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第六十三話 再稼働 止まらない幼女化

「リシィ、落ち着いて。もう止まっているから大丈夫だよ」

「うっ、うぅっ、これいじょうちいさくなったら、わたし、わたし……」



 ようやくテレイーズに辿り着いたのに、落ち着いたばかりの翌朝に目を覚ますと、私の体はさらに小さくなってしまっていた。

 頭半個分は縮んでしまったかしら……今は抱きしめられたカイトの腕の中に収まるほどで心地好いけれど、このまま悪化することを恐れて涙が止まらない。



「【時揺りの翼笛(エルニート)】の封印処理に異常はありません。詳しくはわかりませんが、この地の神力がなんらかの作用を及ぼし稼働状態になったとしか、説明はできませんね」


「神龍テレイーズが近いことも関わりがあるのかもしれない……。なんにしても、リシィの傍に【時揺りの翼笛(エルニート)】を置いておくこともできないから、ギルドに預けてしまおう」


「それでしたら私が預けてきます」

「サクラ、頼む」

「はい」



 【時揺りの翼笛(エルニート)】……リヴィルザルの“創生”の力を込められた試製神器。


 私を若返らせた原因で、昨夜のうちにいつの間にか稼働状態になり、またしても私はその力を身に受けてしまったの。

 おかげで、昨日まではまだ十歳前後の外見だったのに、今はもう誰から見ても一桁の年齢だとしか思われない幼子になってしまっているわ。


 もし、このまま赤ん坊にでもなってしまったら……。



「うっ、ぐすっ、このままっ、わかがえりつづけたらっ、うくっ、消えてしまうっ」


「大丈夫。ほら、サクラが【時揺りの翼笛(エルニート)】を持ち出したから安心して。テレイーズまでは持ってくる必要があったけど、ここからは持ち歩く必要もないから、リシィの傍には置いておかない。昨日のうちに預けるべきだった、ごめん」


「うんっ、テュルケがかえってくるまで、だっこしていてね……ぐすっ」

「ああ、リシィが安心できるまでこうしているよ」



 私の服は当然すべてが大きくなり、ひとまず着せられたワンピースは肩に紐がかかっているだけで、今にも大事なところが見えてしまいそうなの。

 下着は無理やり縛られているから今にも落ちそうだし、テュルケとアサギが着られるものを見繕って帰るまでは、このままカイトにしがみついていることしかできない。



「厄介な。これでは『お姉ちゃん』とからかうこともできぬ。否、『妹』もまた一興か」

「ノウェム、どちらにしてもからかうのはなしだ。まずはリシィを元に戻さないと、この国をどうこうするどころでもない。いったい何がどうなって……」


「我が見た限りでも、【時揺りの翼笛(エルニート)】自体、さらに封箱にも異常は見当たらなかった。三重の封印の隙間より漏れ出るほどの力とは……試製神器でそれなのだから、龍血の神器の人智を及ばざる様とはけったいなものよ」


「なんだか、ノウェムのやけに真面目な様子は珍しいな」

「ぐぬっ!? わ、我とて家族の一大事とあっては真面目にもなるのだ」


「ノウェム……ありがと……」

「ぐぬぬ……礼を言われるまでもないわっ! い、妹よっ!」



 ――バターンッ! ドゴォッ!!



「姫さまーーっ!!」

「あいたーーーーーーっ!?」

「あわわ、ノウェムさんごめんなさいですぅーーっ!!」



 テュルケが扉からではなく、窓を勢いよく開けて戻ってきたわ。

 窓際に立っていたノウェムは頭を打ちつけ、床を悶え転がっている。



「ぐぬんぬ……扉から入ってこぬかーーっ!!」

「にゃあっ!? ごめんなさいですぅーーーーっ!!」


「何をやっているんだ……」




 ―――




 そうして私は、衣服を身に纏う時間を取れたことでようやく落ち着くことができた。



「うん、さすがはテュルケの見立てだ」

「えへへ♪ 姫さまのお好みもお似合いの服も、よぉーく心得てますですっ!」

「ふむ、元の大人びた様には合わず、意外と少女趣味なのだな」

「あなたに言われたくないわ……」


「……子ども用のバトルドレスならあった」

「アサギ、なんでそんなものを持っているんだ……?」



 ノウェムのように肩が大きく開いたものではないけれど、あまり装飾過多にはならないフリルのついた品のいい青色のミニドレス。

 広がるスカートは膝丈で、その下には白いタイツとやはり白い革靴とこれまで着ていたものともそう変わらない。


 それにしても前々から思っていたのだけれど、もう少し旅や戦闘に相応しい格好をしたほうがいいのではないかしら……。


 子どもの姿とはいえ、いざという時に動けないようでは……。



「リシィ、どうかした? よく似合っている、かわいいよ」

「んにゅっ……!?」



 こ、これはこれで悪くないわねっ!



