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第六十七話 凶星が落ちた場所

 テレイーズ王都から山間を抜け南西へ進み、合流地点には昼過ぎに到着した。



「ポム、またよろしくな」

「にゃっ! にゃにゃっ!」



 周辺には森と浜辺以外は何もなく、そんな大自然の中で一隻だけ浜に乗り上げている上陸用舟艇があった。

 ここまでポムを送ってきてくれたのは、操船役のテッチとファッザーニ提督、他にもヤクマイン副長を含む海兵が六名だ。



「ご足労いただき感謝する」



 ファッザーニ提督は浜に降りるなり頭を下げた。


 そもそもがぽむぽむうさぎの同行を願ったのは僕なので、余計な手間に対して謝罪と感謝をするのはこちらこそだろう。

 ポムは王都への進入こそ認められなかったものの、街から外れた原野に上陸する分には問題ないため、こうして連れてきてもらったんだ。



「いえ、こちらこそ無理にご対応いただき、ありがとうございます」



 同様に頭を下げた僕の前に、今度はヤクマイン副長が近づいてきた。



「しかし、こちらにはルテリアとエスクラディエの交易許可証があるにもかかわらず、ぽむぽむうさぎの上陸を不自然に避けられた節がありました」


「騎士団のいちぶが被災地にいどうしているから、よけいな波風をたてたくないのだと思うわ。まんがいちにも街なかであばれられたらこまるもの」

「いつ政争が表沙汰になるかもわからない状況だろうし、さらに流星の落下による被害にも対応しなければならないとなると、リシィの言い分ももっともだ」


「いろいろ大変でマジパネェッス! 自分らも手伝えたらいいんスけど!」



 最後に舟艇を降りたテッチも鼻息を荒くして言った。



「そうしてもらえると助かるけど……艦隊の出港はいつですか?」

「滞在を許された期間は二週間、それ以上は艦を領海より出さなければならないため、誠に申し訳ないがあなた方とはここでお別れとなる」


「いえ、しかたないです。これまでの旅は、感謝以外に言葉もありません」

「わたしからもお礼を言うわ、ありがとう。ルテリアにもどったら、シュティーラにも感謝をつたえてもらえるかしら」

「はっ、もったいなきお言葉にこちらこそ感謝いたします」


「ウィ? それはそうと、姫さまはなんか縮んでないっスか?」



 テッチが空気を読まないのは相変わらずのようで、素直に疑問を口に出した。


 リシィの現状に関しては、ファッザーニ提督もヤクマイン副長も気にはなっていたようで、それでも口には出さず対応してくれていたんだ。



「【時揺りの翼笛(エルニート)】がまた稼働してこの有様なんだ……」

「ウェイッ!? 大丈夫なんスか!? 今の姫さまもマジかわっスけど、このままじゃ赤ちゃんに戻ってマジやべーっス!?」

「う、それはこまるわ……」

「今はギルドに預けて手元にはないから、大丈夫のはず……」


「ふむ……。問題を目の当たりに去ってしまうのは許容し難いが……」

「提督、この件に関しては僕も皆もリシィのために力を尽くすので、まずはご自身の責務を全うしてください。ルテリアに戻った際には必ず報告に伺います」


「承知した。ならば、ここで話をしている時間も惜しいだろう。名残も惜しいが我々はもう行こう。あなた方と航海を共にできたことを、我々は心より誇りに思う」



 そうして、ファッザーニ提督の敬礼に合わせ、テッチもヤクマイン副長も、彼らの背後に整列した海兵たちも一同に敬礼した。



「それじゃ、自分らルテリアに帰って待ってるっス。カイトさん、次に会ったら飯でも食いに行きましょうっス!」


「ああ、テッチもありがとう。無事の航海を祈ります」



 こちらも皆で礼を返し、上陸用舟艇に乗り込んで遠ざかる彼らを見送った。


 これで、迷宮探索拠点都市ルテリアからの支援は途絶えたことになる。

 シュティーラやナタエラ皇女殿下の御印が今は唯一残された繋がりだけど、あとは僕たち自身の手でエウロヴェが残した小さな亀裂を塞いでいくんだ。



「行ってしまいましたね」

「ええ、わたしもなごりおしいわ……」

「なに、ルテリアには戻るつもりなのだろう。また会える日も来る」

「ノウェム……目尻になみだがたまっているわよ……」

「ぐぬっ!? わ、我は別れがイヤなのだ。しかたあるまい!」

「ノウェムさんかわいいですぅ~。私はこれからも一緒ですですぅ~」

「わぷっ!? 苦しいっ! その重そうなものを押しつけるなーーーーっ!」



 皆で別れを惜しむ中で、ノウェムはテュルケにギュッとされてうらやまだ……。



