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第六十八話 見事に拉致されました

「拍子抜けするほどすんなりと通り抜けられたな」

「またカイトさんの“妻”に間違われてしまいました……」

「むぅぅ、なんだか納得できないけれど、いまはしかたないわ……」

「はは……」



 フザンの正門は特に滞りなく抜けることができた。


 そうして門から中に入ると、まず目の前には三車線ほどの大通りが遠く白む神殿まで伸びていて、直線距離は十キロといったところか。

 通り沿いに立ち並ぶ建物は宿や飲食店、みやげ物屋が多いものの、テレイーズの王都よりは質素で聖地という場所柄やはり巡礼者が多く、行き交う人々の表情には活気よりも敬虔な印象が窺えた。


 実際、地上では滅多に可視化せず王都でさえ塗料だった神力の青光が、この町では至るところに露出していることから、たしかな信仰の地たりえるのだろう。



「宿はどこに入っても構わないようですね。馬車の描かれた看板を掲げているのが一般客用、聖印を描かれているのが巡礼者用です」

「何か違うのか?」

「特に制限はないそうですが、提供する食事や祈祷に必要な施設があるかないかに差があるため、私たちがあえて巡礼者用を選ぶ必要はないと思います」

「なるほど、それなら普通に一般客用に入ろうか」

「はい」



 僕たちはまず、門番の騎士に案内された厩舎に馬と馬車を預け、皆が降りたあとは荷物を抱えて大通りを進み始めた。


 さらに騎士が教えてくれた話によると、今のフザンは普段とは客層が違うらしい。というのは聞くまでもなく、各地から集まった被災地復興支援の人足と、そして同様の目的の探索者たちが訪問客の半数を占めているからだそうだ。

