



「私が内部のことを知っていれば、案内もできたのですが……」



 ルシェが隊列の二番手を歩きながら申し訳なさそうに言った。



「気にしないでいい。神龍テレイーズが発見された様子もないんだ、未知を進まなければならないのはこれまでもこれからも一緒さ」


「そうよ、ルシェ。それに、ここに来てさらにつよい繋がりをかんじるようになったの。神龍テレイーズは、まちがいなくこの遺構のおくふかくでたすけをもとめているわ」


「リシィが感じるのなら確かなんだろう。竜騎士隊、そして墓守との遭遇に警戒しつつ、慎重にそれでも迅速に最奥を目指すんだ」

「ええ、できるだけ安全を確保しながらいそぎましょう。全身をひきさかれるような痛みもつよくなっているから……」


「リシィは大丈夫なのか……?」

「ええ、わたし(・・・)は……ね」



 『痛み』か……状態はあまりよくないのかもしれないな……。


 それでなくとも、最後に見た神龍テレイーズの姿は“肉”をむしり取られ半ば白骨化していたから……。あの状態は、どんな超常存在だろうと生き地獄だ……。


 リシィの視線は通路の先、封牢結界の最奥を遠く望んでいるかのようで、その瞳の色は内部に入ってから常に黄金色に輝くようになった。

 共感する痛みがどの程度かは、彼女の背を見ただけでは察することもできない。


 ならばと僕は考える、これより先は何をなすべきなのかを。



「アサギ、君にとってリシィは憎い存在なのかもしれないけど、さらに小さくなった体では神器の顕現も困難になっているだろう。アサギの、龍血の力を貸して欲しい」


「……」



 僕はアサギにだけ聞こえるように小声で伝えた。


 彼女はただ、自分の母親と同じ存在(・・・・)となるリシィの背を見ている。


 何を思うのか、リシィのようにはっきりとは色を現さない瞳の奥で、どのような感情が揺れているのかはわからない。



「アサギ……?」


「……嫌い……だけれど、憎くはない。……ずっと会いたかった……いなくなってしまったことが、傍にいてくれなかったことが……私は悲しかった」



 アサギの無表情が、嗚咽を漏らすことを堪えるように歪んで唇を噛み締める。



「……一緒に旅をしてわかった。……あの人は、いつだってお父様のことを考え、いつだってお父様を大切に想っていることが……わかった」



 それでも彼女は涙せず、少しの逡巡のあとで僕を強い戦士の眼差しで見た。


 リシィによく似た、高潔で誇り高いどこまでもまっすぐな黄金色の瞳で。



お父様(・・・)、足りない力は私が補うわ。……だから、お母様(・・・)を守って」


「驚いた……改めてリシィにそっくりだ……。それが本来のアサギなのか?」

「ん……昔、お父様にも言われた……。だから嫌だったのよ……」



 そうしてアサギは顔を背けてしまい、不思議な父と娘の内緒話は終わった。


 これが終わったら、彼女はどうするのだろうか……。あくまで“アサギ”という個人として生きていくのか、それとも皆にすべてを打ち明けて家族の関係を取り戻すのか、なんにしても彼女の選択しだいで未来はいくらでも変わる。


 話せば皆は受け入れてくれそうだけどな……。それも、なぜか僕の“しかたなさ”になってしまい、それでも当然のように受け入れてくれるんだ……。


 きっと、リシィだって……。





「にゃっ! にゃにゃんにゃっ、にゃーにゃっ!」



 僕とアサギが話している間も歩みは止まらず、しばらくするとこれまで黙って先頭を進んでいたポムが鳴き声を上げた。


 どうやらどこかに出たようで、僕たちも続いて薄暗かった通路から出ると、突如として広がった目の前の光景に誰もが一様に驚いてしまった。



「ふわあぁっ!? おにぃちゃん、これっ、すごいですぅー!」

「ああ、いまだ神龍テレイーズが発見されない理由はこのせいか……」


「“創星”の力……。ここでも空間ごと世界・・が築き上げられているんですね……」

「今はもう懐かしい感覚だ……。ここも間違いなく、あの大迷宮と同じ……」


「まだ、わたしたちの前に立ち塞がるのね……」



 そうだ、超常の力によって閉鎖空間に形成されたひとつの世界(・・・・・・)




 【重積層迷宮都市ラトレイア】――。




 僕たちの行く手には、またしても“この世界”がどこまでも広がっていた。

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