「そうおもうなら、だっこしなしゃいっ!」

「はは、仰せのままに、お姫さま」



 つい口にしてしまったお願いに、カイトは嫌な顔もせずに抱き上げてくれた。


 ノウェムが恨めしそうな目で見てくるけれど、これは主と幼女の二重の特権なんだから、文句は言わせないわ!


 こればかりはこの姿になっての得だったけれど、どうせなら元の姿でカイトに抱きしめて……んっ、わ、私ったらいったい何を考えて……。



「ただいま戻りました」

「サクラ、お帰り。どうだった?」



 ほどなくしてサクラも戻ったわ。



「【時揺りの翼笛(エルニート)】は第ニ号封印指定とされましたが、なんとか国には公式の報告が上がらないように働きかけることはできました。ですが……」


「『人の口に戸は立てられぬ』か……」


「はい、サークロウスさんとナタエラ皇女殿下の御印を抑止力としましたが、それはそれでかえって重要案件の印象を与えてしまったようです。失敗でした」


「いや、なんにしても試製神器だ、隠し立てはできないよ。今は何よりもリシィの身の安全が第一だから、迅速な行動に感謝する。ありがとう、サクラ」

「これ以上は何もないことを祈るばかりです」


「わたしからもお礼をいうわ。サクラ、ありがとう」

「いえ、お力添えするのは当然です。何より親しい友人ですから」

「ええ、カイトいじょうに頼りにしているわ」

「えっ、僕は頼りない……?」

「そ、そんなことは……ないけれ……ごにょごにょ……」

「うん?」



 本当はカイトのことをもっとも頼りにしているけれど……変なところで素直になれない元の私が顔を出すのはなぜなのかしら……。


 この姿になって、もう取り返しがつかないほどに甘えてしまっているのにね……。


 私は悟られないよう、抱き上げられたまま静かに彼の肩に頭を寄せた。

 少し熱っぽいのは体が急激に変化したことによる副作用だから、今は甘えるというよりも体の怠さから支えが欲しいだけなの。絶対にそうなんだから。



「んにゅっ!?」



 そうしているとカイトまで頭を傾け、私の額に彼の頬が触れた。な、なにっ!?



「やはり熱が出ているな。テュルケ、着替えさせたあとで悪いけどまた寝間着に着替えさせて、サクラは水を汲んできてもらえるか」


「ふぇっ!? はいですです! 姫さま大丈夫ですっ!?」

「はい、今すぐに行ってきます!」



 んぅ……カイトは人の気持ちには鈍感なのに、いつもこういうことだけはすぐに気がついてくれるんだから……。



「まだ熱が上がるみたいだな……。今日は街に出るのをやめておとなしくしよう」


「わたしはだいじょうぶよ。いぜんと同じならすぐに下がるもの」

「ああ、それでも辛いことには変わりないだろう? しばらくは安静にな」


「ん、ごめんなさい……。こんなことをしている場合ではないのにね……」

「いいんだ。体調を万全にしてから神龍テレイーズの痕跡を辿ろう」


「ええ、ありがとう……カイト……」



 そう言うカイトの言葉で気持ちが軽くなり、私は急に重くなった目蓋を閉じた。


 体は熱すぎるくらいなのに、彼のぬくもりが心地好い……。




 ◆◆◆




 リシィが気怠そうに僕の肩に頭を寄せたことで、彼女の全身が汗ばむほどの熱を帯びていることに気がついた。

 最初に小さくなってしまった時も数時間に渡って高熱が出ていたことから、ひとまず体調が安定するまでは休ませることにしたんだ。


 具体的な今後の行動についてはまだ決まっていない。

 昨晩はアサギの件とそのあとでリシィがむくれてしまったことで、サクラとノウェムの報告を聞いていないから、テレイーズの状況はまだわからない。


 まあ、一日で把握できるようなものでもないだろうけど、リシィを休ませている間に神龍テレイーズの行方を確認するとともに行動指針を決めよう。



「お着替えご用意できましたです!」

「僕は部屋の外で待機しているからノウェムも手伝ってあげて、アサギも頼む」

「しかたあるまい。全く、すやすやと心地好さそうな寝顔をしおってからに」

「……了解」



 そうしてリシィを着替えさせる間、僕は部屋から退出して廊下で考え込んだ。


 なぜここに来て、これまで沈黙していた【時揺りの翼笛(エルニート)】が再稼働したのか……。

 神龍テレイーズが近いのは間違いないけど、それ以上の何かが……。


 エウロヴェの遺志……それもまた存在すると想定するべきだ……。

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