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第六十六話 大龍穴を目指して

 テレイーズ真龍国に到着してから七日目の早朝。


 僕たちは太陽も昇らない暗いうちに宿を引き払い、幌馬車でまだ多くの人々が寝静まった城下街を横断し、今は西部城壁の門から出立しようとしていた。


 御者席のサクラが門番の騎士に対応し、リシィはまだ寝ている体で毛布に包まり竜角を隠しているので、特に見咎められるようなことはないだろう。



「大龍穴に流星が落下したことで、西へ向かうのは推奨できませんが……」

「はい、僕たちは南部街道を使って迂回する進路を取るつもりです」



 馬車の後部では僕が検分の騎士と話をし、人のよさそうな彼は裏表なく心配してくれているようだけど、さすがに目的地がその“大龍穴”とは口が滑っても言えない。



「しかし、見たところ女性に子どもばかり……。街道でも野盗が頻出するようになっているため、朝を待って護衛を雇われたほうが……」

「お気遣いありがとうございます。こう見えて護衛が一騎当千なので、むしろ僕たちを襲撃するほうが気の毒ですよ。大丈夫です」

「それならいいのですが?」


「カイトさん、通行許可が出ました。動かします」

「ああ、出発しよう。それでは、僕たちはこれで」

「はっ、道中はお気をつけて」



 城壁は松明が掲げられまだ明るいものの、その範囲を出るとあとは幌に下げられたランタンだけが頼りと、僕たちは真っ暗闇の中に車輪を転がして進んでいく。


 聞こえるのは、木々が揺れる葉音に馬車を引く馬のいななきと蹄の音だけ。暗闇の中、それも風下に息を潜める何者かがいれば、こちらは察知することもできないだろう。

 闇への恐怖はいつの時代だろうと変わらない。文明の明かりが乏しくなった今の世界だからこそ、それは何よりも恐れるものとして変に胸を鼓動させるんだ。


 そうして城壁の明かりがだいぶ離れたところで、周囲から聞こえる風が抜けるような空洞音が強くなったことに気がついた。



「暗くてわからないけど、この橋の欄干の向こうは……」

「海からの落差が城壁をのみこんでしまうほどの亀裂があるわ」

「まだ海抜はそんなに高くないよな……? 海水が流れ込むんじゃ……」

「ぎゃくね、滝が下から上にむかって逆流しているの。いぜんは理由をせつめいできなかったけれど、おおくを知ったいまなら“重力”の異常だとはんだんできるわ」

「なるほど……」



 暗闇を眺める僕の問いに、リシィがもぞもぞと起き上がりながら答えた。


 神代の戦争による崩壊の跡は世界中どこにでも存在する。

 それも、“海神の井戸”のような空間異常もいまだに残されているから、このテレイーズの地にあってもなんら不思議ではない。


 物悲しくも思うけど、その原因を探りたいと願う好奇心もあり、すべてが終わったら探索者としてまだ見ぬ遺構を巡ってみたいものだ。



「あうじしゃま……もう少し寝ていてもいいか……?」

「うん、周辺警戒は僕とアサギ。まだ朝も早いし、眠っていて」



 と、ノウェムは答えを聞く前に寝息を立て始め、テュルケに至っては最初から木箱に寄りかかり穏やかな寝顔を見せていた。


 こんな朝も早くに出たのは訳があり、結局ポムの上陸許可が下りなかったため、王都からは離れた海岸で合流することになったんだ。

 ポムはテッチが輸送船で連れてくる算段で、最初の目的地は位置的にかつての由比ヶ浜、合流したあとはそのまま西進してアサノヒメ大龍穴に向かう。



「アサギ、バイザーの暗視機能はどう? 周辺は見えるか?」

「……問題ない。……警戒は任せて、おと……カイトも寝ていて」

「ありがとう。とはいえ特に眠くないから、耳を澄ますよ」



 今、『お父様』と言いかけたな……。


 馬車内で対面に座るアサギは、相変わらず一人だけSFに出てくる登場人物のようで、バトルスーツにその上は迷彩マント、アサルトライフルを肩から下げ、指はトリガーから外しているもののいつでも発砲できる状態だ。