 僕たちが歩く大通りには、ローブ姿の信徒が三分の一、あとは土で汚れた服を着た支援者と住人や商人が、互いを遮らない程度の密度で行き交っている。


 その表情には沈鬱さが見え隠れするけど、それでも被災から幾分か時間が経ったことで、被害の話題を口にしている人はいなかった。



「リシィ、大丈夫か?」

「ええ……。フザンの被害はもっとひどいと覚悟をしていたけれど、すくなくともこちら側は無事だったようで安心しているの」


「ですぅ、ここの神官騎士さんたちは防御系の固有能力がすごくて、私のお母さんも神官騎士だったんですですっ!」

「へえ……お、お母さんとばったり会うなんてことは……」

「大丈夫ですっ。お母さんはもう……あの、その、もう会えませんですっ!」

「そうか……」



 テュルケは努めて明るく振る舞おうとするものの、その瞳は揺れていた。

 自分から言い出したこととはいえ思い出したんだろう、徐々に表情を崩し今にも泣き出しそうになってしまったので、僕は彼女のフード越しに優しく頭を撫でる。


 思えば、僕はテュルケだけでなくリシィの家族構成も知らない。

 これまで話してくれる機会を待つ姿勢だったから、いまだこのテレイーズで彼女たちがどう過ごしていたかも知らないんだ。


 古い因習に縛られた地だとは聞いていたから、本人たちにとって必ずしもいい思い出ばかりではないのだと思う。



「……後方、五時方向より接近者あり」



 そんなしんみりとしてしまった最中で、アサギがぼそりと告げた。



「何者かわかるか?」

「……鎧の擦れる音……騎士が二人」


「え、竜角はしっかりとかくしているわ……」

「わ、私もちゃんとフードを被ってますですっ!」

「たしかに私たちに近づいていますが、緊張した様子はありませんね……。ただ通りを歩いているだけではないでしょうか?」

「我がセーラムだと気づかれたのやも。髪飾りは隠しておくべきであった」

「僕に用があるんじゃないか……? 来訪者だし」



 テレイーズに来てから僕は特に来訪者であることを隠していない。

 あえて明かしてしまうことで、リシィとテュルケから注意を逸らしているんだ。



「そこを行く旅の御仁、しばし待たれよ」



 そうして、騎士は確実に僕を見ながら進路に回り込んできた。



「ぼ、僕ですか?」


「ああ、貴君のことだ。見たところ噂に聞く“来訪者”、このようなところでまみえるのは何かの縁と少しばかり話を聞きたい」


「はい? 少しだけなら……」



 騎士……僕の目の前に、見目麗しい女騎士が立ちはだかった。


 まず目についたのはその瞳、鋭く自信に満ち溢れた赤紫色の眼差しだ。

 一瞬だけテュルケの瞳色と被ったけど、髪が金色なので類縁ではないだろう。

 その金髪は緩くウェーブを描いて胸元まで伸び、青銀の全身鎧フルプレートアーマーは金で縁取りされ他の騎士よりもかなり豪奢な意匠が施されている。

 僕と同じテレイーズの騎士剣を腰に下げ、左右の耳の後ろからは見事な赤褐色の竜角が二本、リシィには及ばないけどかなり高貴な身分の印象だ。


 もちろん、僕の騎士剣は布で包んでいるので疑われたわけではないだろうけど、彼女を見て僕と手を繋いでいるリシィが身震いしたのはわかった。



「驚かせてしまったようだ。私の名はルーシス アルドヴァリ、この地の復興支援任務に当たるテレイーズ竜騎士隊の副隊長を務めている。先ほど来訪者訪問の知らせを受け、助言を受けたく貴君のあとを追っただけのこと。心配は要らない」



 そう告げた女騎士は、柔らかい表情で腕を広げ歓迎の意を示した。


 彼女の背後にはもう一人、やはり全身鎧フルプレートアーマーを装備した体格のいい騎士が控えている。

 兜が頭部を完全に覆って表情がわからず、威圧感があるとしたら彼のほうだろう。



「たしかに来訪者です。僕の名前はカイト クサカ、この地には来たばかりで状況も地理ですら把握していないので、助言をと言われましても……?」


「カイト クサカか、独特な響きにもかかわらず、どこか心に沁み入るよき名だ。この地に凶星が落ちたことはご存知だろうか?」

「はい、それを聞いて仲間と共にできることはないかと訪れました」


「それはちょうどよい! いやなに、助言と言うのは、復興のために来訪者の知識をお貸しいただけないかと頼みたかっただけのこと。そう時間は取らせない」



 女騎士アルドヴァリさんは、裏表もなさそうな微笑みを浮かべてそう告げた。


 彼女はリシィやテュルケに気がついた様子はないけど、リシィは僕の手を力を込めて握り、どうも目の前の女騎士が自分の知る存在だと訴えかけているようだ。


 これは、フードを脱がされる前に二手に分かれたほうがいいな……。



「わかりました。通りで立ち話もなんなので、どこか落ち着ける場所に移動しましょう。サクラは僕と一緒に、アサギは子どもたちを連れて宿に……」

「それなら私の滞在する館に招待しよう! 部屋も人数分を用意できる、宿に泊まるよりもくつろげることを保証する!」


「えっ!?」



 アルドヴァリさんは食い気味に申し出てくれたけど、鼻息も荒くそう告げる様はどうも職務以上のもの(・・)が混じっているようにも見える。


 これはおそらく、彼女自身が来訪者に興味があるのではないだろうか……。



「え、えーと……見ず知らずの方にそこまでお世話になるわけには……」

「私は一向に構わん! 貴君のことは“カイト”とお呼びするから、私のことはぜひとも“ルシェ”とあだ名で呼んでいただきたい! たまたま正門で待機していたのは何かの縁と思い、貴君らがフザン滞在中は私が面倒を見よう!」


「ぐぬっ!?」



 ち、近い! アルドヴァリさんは目を輝かせグイグイと顔を近づけてくるもんだから、今や鼻と鼻とが触れ合うほどの距離になってしまっている。


 彼女の勢いにはサクラもノウェムも口を挟めない様子で、どうにか言い包めないとこのまま押しきられてしまうのは間違いない。


 リシィの正体がバレてしまう前にそれだけは……。



「話は決まりだ! 兵は神速を尊ぶ、行こう!」

「おわーーーーーーーーっ!?」


「カイトッ!?」

「カイトさん!?」

「主様をどこに連れてゆく!?」

「ふぇええぇぇぇぇっ!?」



 なんとか断ろうとした瞬間、僕はアルドヴァリさんに荷物ごとお姫さま抱っこをされ、半ば拉致されるようにその場から連れ去られてしまった。



「あっ、いけない……。私としたことが、また悪い癖が出てしまった……」



 だけど、十メートルも進まないうちに彼女は立ち止まった。



「よ、よかった、我に返ったんですね。とりあえず下ろして……」


「ゴドウェイ! カイトの奥方とお子の案内を頼む、館まで走るぞ!」

「はっ!」


「ちょまっあっああぁぁああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!?」



 アルドヴァリさんに『ゴドウェイ』と呼ばれた騎士は、リシィとノウェムにテュルケまで抱え上げ、彼女はそれを確認して再び走り出した。


 この奇行は日常茶飯事なのか周囲の人々も見ているだけで、さすがに敵でもない上に街なかではサクラもノウェムも力を振るえず、僕たちはなすがままだ。


 これはむしろ、この状況を利用して神龍テレイーズ探しに活かすべきかもしれない。


 そう、内部事情を知る者を味方にできれば、それに越したことはないのだから。

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