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第六十四話 故郷の街を行く

 リシィを休ませさらに一日が経過した。


 サクラとノウェムが街に出て聞き込みをした限りでは、彼女たちが急を要しなかったことからも、既知の情報以上は出なかったんだ。


 知り得たことといえば主に三つ。


 まず一つ目は、『“龍血の姫”が病床に伏せっている』。

 体のいい理由だけど、それが数年にも及ぶとは当初は考えなかったんだろう。


 二つ目は、『派閥間の争いはない』。

 リシィが国を離れたことで膠着状態に陥ったのか、少なくとも一般には隠された事実のようで、街ではこれ以上の情報を得ることができなかった。


 三つ目は、『凶星が落下し未曾有の災厄に見舞われている』。

 “凶星”とは神龍テレイーズのことで間違いなく、その落下地点というのがここより西、長い年月の間に逆に抉れて(・・・・・)湖となった富士山……“アサノヒメ大龍穴”だ。



「うー、なつかしく思うけれど、むねのうちはふくざつだわ……」

「だろうな……。僕もいまだにここが日本だという実感は湧かない」



 そして、今日は皆で揃って街に出ている。


 僕がリシィの手を引き、港街エドゥークの繁華街を歩いているんだけど、まさかここに病床に伏せっているはずの“龍血の姫”がいるとは誰も夢にも思わないだろう。


 彼女の幼女化が、お忍びをするには不幸中の幸いになるのも変な話だ。

 繁華街なだけあって通り過ぎる人は多く、鎧を着込んだ巡回騎士ともよくすれ違うけど、フードをかぶるリシィは気にされることすらないんだ。



「おにぃちゃん! 名物のモチョの素揚げ、おひとついかがですです!」

「モ、モ……なんだって……?」



 テュルケは帰郷がよほど嬉しいのか、街に出てからは全身ではしゃいでいて、今も名物だという串に刺さった桃色の物体を僕の元に持ってきた。



「ひゃうっ!?」

「わっ!?」


「はわわっ、ごめんなさいですっ! つまづいてしまいましたぁ」

「いや、嬉しいのはわかるけど、人が多いからはぐれないようにね」

「はいですです! えへへ、お嬢さまとおにぃちゃんが一緒だから、心も体もついぴょんぴょんしちゃいますですっ!」



 くっ、かわいい……。


 テュルケは石畳の段差で転びそうになり、それを僕が咄嗟に支えた。

 のはいいけど、思わず触れてしまったのはあろうことか大きなマシュマロだ。


 それでいて彼女は気にもせず、実際に目の前でぴょんぴょんと跳ねているから、むしろぴょんぴょんではなくぽよんぽよ……はい、ごめんなさい!


 思わず薄目になってしまった僕をそんなに睨まないで、リシィさん!



