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第六十九話 姫 と 幼馴染

 フザン到着と同時に拉致された僕たちは、ルーシス アルドヴァリと名乗った女騎士に大きな館まで連れてこられた。


 彼女の言った通り、たしかに館はどの宿よりも大きく、町の北西の湖に面した絶好の立地に存在するためゆったりとはくつろげそうだ。

 とはいえ、館内に連れ込まれるなり無数の使用人に取り囲まれ、そのままの勢いで応接室に放り込まれたもんだから、僕たちは呆気に取られつつも今は覚悟を決めてソファでおとなしくしている。



「奥方……」

「サ、サクラ、大丈夫……?」

「あっ、はいっ! 大丈夫です!」



 どうやら、サクラは“奥方”と勘違いされたことが嬉しいようだ。

 僕も『子どもたち』なんて言ってしまったから、勘違いされるのはしかたない。


 室内はちょっとした会社のオフィスくらいはあるだろうか、これまで幾度となく通された応接室の中ではもっとも広い。

 ただ、調度品の類は置かれているものの広さの割には質素で、品のよさが視界を疲れさせず落ち着いた空間となるように演出されていた。


 その一角で向かい合うソファには、僕を挟んだ隣にリシィとノウェム、対面には端から順にサクラ、アサギ、テュルケが座っている。


 今のところ、リシィはまだフードを被ったままだから正体はバレていない。



「カイト、わたし……正体を明かそうと思うの」

「うん、やはりあの騎士は知り合いなのか……?」



 アルドヴァリさんは『しばし待たれよ』と隣室に出ていき、今は僕たちと部屋の隅に侍女が三人立っているだけで周囲には誰もいない。


 そんな状況で、リシィがフード越しに覚悟を決めた視線を僕に向けてくる。



「ええ、どこかですれちがう覚悟はしていたけれど……まさか、さいしょに見つかるのが彼女だとはかんがえていなかったわ……。それも、こんなむりやりに……」


「リシィが決めたのなら、彼女は信頼できる人物なんだろう?」



 リシィは視線を合わせたまま、幼女にあるまじき大人びた表情で躊躇なく頷いた。



「ルーシス アルドヴァリ……ありていに言えばおさななじみね……」


「そ、それは面と向かってしまえばすぐにバレそうだな……」

「私もちっちゃいころから一緒なので、次は気づかれますぅ……」


「……わかった、リシィの決定を支持するよ」

「ありがとう、カイト」



 内部事情に詳しくない僕では、誰が信頼に値する人物かは判断できない。

 だけど、リシィとテュルケが長年の“友”と認識するなら僕も信じよう。



「私としては、リシィさんとテュルケさんのご友人だとしても、いささか強引すぎるあの方はいずれ不測の事態を招くと考えます。それでも、ですか?」


「サクラの言い分ももっともだけど……」

「彼女、普段はあんなではないのよ……」

「ん? どういう意味?」



 その時、一度は閉じていた隣室のドアが開き、当の本人が戻ってきた。


 どうやら鎧を外して着替えたようで、今は袖や裾がゆったりと広がるミリタリー調のスイングドレスを着ている。白色で胸元にはリボンが飾られ清楚で華やいだものだけど、同時に飾緒もかかっていることから騎士の礼服なんだろう。