 いちおう僕の双眼鏡にも暗視機能があり、手綱を握るサクラも夜目が効くから、警戒する分にはなんとかなるだろう。



「うにゅ……」



 そうしているうちに、リシィが僕の膝の上に覆いかぶさって眠そうに目を擦った。



「リシィも、日が昇るまでは時間があるからまだ休んでいて」

「え、ええ……。体がちいさくなってから、必要いじょうにねむくなるの……」

「うん、明るくなったら起こすよ。このままで大丈夫」

「ありがと……カイト……」



 リシィは僕の膝を枕代わりにすぐ寝息を立て始めた。


 暗闇の中、揺れる馬車の内部には表に下げられたランタンの明かりが入り込み、ときおり穏やかに眠る皆の寝顔を照らす。


 明日にはもうアサノヒメ大龍穴に到着するけど、この光景を見ていると、なんとなくそう悪くない結末が待っているような気までしてくる。


 そう思うことが僕の願望でしかなかったとしても、できるだけ巧くやるさ……。




 ―――




「ふわぁっ! お外から街を見たのは初めてですですっ!」



 馬車に揺られ、辺りが充分に明るくなったところで、僕たちはテレイーズの王都を見下ろすことのできる丘の上にまで辿り着いた。

 せっかくだからと、見晴らしのいい場所で朝食にしようと幌馬車を路肩に停め、起き出した皆と共に通ってきた道を振り返ったんだ。



「わたしたちが見たのは海側からだけだものね。こうして旅に出て、生まれそだった国をそとからながめるのは、じぶんがいかに籠の中だったのか思いしるわ」


「ですです! きれいですぅ! おっきいですぅ!」

「我は空からも見ているが、見事な街並みなのは素直に認めよう」

「本当ですね。重々しいルテリアよりも、どこか美術品のような美しさがあります」


「ああ、なんとなく、リシィそのものを現しているようで綺麗だ」

「んっ!? カ、カ、カッ、カイトはすぐにそういうことをっ! うぅーーっ!」

「あっ、ごめん。つい本音が口に出てしまった……」

「うーーーーーーーーっ!!」



 リシィはポカポカと叩いてくるけど、体重が軽いので痛くはない。

 だけどつい口が滑ってしまうほど、テレイーズの王都が美しく思えたんだ。


 “白樹城カンナラギ”を中心に白を基調とした清廉な街並みが円状に広がり、城と城下街を守る二重の城壁は白波のように、もしくは連なる雲のように、優雅にもたしかな堅固さをもって地平線の彼方まで続いている。

 その所々を彩る青色は神力の青光を模したものだろう。差し色として構造物の輪郭を強調し、ただ美しいだけでない力強さを表しているようだ。


 さらには、リシィが生まれ育ったテレイーズ城。

 たしかに高所から見下ろす屋根はうねるように形造られ、グランディータの神々しい龍体を思い起こす構造になっていた。いや、ここでは神龍テレイーズか。


 そして、少し前に通ってきた西側の亀裂。全長が街を縦断してしまうほどで内部は絶壁にもなっているらしく、跳ね橋を上げてしまえば要害にもなるみたいだ。



「うん、すべてが終わったら、街の中も外もいろいろな場所に行ってみたいね」


「ん……それをなすのはたいへんだけれど、もちろんわたしも一緒よ。もし城にもどれて、公務に追われることになっても、勝手にどこかへいくのはゆるさないんだからっ!」



 リシィはそう言うと、ツンとした口調の割には躊躇うように僕の手に触れた。


 握り返すとやはりツンとそっぽを向いて笑うわけでもないのだけど、どことなく嬉しそうに口元を緩めているのは鈍い僕でもわかる。



「もちろん、リシィも皆とも一緒にな」



 本当に、いつか皆一緒に不安なく街を歩きたいもんだ。



「……と、いつまでものんびりと眺めているわけにはいかない。朝食を食べて合流地点を目指そうか」


「ええ、朝がはやかったせいでお腹もすいたわ」

「ふふん、我が力で敷布を広げよう。練習していたのだ!」

「ふわぁっ! ノウェムさんすごいですですぅっ!」

「ふふふん、どやぁっ!」

「すぐにお食事も降ろしますね。たくさんサンドイッチを作ってきました♪」

「……お腹……空いた」



 太陽が昇ったことで気温も上がり、まだ少し肌寒いけど充分に長閑な環境の中で、僕たちはピクニックの用意を進める。

 周辺はまばらに木々が生い茂り、王都側には田園地帯、進行方向には森と山を望めるから見通しもよく、傍の街道にもまだ人通りはない。


 そうして、僕たちはノウェムが“飛翔”で広げた敷布の上に座り、サクラがさらに朝も早い時間から用意してくれたサンドイッチを頬張り始め……。



「カイト、はいあ~ん」

「えっ!? 急にどうしたんだ!?」



 それは突然のことだった。


 いつもはむしろ要求するリシィが、どうしてか逆に差し出してきたんだ。

 その様子を見た皆も、彼女の珍しい行動に目を白黒させ驚いている。



「ん、んんっ……こ、これはっ、あの、その……前祝いよ! 褒章のっ!」

「ええっ!?」

「これからがたいへんなんだからっ、カイトはだまってわたしの言うことを聞いていればいいのっ! だからっ、はいあ~んっ!」

「わ、わかった……。でも、騎士が主の手ずから食事を与えらるれのは……」


「気にしないでっ! それに、カイトは従者でなく……ごにょごにょ……」


「な、なに……もがぁっ!?」



 結局、僕はサンドイッチを口に詰め込まれ喋ることすらできなくなってしまった。

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