「それにしても、もうこの街に僕の知る面影は全くないみたいだな」

「この辺りは私たちも一度は訪れた場所ですね……。遺構の痕跡すらないのは、私としてもとても残念に思います……。」

「戦争と長い年月の経過が、どうしたところで文明の痕跡を消してしまうさ」


「原野や樹海にはまだ多くの【神代遺構】がのこされているけれど、みたい?」

「ああ、それは見てみたいけど、まずはすべてを終えリシィが落ち着いてからだ」

「え、ええ、そうよね……。カイト、気づかってくれてありがと……」


「むぅ……我は主様の故郷を一度も見られなんだ。二人が羨ましいぞ……」

「代わりにはならないけど、これからは一緒にいろいろと見て回ろうな」

「むぅぅ、絶対だからな! 主様と我の約束だからな!」



 サクラの落ち込みも、ノウェムの共有できない寂しさもわかる。

 僕にとってもここはもう異世界と同等で、日本らしさはどこにもない。


 忙しなく行き交う人々は竜種の割合が多く、多様な種が混在しているのはルテリアとも同じで、その中でもっとも浮いている人物といえばやはり来訪者の僕だ。

 街並みも東京の下町的な窮屈さはあるものの、段差のない白い壁に細やかな装飾が施され、モダンな現代日本とも旧来の木造建築とも様相はまるで違う。


 にもかかわらず、どこか未来感まで感じ取ることができる不思議な印象もあることから、近いイメージを上げるなら空想上のアトランティスの街並みといったところか。



「一度、街の全体を見ておきたい。高台はある?」

「それでしたら、お城か街の外まで出ないとダメですぅ」

「大龍穴にむかうのなら、とちゅうの丘のうえから見られるわ」

「そうか、街を出るならポムの上陸を待ってからかな」


「ポムちゃん、許可してもらえるでしょうかぁ」

「神のみぞ……お役人のみぞ知るだな」


「わたしが口添えできればすぐなのに……」

「現状を把握し、リシィに頼るのはそれからだ」

「ええ、そのときが来たらまかせて」



 どうもテレイーズには、ぽむぽむうさぎと共生関係を築いている地域があるらしく、上陸許可が下りる期待はできるけどそれでも最低で一週間はかかるそうだ。


 凶星の調査隊が出たのは数ヶ月前と今から急いでも手遅れなので、事を荒立てないようにだけ気をつけながらポムを待ち、神龍テレイーズの行方を追いたい。



「……ん」

「うん? モチョの素揚げが気になる?」

「……(コクコク)」

「テュルケがたくさん買ったようだから、アサギもどうぞ」

「……ありがと」



 そうしてアサギはモチョの素揚げ……なんか、某有名RPGに出てくるスライムのような形をした桃色のお餅?を頬張った。正体はわからない。


 先日の一件から、彼女が僕のことをどう認識しているか気になるけど、これまでのよそよそしさは少し薄まり、自分から行動を起こすようになってくれているんだ。


 とはいえ、アサギの真実をこのタイミングで話すわけにもいかず、僕に気を許したような彼女に対して警戒を始めた面々が若干名……。



「カイトッ、抱っこっ! わたしにもあーんっ!」

「ぬっ!? おぬしばかり、今度は我の番ぞ!」



 一昨日はアサギと仲良くなりたいと言ったはずだけど、張り合っているな……。



「さすがにノウェムは抱き上げるには大きいからな……」

「ぐぬぬぅ……なぜに我は中途半端に育っておるのだ……!」


「カイトッ、抱っこっ、抱っこっ!」

「リシィ、さらに幼児化が進んでいないか……?」

「ふにゅっ!? そ、そんなことはにゃいわっ、かんちがいしないでっ!」


「……」

「……」


「んぅぅぅぅぅ……抱っこーーーーーーーーっ!!」



 あ、開き直った。


 繁華街のど真ん中で駄々をこね始めた幼女に人々は注目を寄せ、付近一帯からは生あたたかい視線を向けられるようになってしまった。

 この状況でフードが外れ、白金の竜角が衆目に晒されるのだけは避けたい。


 だから僕はリシィをサッと抱き上げ、皆を急かしてこの場を退散した。




 ―――




 馬車に乗って街を西へと進み、大通りに到着したところで降りる。



「あれが城か。そして、“白樹城カンナラギ”……」



 言い得て妙だけど、実際に遠く望んだそこには城が二つ(・・)あった。


 まだあまり近づきたくないので、直線の大通りを数キロは離れた位置から、僕たちは今も“龍血の姫”が伏せっているとされる白く霞む城を眺めている。


 それは、日本のものともエスクラディエのものとも違い、白を基調としながら青の差し色が入った流麗で美しい城だ。

 リシィやテュルケの話によると、上から見た時に曲がりくねった龍の体を現しているそうだけど、当然遠く下から見ただけでは正面しか見えない。


 そしてその背後に、もう白化した外皮しか残されていない神代樹の内側に、“白樹城カンナラギ”がさらなる威容を見せつけて存在した。



「わたしでも決して立ち入ることをゆるされない、“神龍の御魂の在り処”とも言われる聖域よ。なんのために建てられたものかもわからない【神代遺構】なの」


「驚きだな……。僕たちが創生した巨大樹の内側にあんな建造物を建てるとは、さすがに想像することもできなかったよ……」

「わたしもおどろいているわ。こうとうむけいすぎて結びつきもしなかったもの」


「ですが、河川や山の位置などからも判断してたしかなようですね」

「うん、それでもだいぶ形を変えているけど、事実なんだろうな」



 爺ちゃん……僕のやらかしたことが遠い未来で神話になってしまったよ……。



 不思議な感慨を覚える景観の中で、その巨城はただただ雄大だった。


 それ以外に表現しようがなく、周囲は白化した巨大樹の外皮が城壁として残り、東側から見る限りでは構造物の上半分しか見えていない。

 リシィの居城となる実際のテレイーズ城は外皮の外側に建造され、その向こうに三倍ほどの高さで“白樹城カンナラギ”が見えている光景だ。



「高さはどのくらい?」

「およそ九百メートルほど、もとはさらに高かったそうよ」

「そいつは……大きいです……」



 ということは、テレイーズ城も東京タワーくらいはあるのか……。


 そして僕は、より詳細を見たいと思わず双眼鏡を覗いた。



 ――ピッ



 ディスプレイに不意の電子音とともにその正体が表示される。



 “重霊子力衛星軌道掃討射砲アメノムラクモノツルギ”



「あっ……。城なんかじゃなかった……」

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