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第三十一話 摂理に抗う それを理解して尚、彼は望む

 ノウェムが尋ねて来てから、更に三日。

 僕はようやく体の復調を実感し、かねてからの“探索者”を目指すことを皆に告げるため、自室を後にした。


 これを切り出すと言うことは、両親のことも話さなければいけないだろう。

 あくまで推測の域を出ない話ではあるけど、少しでも可能性があるのなら、縋りたいと思うのは仕方ない。


 廊下を進み、階段を下り、緊張しながら皆のいるリビングに顔を見せる。



「みんな、おはよう」


「おはよう、カイト」

「おはようございます、カイトさん」

「おはようございますです!」



 既に馴染んだ自分の席に座ろうとして、リシィに咎められる視線を向けられた。


 そうだった……。今まで、円卓ではリシィの対面に座っていたけど、“あの日”から『従者なら隣に座るものよ!』と言い含められて、席がずれていたんだ。

 慌てて隣に腰を下ろすと、リシィは薄い表情ながらもどこか満足げ。最近の彼女は、少しずつだけど感情が顔にも現れるようになっているから、このままノウェムの件さえ何とかすれば、笑ってくれるようにもなるだろうか。


 それが一番の困難だけど、何とかしないとな。



「皆さん揃ったので、朝食にしましょう」



 朝食は和食と洋食が日によって交代で、大抵この世界の料理が一品つく。

 今日はオーソドックスなサンドイッチとスープに、小皿には謎肉の謎タレかけ料理がもう一品。何だろうなこれ、タレが赤い。いや、別にケチャップだって赤いし、サクラが作ったものなら警戒する必要もないけど……僕は辛いものが苦手なんだ。


 そんなわけで辛くないことを祈りつつ、一口食べてみた。


 モグモグ。

 モグモグモングモグンゴ。

 モグモグモグモグモグモグモグモグ。


 何故か、サクラの僕を見る表情が心配そうなのが気になる。



「カイトさん、如何でしょうか? なかなか入手の難しい食材なので、お口に合うかわからなかったのですが……」

「うん? 凄く美味しい、何これ?」



 例えるなら、極上の国産霜降り肉だ。油の質は大トロだろうか。

 外見は鶏肉っぽい白身なのに、歯応えと味は牛肉を食べているようで、柑橘系の酸味のある赤いタレが味を引き立て、この旨味は『極上!』と叫び出したいほどに、思わず舌が踊ってしまう。ついつい無我夢中になってしまっていたようだ。


 サクラは胸を撫で下ろし、嬉しそうに正体を告げた。



「はい♪ ぽむぽむうさぎのモモ肉が手に入ったんですよ」



 またおまえか。





 食後、一息吐いたところで僕は話を切り出した。



「みんな、聞いて欲しい。ようやく覚悟が出来たんだけど、僕は探索者になりたい」


「ええ、いつ言い出すのかと思っていたわ」

「はい、あまり危険な場所へはお連れしたくないのですが、仕方ありませんね」

「(ドヤァァァァッ!)」



 良かった。リシィはともかく、サクラには安全面から反対されるかと思っていた。

 それはそうと、何でテュルケはドヤ顔でどことなく自慢げなんだろうか……。



「それで、具体的な探索者になる方法を聞きたいんだけど……その前に、僕には話さなくてはならないことがある。その、悲しませてしまうかも知れないけど……」


「聞くわ。あ、主としては当然の義務よ」

「はい、どのようなお話でも、私は受け入れるだけです」

「ですです! 先輩としては当然ですです!」



 あれ、テュルケさんったら、ひょっとして後輩が出来て嬉しいのか?

 何だか久しぶりに、ヨーシヨシナーデナデ魂が奮い立って来てしまいました。

 大事な話の間際じゃなかったら、この衝動を抑えられなかったかも知れない。


 ……まさか、この衝動も奴らが関わっていないよな?


 流石に、そこまでしていたら暇人が過ぎる。

 いや、待て……精神的な抑圧を解放するパッシブ能力だとしたら……。


 っと、悪い癖が出た。話に入ろう。



「それじゃあ聞いて欲しい。僕が迷宮に入る、目的のひとつについて」


「ええ」

「はい」

「ゴクリ」


「勿論、リシィの従者として、迷宮にも付き従うのが第一の理由だ。だけど、僕個人の目的は……両親の痕跡を探すこと、なんだ」


「カイト、どう言うこと……?」

「もう五、六年は経つかな。僕の両親は、元いた世界で行方不明・・・・となった」



 そう、両親は揃って行方がわからなくなってしまったんだ。


 そして僕は、自身がこの世界に来た早い段階から、両親もこの世界に迷い込んだんじゃないかと考えていた。

 これは可能性の問題だ。そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。


 僕以外の日本人。その中にいたとするのなら、サクラが苗字で気が付くはずだけど、それはなかった。

 この世界で探すことが、限りなく零に近い確立だとわかっていて、僕はほんの砂粒ひとつの可能性を望む。皆まで巻き込みたくはないけど、個人的な動機は明らかにしておいた方が良いだろう。