 だけどそれ以上に気になったのは、アルドヴァリさんから先ほどまでの勢いが消え、どうも申し訳なさそうに意気消沈していること。



「あ、あのぉ……無理やり連れてきてしまい、申し訳ありません……」



 そして、彼女はこちらにやってくるとまず丁寧に頭を下げた。


 何があったのか、退出して戻ってくるまでにずいぶんと印象が変わった。

 『くっころ!』が口癖になりそうな融通の効かない女騎士そのままだったのに、今はどういうわけか怖気づいたかのように僕たちの様子を伺っているんだ。



「えーと……アルドヴァリさんには双子の姉妹が……?」


「ちがうわ。ルシェはよろいを脱ぐと……いえ逆ね、よろいを着ると人格がかわってしまうのよ。じっちょくすぎて役割・・になりきってしまうの」



 僕の疑問にはリシィが答えた。

 当然、当の本人は目を白黒させている。



「あのぉ……私のことをご存知なのですかぁ……?」


「ルシェ、話したいことがあるの。人払いをしてもらえる?」

「え、えと、私を人気のないところで手篭めにぃ……」


「人払いをしてもらえる?」

「はひぃっ……!」



 打って変わって幼女にやり込められる女騎士……本当に同一人物だろうか。


 そうして、アルドヴァリさんは正体のわからない幼女の言いつけを聞いてしまい、室内で待機していた侍女たちを廊下に追い出した。


 その際も涙目で『お願いしますぅ』だから、こうして目の当たりにしても同一人物だと言われても、実際の印象は全く重ならずにただ困惑するばかりだ。



「これでよろしいでしょうかぁ……」

「ええ、ありがとう。……ひさしぶりね、ルシェ」



 アルドヴァリさんは意味がわからないと言いたげな面持ちだけど、その疑問にはリシィが直接応え、これまで被っていたフードを脱いで白金の竜角を露わにする。


 だけど、それでも彼女は驚きとともに余計に表情を曇らせてしまった。



「えと、どういうことですかぁ? 私の知っていた(・・・・・)人にとても似ていますけれどぉ……」



 そんなアルドヴァリさんの反応に、テュルケがソファから立ち上がった。



「こちらは正真正銘の姫さまですですっ! 私たちが旅に出る前日に最後にお話したのもルシェさんなので、忘れたとは言わせませんですですっ!」


「……えっ? ……えっ、あなた……テュルケ!?」

「ですですっ! おっきくなったテュルケですですっ!」


「……えっ? ……えっ、えっ!?」



 アルドヴァリさんはひとしきり見回していろいろと驚いたようで、最後に潤んで大きく見開いた赤紫色の瞳でリシィを見た。



「リシィさま!?」




 ◇◇◇




 ルーシス アルドヴァリ、私より年齢がひとつ上の幼馴染。


 歳が近いこともあり、幼少の頃から私たちが旅に出る直前まで親交があった騎士爵を持つ令嬢ね。

 元は舞台演劇の役者になりたかったそうだけれど、家柄から騎士の道を歩んだあとも、そのことが高じて役を(・・)演じてしまう(・・・・・・)おかしな騎士となってしまったの。


 実力は確かなのだけれど、相変わらずのようだわ……。



「そ、そんなことが……リシィさま、大変でしたねぇ……」



 私たちは旅に出てからのことをすべて話した。


 旅立ちから迷宮探索拠点都市ルテリアにたどり着き、【重積層迷宮都市ラトレイア】を旅したこと、神龍に立ち向かったこと、試製神器の暴走でこんな姿になってしまったこと、そしてカイトに出会ったことを……。


 彼女は一つひとつを噛み締めるように聞き、対した相手が神龍と伝えた時はさすがに失神しかけたけれど、最後は頷いてくれた。


 ルシェは私の隣に腰を下ろし、なんの疑問も持たずに私を抱き……



「うにゅ!? ルッ、ルシェッ、くるしいっ!」


「あっ、あっ、ごめんなさいぃっ! だってぇ、もうすぐリシィさまとテュルケがいなくなってから四年が経とうとしていますぅ。ずっと探していたんですよぉ……」


「ごめんなさい……。私も、こんな事態にまきこまれるとは思いもしなかったの……」



 ちらりと隣を見ると、いつもは騒々しいノウェムは視線を落としていた。

 平気なようでまだ気にしているのね、私はもう少しも気にしていないのに。


 そして、そのまま視線を巡らせてカイトも見る。



「リシィ」

「ええ。ルシェ、今は再会をよろこびたいけれど、まだ終わっていないの」

「それはぁ……時期を同じくして落下した凶星のことですねぇ?」


「そうよ、まだ確認はできていないのだけれど、流星は神龍テレイーズなの」


「……はわっ!?」



 ルシェは何度となく驚き、さらにまた目を見開いて驚いた。



「アルドヴァリさん、今回ここに連れてこられたのは不測の事態ですが……僕たちはこれを利用し、あなたに神龍テレイーズ救出の協力をお願いしたい」


「えっ……えっ……」


「嫌とは言わせないわ。そのあとは国の平定のため、ルシェには近衛騎士として責務をはたしてもらわないといけないんだから」


「わっ、わたっ……私っ、それはっあのっ……」


「ルシェ、わたしはね、神龍テレイーズを救出するとどうじに元の姿をとりもどし、お兄様から国もとりもどしたいの。だから、あなたがいてくれると心強いわ」


「リッ、リシィさまああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 ルシェは再び私を抱きしめて泣き始めた。


 置いていった事実は変わらない、彼女の今の立場もわからない、けれどそれでもまた幼馴染と共に何かをなせるのなら、私は何よりも正しい道を選びたい。



「ルシェ、ごめんなさい。置いていって、本当にごめんなさい」



 私の目尻にも涙が滲み、彼女は私を抱きしめながらただ首を振るばかり。



「私はっ、私はいつだってっ、今でもリシィさまの味方ですからぁっ!」



 私を知る人との再会、そして神龍テレイーズの救出は幼馴染の涙から始まった。

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