「よし、もう少し進んで今日の野営地を探そうか」




 ―――




 ――“アサノヒメ大龍穴”の東端、神龍信仰の聖地“フザン”。


 “富士山”が訛って名として残ったのではないかと思う町に、僕たちは王都を出立した翌日の午前中に辿り着いた。

 現代日本なら車で小一時間の距離だけど、車ではなく馬車で、さらには徒歩のポムが一緒だから中間地点で一晩を明かしたんだ。



「富士山は本当になくなってしまったんだな……」



 山間を抜けての下り道、徐々に近づくフザンの町を見下ろしながら、その先の大地に広大な湖だけが残る“アサノヒメ大龍穴”の感想を口にする。



「荘厳な富士山の景観は私も目に焼きついています。それが今や、剥き出しになった神脈の上にある湖ですから、とても残念に思います」


「これはこれで荘厳で神秘的な光景ではあるけど、たしかに残念でもある」



 大龍穴の大きさは二百平方キロメートルほどとのことで、これは琵琶湖の三分の一、水深に至っては神脈まで達しているらしく詳細は測れない。

 その様子は綺麗な円を描く“大穴”に水が溜まってできた湖で、湖底から漏れ出した青光が仄かに揺らめいているため、なんとも幻想的な景観を見ることができる。


 フザンはその東側、信仰の地であると同時に観光地でもあるらしく、湖側を中心とした放射状に整備され、その中心にあるのが神龍テレイーズを祀る神殿とのことだ。



「こちら側の被害はそうでもないけど、対岸は……酷いな……」

「ほんとうなら……あそこ(・・・)にも山があるはずなのに……」



 御者席の僕に、リシィがしがみつきながら震える声で答えた。


 流星が落下したのは大龍穴の対岸。フザンからは離れているものの、こちら側からでも抉れた山と倒壊した木々、落下した物体だろう大きな黒い塊(・・・)が見える。


 西側の集落は湖から離れた位置だと聞くけど、被災から数ヶ月が経った今でも被災地では捜索活動が行われているらしく、それはもう遺体の回収に他ならない。

 救難活動に当たっているのはテレイーズから竜騎士大隊がいくつかと、探索者ギルドからも多くの探索者が派遣されているとのことだ。


 少しずれていたら、フザンどころかテレイーズまで今頃は……。



「今はただ、無事だった人々の快癒を祈ろう……」

「ええ……国にもどれたら、復興支援にとりくむわ……」


「主様~」



 そうして近づくうちに、フザンの偵察に飛ばしていたノウェムが戻ってきた。



「どうだった?」


「フザンへの立ち入りは特に制限がないようだぞ。竜騎士隊の拠点は町の西側の北と南に二箇所。馬の数を見る限りでは出払っているようだ」


「やはりフザンを拠点に被災地入りしているのか……。できるだけリシィとテュルケを知る騎士には遭遇したくないから、都合はいいかもしれない」


「門を通る時の私たちの建前はどうしますか?」


「一見すると子ども連れの僕たちに被災支援の名目は立たないな……。こんな時だからこそ神殿まで祈りに、で行こうか。ポムは近場の森の中で待機、構わないか?」


「にゃにゃんっ!」

「はい、何かあれば私がファラウェアの名を出し、支援目的もあると告げます」

「いつも助かる。落ち着いたらまた尻尾でも梳くよ」

「あ、ありがとうございます。ですが、今はリシィさんを優先してくださいね」

「わたしのことは気遣わないでだいじょうぶよ。ありがとう、サクラ」

「はい」



 流星の落下からすでに半年以上が経過し、徐々に近づくフザンの町は落ち着いているようで、一見すると慌ただしい様子はない。


 神龍テレイーズがいるとしたら西側の被災地だろうけど、あの大きな黒い塊……確実に【天上の揺籃(アルスガル)】からの投棄区画の中だろうな……。

 すでに彼女を竜騎士隊が見つけていたとしても、彼らにとっての信仰の対象となる存在だから、悪い扱いは受けないはずだ。


 これほど近づいているにもかかわらず、最近はリシィも夢で見なくなったそうだから、もう救助されていると想定してもいいものか。



「町の正門が見えました。リシィさん、竜角を隠してください」


「ええ、寝たふりもしておくわね。あとはおねがい」

「私も姫さまのお隣で一緒に寝たふりしますです!」



 そうして町の間近までやってくると、そう立派なものでもない木造の防壁と、正門の前に人と数台の馬車が並ぶ待機列が目に入った。


 神龍テレイーズを救出するまで、僕たちの拠点となるフザンの町だ。

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