 僕のエゴ、それもわかってはいるんだけどな……。



「あの……カイトさんは、ご両親もこの世界に来ているとお考えですか?」

「いや、数少ない可能性のひとつと思っているくらいかな」


「カイト、心当たりはあるの……?」

「それがないから、可能性を望んでしまったんだ。だって二人とも、結婚記念日の旅行にウキウキと出かけて行ったんだよ。僕におみやげは何が良いかまで聞いて」



 今でも、その日のことは覚えている。


 夫婦水入らずを邪魔するつもりもなかったし、新作ゲームの発売で休日は家に籠もりたかったから、直ぐに帰って来るはずと思って見送ったんだ。

 だけど、帰宅予定を過ぎても、両親は帰って来なかった。


 それからは、祖父に相談して、警察に届け出て、しばらくの捜索の後で“行方不明”と結論されただけ。遺留品は何もなく、宿泊先の旅館から外出したことを最後に、全ての痕跡が途絶えた。

 当時、高校生だった僕にはどうすることも出来ないまま、ただ無力を噛み締めていたのを良く覚えている。


 そしてそれは、僕自身も同じだろう。


 前触れもなく、地球では何の痕跡もなく、ただ忽然と存在のみが消失した。

 だからかな、確信はないのに、確信めいた可能性を感じているのは。


 両親は、この世界に(・・・・・)来ていた(・・・・)


 それが、僕の願望に過ぎないとしても。

 これから挑むであろう迷宮で、ふと道端に視線をやるくらいは出来る。



「だから、無理して探すわけでもない。迷宮に入った時、たまに周囲を見渡すことを許して欲しい」


「カイト……」

「うっ、くっ……カイトさん……」

「うああああっ! カイトさああああああんっ!!」



 う、うん、まあこうなるだろうから気が咎めていたんだ。

 彼女たちのことを思うなら、言わなくても良かったのかも知れない。

 だけど、黙っていたら、一筋の蜘蛛の糸すら途絶えてしまいそうで、怖かったんだ。


 はは、まだ騎士たり得る度量には全然足りなさそうだ。



「えっと……だから、何か気が付いたことがあったら教えて欲しい」


「ええ、主として、従者の道行きを良くするのは当然だもの。だ、だから私の……いえ、私に任せなさい!」

「私も及ばずながら、出来る限りご両親の行方を探してみますね。古い記録も当たってみます!」

「うああああああっ! 私も、私も、探して来ますですですううううううううっ!!」


「ギャーッ!!」



 ――ドカーンッ!!



 勢い良く飛びついて来たテュルケの頭突きが、まさかの僕の顎にクリーンヒット。

 そのままもつれて後ろに倒れ後頭部を打ち、更に追い打ちに巻角が額に刺さる。


 ……でも、やっわらかーい。


 痛打と出血に混じって最高に柔らかい感触とか、天国と地獄を併せ持つ凶悪な連携攻撃だ……テュルケ、恐ろしい娘っ!


 シリアスさえも粉砕するそのワザマエ、お見事……ガクゥ。




 ―――




 その日の深夜、自室の扉を叩く音が小さく響いた。



「はい?」


「あの……カイト、昼間はテュルケがごめんなさい。怪我の具合はどう?」



 扉の前に立っていたのは、青色のネグリジェを着たリシィだった。

 薄い生地が、彼女の華奢なボディラインの境目を強調し、大きく開いた肩口から覗く透き通る肌が扇情を誘う。

 だから、夜半に男の部屋に来るような格好では、なんたらかんたら……。


 沈まれー沈まれー僕の煩悩ー、来たれ鉄壁の理性!



「うん、大丈夫。ほら、神脈炉があるし、どうも僕の腕と脚の神器の加護のようなものもあるみたいで、もう傷も塞がっているよ」



 見せようとリシィに額を近づけると、急に制された。

 普段は服に紛れて目立たない硬質な尻尾が、今は何か蠢いている。

 瞳の色は……赤、黄、緑の明滅。信号機かな……。



「え、ええ! そ、それは良かったわ! そうでなくては、迷宮に入っても足手まといなんだから! あのくらいは受け止められるように気を引き締めなさい!」


「そうだよな……小柄なテュルケにふっ飛ばされるなんて、常日頃からもっと気を引き締めていないとダメだ」


「あっ、い、いいえ! カイトはそれなりに良くやっているわ! だから、もっと気を緩めても良いのよ!」



 どっちだ。



「だ、だから……だから、あの、おやすみなさい!」

「え? お、おやすみ……良い夢を、リシィ」



 扉の敷居を挟み、立ち話で会話を交わすと、そのままリシィはそそくさと自分の部屋に戻って行ってしまった。


 一体何だったんだろう……。

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